第96話 運命の日の話 後編(アールデュー視点)
「ウッウッ……僕、お嫁さんがいるのに。どうしてこうなったんですかぁ~……」
「もうやっちまったからにゃ諦めて楽しめぇ。プリムも皇族だからな、いざって時は彼女側から責任取ってくれるから安心していいぞ」
「そんなのまったく安心できませんよぉ……」
ひと段落ついて――まぁつく訳もないんで、俺達はレコとプリム嬢の絡み合いを酒のつまみにして楽しく話し合っていた。
時折、一息つく合間にこうしてレコを慰めたりして。
まぁその後ずっとプリム嬢に慰められ続けた訳だけどな。
「……にしてもまぁよくここまで戦い抜けたもんだ。これも皆が俺を支えてくれたおかげだな」
「貴方を支援した甲斐があったわ。ヴァルフェルという物ができた時はもう驚くばかりで幻覚を見ているのかと思いましたけれど」
「まったくだ。加えて強権姿勢も緩めてくれたおかげで国民の不安もかなり収まったしな。今の状態が正常とも言えるが」
「だがまだ終わっちゃいないぜ。あとは不要になったヴァルフェルをどう扱うか」
「ま、農業機器にでも改造すりゃいいさ。牛や馬を使うよりもずっと効率的だぜ?」
「「「違いない!」」」
こうして大人同士の話が続き、気付けば床の二人も大人しくなっていた。
俺達が飲み交わしている間ずっと抱き合っていたからな、さすがに疲れて眠っちまったらしい。
ま、大人の俺達にゃそんな様子も話のタネくらいにしかならねぇ。
だから二人はそのままで温かく見守る事にしてやったのよ。
「なら後は他国との連合共同体を組み上げるだけですわね」
「ああ。それさえ樹立すれば世界がまとまる。そして各国と協力して法整備を行い、違法行為を全面的に取り締まるんだ。加えて市民の相互理解意識を育てる。そうすりゃ無駄な暴力が減って少しは住みやすい時代が訪れるだろうよ」
「人がたくさんお亡くなりになりましたからね。だからこれから人口増加促進にともない、子どもの頃からの教育を徹底して行う……そんな世界を組み立てたいものです」
なにせ俺達にとっちゃレコもプリム嬢も子どもみてぇなもんだからな。
これから若い世代が世界を盛り上げてくれると信じて、その土台を作るのが俺達年増の役目って訳だ。
だから俺達もそろそろ落ち着かなきゃなんないな、なんて思ったりもしたもんよ。
「ならディックも世界貢献のためにもう身を固めなきゃな、皇帝として」
「そうは言うが、俺は好みがうるさいのよぉ?」
「シャーリヤとかどうなんだ?」
「馬鹿野郎、そっちは先約がいるだろうが。そんな冗談面白くもねぇ」
「では私の娘なんていかが? いちいち小うるさい子だけれども」
「んん、シエリーは顔は悪くないが……俺には合わんと思う。性格的に」
「ふふっ、なら仕方ないわねぇ」
なにせディクオスにはこれと決めた伴侶がいない。
遊んだ女は数知れないが、好みがうるさくてこれと決められなくてな。
おまけに皇帝になってから仕事ばかりで恋人どころじゃなかった。
だが国のトップである以上、国民には示さなければならない。
いつまでも自由奔放な遊び人でいる訳にはいかねぇからな。
そこで二人の大臣に部下の女などをピックアップしてもらったりで話が再燃だ。
ディクオス自身も実は気になってた子がいたしな、なかなか盛り上がったよ。
そうしてもう何時間経ったともわからないまま話を続けていたんだがな。
そこで俺達の運命が、ガラリと変わっちまった。
突如、部屋の扉が強引に開かれて覆面の男達が押し入ったんだ。
しかも入ってきて早々に大臣二人を剣で切りつけて殺してしまった。
悲鳴を上げる暇すらないままにな。
「なッ!? 貴様等一体何者だッ!?」
「うおおッ――ぐはッ!?」
さらには俺を三人がかりで壁に押し付け、身体の自由を奪いやがった。
そうして部屋を包囲し、奥にいたディクオスをも追い詰めていてな。
そんな中で、ひと際大きい覆面男が部屋にのそりと入ってきた。
「ごきげん麗しゅう、皇帝陛下殿。こんな場所に護衛も無しで宴会など、不用心にもほどがありませんかな?」
「その声、まさかツィグかッ!?」
「フッ、やはりお二人にはこんな布切れなどでは誤魔化せませんな」
そいつはなんとツィグだったんだ。
しかも俺達にそう言われて覆面を脱ぎ、俺達に素顔を晒してみせやがった。
まるでもう隠す必要なんて無いと言わんばかりにな。
「なぜ二人を殺したァ!?」
「邪魔だからですよ。貴方を追い詰めるのに、肉壁がいるとやり辛いでしょう?」
「たったそれだけで、貴様はッ!!」
その所業はもはや許されるものじゃあない。
さっきまで楽しく話し合っていた者がこうもたやすく切り捨てられたのだから。
だから俺もディクオスも、酩酊状態だろうが追い詰められていようが、決して引く事はなかったよ。
「お頭、情報に無い奴がここに二人います! こ、これは……!」
「ッ!? プリムち――まさか彼女もがここにいるとはな」
「ど、どうしますか?」
「……殺せぃ! 清純派でなくなったアイドルなど、もはや不要の長物ッ!」
「や、やめろォォォ!!」
だが眠っていたレコとプリム嬢は別だ。
ディクオスがいくら叫ぼうとも、奴等は容赦無く剣を振りかざしていたよ。
それで二人はあろう事か、眠ったままの状態で胸や背中を何度も貫かれ、そのまま息絶えちまったんだ……!
