第十四章 新時代の英雄となるために

第102話 レコ、皇帝ツィグと対峙する

『これからどうするの、レコ?』

「とにかくツィグ皇帝を探そう。そのためにもまずは皇国城に侵入しなきゃ!」


 アールデューさん達に見送られ、僕はようやく皇国城のふもとへとやってきた。

 高速移動しつつ、まばらに現れるヴァルフェル兵を一機一機破壊しながら。


 にしても、思ったより警備が緩い。

 さっきの滑走路広場に戦力を集めていたせいだろうか。

 おかげでもう皇国城の正門へと辿り着いてしまったよ。


 真正面から侵入というのは馬鹿正直すぎてちょっと怖い。

 だけど僕は他の入口を知らないし、見知った所から入った方が多分探しやすいと思うんだ。

 一度だけ、騎士に就任した時に入れてもらった事があったからね。

 

 なので大きな正面扉を強引にこじ開け、まずはロビーエントランスへと突入した。


 皇国城のエントランスはドーム状建屋で、ヴァルフェルから見てもとても広い。

 天井はずっと高いし、奥行きも景色の先ってくらいに遠いんだ。

 おまけに壁際には中二階もあって、仰々しい中支柱や壁飾りさえある。

 しかも全体的に艶やかな紫調のタイルや金の装飾が施されて豪華絢爛と、初めて来た時はそのすごさに驚いたものさ。

 聞けば時々、皇帝がここに全兵士を集めて演説を行うらしいし。


「あれ、おかしいな……誰もいないぞ? 今日は休宮日だっけ?」


 ただ今はそんな場所もとても静か。

 衛兵一人の気配さえ見当たらない。

 生身の兵士や公官は皆退避したのだろうか?


『おや? アールデューが来たのかと思えば、よくわからん奴が来たようだ』

「――ッ!?」


 そうやって不思議がっていた時、突如として場に声が響き渡る。

 それで慌てていると、エントランスの壁や空間にいきなり映像が投射された。


 それはなんとツィグ皇帝の姿。

 彼を映した映像が大小所々にいきなり浮かび上がったんだ。

 特に正面の映像は一目で見渡すのがやっとというくらいに大きい。


『まぁいい。ようこそ皇国城へ、珍妙な機体の来訪者殿』

「お、お邪魔します……」

『これはなかなか丁寧な物腰の侵入者ではないか。ならば丁重にもてなさねばなるまいな』


 ただその時、僕の直感が危機を報せる。

 ふと、空気が揺らめいた気がして。


 そこで僕は直感に従い、即座に肩のエアレールを射出して頭上へと伸ばした。


 エアレールがその正体へと巻き付き、瞬時にしてバラバラに引き裂く。

 無数の金属片をも撒き散らしながら。


『ほぉ、まさかステルス式の奇襲を察知するとはな。大したものだ』

「ステルス式……?」


 その正体はどうやらヴァルフェルだったらしい。

 なのにほとんど魔力を感じなかったのだけど、それがステルス式ってやつの能力なのだろうか?


 とはいえ潰した時、妙な違和感もあった。

 まるで潰される事を受け入れるかのように一切抵抗が無かったんだ。

 ヴァルフェルなら恐怖を感じて少しは嫌がるはずなんだけど。


 けど、そんな鳴り物入りの機体を返り討ちにしたのにツィグ皇帝は平然としている。

 それどころか眼を見開き僕へと興味を示していて。


『どうやら思う以上に面白い客だったようだ。どうだ、ぜひ君の名前を聞かせてくれないか?』

「僕はレコ、レコ=ミルーイです」

『レコ=ミルーイ……ふむ、その名は知っているぞ。前皇帝の暗殺者に仕立てた例の奴だ。たしか転魂機も獣魔との最終決戦の最中に失踪したとかいう話だったか』

「厳密には決戦の後日に再起動して皇都に帰還しようとしたんですよ。盛大に追い返されましたけどね、貴方の謀略のせいで」

『おっと、それは失礼した。それにしてもまったく、ウルファスの奴等の情報もアテにはならんな』


 遂には呆れるような仕草までしてみせていた。

 僕の情報も間違って伝わっていたみたいだし、その辺りは同感かな。

 まぁおかげで言うほど徹底的に追われず済んだのだろうけど。


『では君を認知していなかった詫びに少しだけ話をしよう。それで、そのレコ君がここへ何用かな?』

「僕がアールデューさんの代わりにここへ来たんですよ。貴方を止めろと頼まれたんです」

『なるほど、件の渦中の者が結果的にアールデューと合流したという訳か。さては、奴が逃げ切れたのも君の采配だったりするのかな?』

「まぁそんなところですね」

すばらしいブラヴォー。あの包囲網から逃げられるとは思っていなかったのでな、素直に感服させてもらったよ、ありがとう』


 ツィグ皇帝自体もそこまで血気盛んという訳はないらしい。

 元々温和そうな人だったから、イメージ通りの応対だ。

 こうやって話ですべてを解決できれば最高なんだけどな。


 ただ、そう簡単にはいかなさそうだ。


『それでどうだったかな、私が開発させた無魂型ヴァルフェルの感触は? ぜひ感想を聞かせてくれたまえ』

「無魂ヴァルフェルだって……!?」


 今、ツィグ皇帝が僕に嬉しそうな顔を向けてこんな質問を飛ばしてきている。

 だけどその内容は僕にとって驚愕せざるを得ない事だったんだ。


 無魂ヴァルフェル。

 それはつまり、意思の無いただの機械兵士という事。

 ラーゼルトでユニリースが組み立てて僕が操ったのと同様の。

 それを皇国もが開発していた……!?


