第94話 英雄、立つ
「――以上が、お前が捕まってから今までの状況だ」
「大体わかった。あの最終決戦からあまり何も変わってないようで良かったぜ」
監獄から脱出したばかりだというのに、アールデュー隊長の食いっぷりはとんでもないものだった。
用意された料理は十人分くらいだったのに、シャーリヤさんが語っている間にもう半分ほども胃の中に押し込んでしまったのだ。
まぁユニリースや他の子も途中途中でおかずをちまちまと摘まんでいたけれども。
ちなみに今回ばかりは僕も食堂にきていた。
ここは格納庫からも近いし、通り道も大型車が通れるくらいに大きいから僕でもやってこられたんだ。
互いに事情を色々と語りたいからというのもあったしね。
「それでアールデュー、お前は幽閉中に何か聞かされていなかったか?」
「大した事は聞かされていないな。精々ツィグの野郎が次期皇帝になったって事くらいだ」
「えっ、あのツィグ隊長が!?」
「なんだ、お前達は知らなかったのか?」
「知らないのはレコ君くらいだろう。とはいえこの事実は公にされていない事だがね。おそらくまだ正式に即位した訳ではないからだろう」
とはいえ政治的な話になると僕には何がなんだかさっぱり。
なので話を聞きつつも最新鋭機の高機能システムを駆使し、ユニリースが好む食事の成分分析に勤しんでいる。
まぁその成分の九割がたんぱく質というか肉なんだけども。
「まだディクオス一派である融和派を排除しきれていないんだろうな。皇族も今ではかなり枝分かれして多くの派閥が生まれている。大半が強硬派とはいえ、内々ではアイツの意思に賛同する者も多かった。それを探すのも一苦労なんだろうよ」
「下手に敵がいる状態で即位すればディクオス同様に寝首を掻かれかねないものな。そうすれば市民の動揺は避けられずに強硬派の信頼も揺らぐ、と」
「そこまで皇位にこだわる意味がわからんね。あ、おい嬢ちゃん、そりゃ俺んだ!」
という訳で、一個残っていたミートボールもがすかさずユニリースの口の中へ。
お話に夢中だったせいで出遅れ、アールデュー隊長のフォークが虚しく空を切る。
隊長、年甲斐もなくとっても悔しそうです。
ああ、うちの子が手癖悪くてすいません。
足癖だけでなく手の方も早いのを忘れていました……。
なので僕がそっとユニリースの服を摘まみ上げ、テーブルから強制退場。
ユニリースが不機嫌に頬を膨らませる中、再び隊長達が話を進める。
「だがツィグの野郎は他の皇族と少し違うな。アイツ自身に皇族としての使命感は無い。強硬派である奴の家命に従っているだけだろう」
「なら懐柔も可能なのではないか?」
「いや、それは無理だ。奴自身に信念はなくとも、家命に従わなければならないという強迫概念が心を縛っていやがる。奴等は思想を継がせるためにどんな事でもするからな。皇族の奴等がよくやる手口の犠牲者って訳だ」
「それを上手くさばいたディクオスが器用過ぎたか」
「奴はその道の天才だったんだろうな。気に入らない奴は親でも欺く、あの徹底さと狡猾さがあったから分家出身だろうと皇位継承をもぎ取れたんだ」
「そこだけは前々皇帝も一目置いていたものね」
まだよくわからないけれど、つまりはツィグ隊長が他の皇族の操り人形になっているという事なのだろうね。
それでその強硬派という皇族が背後から操って皇国を支配しているんだ。
きっと今までもそうやってずっと。
そして彼等は自分達の使命とやらを遂行するのに必死で、国民にはほとんど関心が無い。
むしろ税金などをほとんど納めない、あるいは経済に寄与しない下民は邪魔としか思わないのだろう。
自分達が食べるだけで必死な地方農民も同様に。
だから横暴な兵士達が生まれてしまい、フェクターさんのいた村のように略奪をも許してしまったという訳だ。
とても理解できない政策だと思う。
――と、そう連想できたのも実は、思い当たる節が僕にもあるのだ。
記憶が徐々に戻ってきた事で、自分の家の事情も思い出す事ができたから。
確か、僕の家は昔から皇都に家を構える中流階級の家柄。
父も官僚の補佐官の一人で収入も多く、いずれは上流階級に行けるとも漏らしていたくらいだったんだ。
けど獣魔侵攻が始まり、その状況が一気に覆ってしまって。
そのせいで税金が倍増、次々に近所の友達が消えていった。
住民税が払えず、中流階級の街から出て行かざるを得なかったから。
それで気付けば同年代の子はほとんどいなくなり、獣魔への恐怖で家からも出られなくなってしまったよ。
もちろん僕の家も例外ではなく、僕が一二歳の頃には家計が限界に。
そこでティアナの一家と併合する事が決まり、僕達の婚約も決まったってワケ。
当時からもう僕はティアナと懇意だったし、早い内に統合した方が税金が半分で済むって事だったしね。
まぁもっとも、併合したと同時期に皇帝が替わって安定し始めたのだけど。
そんな記憶があるからこそ、僕には強硬派に対していいイメージが沸かない。
またあの暗黒時代の再現をしようとしているならなおさらに。
その暗黒時代を戦い抜いたアールデュー隊長もきっと同じ想いに違いない。
「だが明確なトップが不在な今だからこそ攻めるべきと言えるだろうな。余計なホットラインが再構築される前に攻め入れば、大きい組織ほど混乱は大きくなる。どうせ他の国も同様の事を考えて攻め入る手立てでも考えているんだろう?」
「さすがだなアールデュー。確かにその通りだ。現在我々の協力者たる南のラーゼルトや西の『ツァイチェル』が軍備増強を進めている。いつでも皇国へ進軍できるようにとね」
「なら話は早い方がいい。どうせお前達は俺をまた担ぎ上げるつもりだったのだろう? だったらやってやるさ、俺が象徴になって皇国をブッ潰す。ディクオスがやりきれなかった分を俺が始末付けてやるよ……ッ!」
だから今、皿を割り貫くほどに強くフォークを机へと突いていた。
その怒りが見ただけでわかるくらいに顔を強張らせながら。
この人はもうやる気なんだ。
おそらくはこのアジトへ連れられた時から既に。
「三日後だ。三日後に準備を整えて出立する。皇都に攻め入り、奴等を堕とすんだ。もう二度とあの時のような悲劇は繰り返させねぇためによ……!」
「わかった。関係諸国にその旨を伝えておくとしよう。それとだが――」
「なんだ?」
「できればでいいのだが、ディクオスが暗殺された当時の経緯を教えてはもらえないだろうか? お前は当事者なのだろう?」
「……そうだったな。レコもいるし、しっかりと事実を伝えておかにゃならねぇか」
するとアールデュー隊長が前のめりだった背を起こし、ぷぅと一息。
膨らんだお腹をポンと叩き、ニヤリと笑みを浮かべてユニリースへ視線を向ける。
これにはユニリースも吊られたままギリギリと歯軋りをして止まらない。
まったく、弱った胃腸にそんな沢山食べ物を送り込んでもう。
それでお腹を壊して三日後に間に合わなくても知りませんからね?
「それじゃあ眠くなる前に話すとしようか。あの最終決戦の決着直後に起きた出来事の真実をな」
そんな僕の心配など露知らず、遂にアールデュー隊長が真相を語り始める。
まるでその時の思い出に浸るかのように、哀愁の表情へと変えながら。
この話できっと、僕の本体がどのようにして皇帝暗殺に関わったのかがわかる。
そう思うと、機械の身体でありながらもなぜかドキドキが止まらなかったんだ。
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