「ツィグ、お前まさか――」
「言うなアールデュー。それ以上の問いは無粋というものだ」
「お前何をしたかわかっているのか!? 彼女も皇族なんだぞッ!?」
「わかっていますとも皇帝陛下。彼等は貴方を守ろうとして死んだとお伝えしておきますゆえ、ご心配なさらぬよう……!」
それからというものの、奴の表情はまるで鬼の形相だった。
自身の感情を押し殺せず、怒りが満ち溢れ出たかのように。
今までのツィグが見せなかった一面を俺は目の当たりにしてしまったらしい。
「しかし誤算ではあったが丁度いい。そこの男を今回の実行犯という事にしておこうか。本来はアールデューにその役目を負わせるつもりだったのだが、お前はまだ利用価値があるからな。殺すにはまだ惜しい」
「なん、だと……!?」
「そいつの名は?」
「身分証明書を照合中……レコ=ミルーイ二等騎兵、新兵のようです」
「ふむ。ではその一族郎党を逮捕、打ち首の準備を進めておけ」
「ハッ!」
「ツィグ、キッサッマァァァ!!!!!」
「おおっと皇帝陛下は大人しくしていてもらおうかッ!」
それからの奴の行動はもはや狂気に満ちていた。
飛び掛かろうとしたディクオスを蹴り付け、奥に叩きつけていて。
さらには机を自慢の大剣で叩き割り、ずり落ちていたディクオスに剣先を向けていたのだ。
しかもそんな剣先が次の瞬間にはアイツの左腕をずぶりと貫いていて。
「うおあああーーー!!!?」
「残念ながらここまでですよ皇帝陛下。すべては貴方のせいです。貴方が余計な事ばかりをするから皆がこうして死んでしまった。最初から皇族の為に、宿命に従って生きていればこんな事にはならなかったのに!」
「ぐ、うう……だから、その呪いを、俺は断ち切らねばならぬのだ……うぐおお!?」
「それは無理というものだディクオス。貴殿では、もうそれは成せない。なぜなら――」
もう見ていられなかった。
だけど見せられてしまった。
そんな大剣が傷をえぐるようにして回り、力の限りに壁ごと薙ぎ払われて。
そうして血飛沫が飛び散ると共に、周囲へと生暖かい鉄錆の臭いが充満する事になったのだ。
ツィグが真っ赤に染めた鬼気溢れるその顔をぐるりと向ける中で。
「――貴殿の時代は今、ここで終わったのだから」
「うあああーーー!!!! よくもツィィィグッッッ!!!!!」
「お前達、アールデューをさっさと黙らせろ。そして城最下層の牢獄棟に収容せよ」
「ハッ!」
「許さん……許さんぞ、貴様だけは絶対にィ――ぐはッ!?」
そんな奴の顔を見ながらに俺は気絶させられちまった。
そして起きた時にはもう牢獄の中だったって訳だ。
でもあの時の光景はもう忘れられねぇ。
忘れたくても不意に何度も脳裏をよぎって、その度に思い出しちまう。
親友が文字通り真っ二つにされる姿を何度もなんて、それ以上の拷問はありゃしねぇのよ……。
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