『レコ、その技術はもともとあたしたちが構築したもの。それをりゅうようしたんだとおもう』

「あるいは、君の仲間を利用して作らせた、か」


 ユニリースがああも簡単に組めたから予想できない事ではなかったんだ。

 基礎設計はすでにできていたから、ツィグ皇帝は今日までにその技術を密かに推進、こうして実用まで進めていたのだろう。


 だから今の機体からは魔力も意思も感じなかった。

 魂が無いから生命波動さえ無く、魔力を発しないんだ。

 かつリアクター反応も直前まで動かなければ関係無い。

 通りで魔力レーダーに引っ掛からない訳だよ……!


 しかも意思が無いって事は、それはもう――


「そんな物はもう只の殺戮兵器じゃないか!?」

『そうだとも。相手が獣魔でなければヴァルフェルにわざわざ魂を籠める必要さえなかろう? そうすれば人を撃つにも罪悪感などが無くて済む』

「なんて事を……! ヴァルフェルは人が宿るから只の兵器とならずに済んでいるのに!」


 それはもはや無差別殺戮兵器だ。

 ヴァルフェルの攻撃性能だけを利用し、命令のままに戦わせる武器でしかない!


 しかもラーゼルトで僕が使った時とは事情がまるで違う。

 ツィグ皇帝は明らかに無魂ヴァルフェルを他国間戦争に利用するつもりなんだ。

 それはヴァルフェル展開時に定めた対人戦時非使用協定に違反しているぞ!


 その協定を推し進めたのは皇国のはずなのに!


「まさか世界協定を皇国側から反故にするなんて、それはもはや世界に対する反逆じゃないか!」

『そうなるであろうなぁ。だがこれがこの国を支配する皇族達の導いたシナリオだ。私は彼等の意志を忠実に、徹底的に実行しただけに過ぎんよ。もっとも、今頃は奴等も相当慌てているだろうが』

「貴方は戦争を起こしたいんですかッ!? この国を滅ぼすつもりなんですかあッ!?」


 もしそんな物が戦争に投入されでもしたら悲惨な事になる。

 ただでさえ生産力の高い皇国なのだから、その投入数は他国の比じゃない。

 しかも普通の転魂機じゃないから更なる増産だって可能かもしれない!


 そうなれば必要以上の犠牲が間違いなくでてしまうだろう。

 こうなってしまうともう各国だってなりふり構ってはいられなくなる!

 皇国を滅ぼすために一斉攻撃を仕掛けるのは目に見えている事なんだよ!


 だから無魂の魔導兵器軍団など存在してはいけない。

 何としてでも阻止しなければ、獣魔大戦以上の悲劇が繰り返されてしまうから!


『滅びるなら滅びるで一向に構わんよ』

「なッ!?」

『アールデューから聞かなかったか? 私自身に国も、民も、皇族の使命にさえも執着は無いのだよ。ただ退屈をしのげればそれでいいのだ。そのためなら、こんな国などどうなろうが知った事ではない』

「そんな……!?」


 だけどあろう事か、ツィグ皇帝はその結末にすら関心を寄せていなかった。

 僕の問いに鼻で笑い、遂には嘲笑までし始めていて。


『そして君もアールデューも所詮、単なる私の遊び相手に過ぎんのだ。それが私の唯一の楽しみなのだからな。我が血族の意味わからん悲願によって人にさえしてもらえず、ただの操り人形と化してしまった私をどうか慰めてくれたまえ』

「慰めろって……それが戦うって事なんですか!?」

『その通りだ。ぜひとも最高にスリリングな戦いを私に見せてくれ。レティネ、後はよろしく頼むぞ』

「ッ!?」


 そしてこう括ると、場に微かな動きが訪れる。

 なんとあのレティネさんの本体が中二階の空中通路に姿を現したのだ。

 それも妖艶な笑みを浮かべて僕を見下ろしている!


 生身で現れるなんて正気なのか!?

 僕が今撃ってしまえば即時に消し飛んでしまうんだぞ!?


『残念だが、私は今この城にはいない。その代わりとしてレティネに君の最後を見届けてもらうつもりだ』

「何を言っている!? 彼女が僕と戦うって!?」

「あらぁ、私じゃ不服かしら? ウッフフフ!」

『安心したまえ、それなりの用意はすでにできているよ』

「ッ!?」


 だけどこの時、僕は気付いてしまったのだ。

 ツィグ皇帝が用意した例の無魂ヴァルフェルは先の二機だけじゃなかったのだと。


 予想通り、途端に次々と柱や飾りの陰から幾つものヴァルフェルが姿を晒し始める。

 その数はなんと二〇機。


『すべて件の試作無魂型だ。どうか良いデータを取れるよう励んでくれたまえよ』

「クッ……!」


 そんな敵達の銃口が一斉に僕へと向けられる。

 まさしく機械のごとく、寸分の狂いも無く同時にと。


 まったく、なんて物を作ってしまったんだ皇国は!

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