第92話 絶望の中に訪れた希望

「いたぞッ! アールデュー=ヴェリオだッ!」

「ちぃ!? すでにウルファスの奴等が動いてたかッ!!」


 ツィグの奸計の内とはいえ、なんとか皇都を脱出したアールデュー。

 しかしそれから間も無くして、彼は追っ手に追われる状況に陥っていた。


 それで今は近隣の森の中を疾走中。

 時間帯も夜間で一歩先を進むにも苦労する場所なのだが、それさえ難なく進む。

 それを可能とするほど、今のアールデューには気力と集中力がみなぎっているのだ。


 食事は摂ったが、まだ体力が戻るほどに栄養が巡ってはいない。

 加えて三ヶ月以上も動かなかったから身体の衰えも隠せない。

 それでもアールデューは己のすべてを振り絞ってただひたすら逃げ続ける。


 それは決して、今は懐かしい老婆に助けてもらったからではない。

 己のなすべき事を果たすために全力を尽くすべきだと強く思っているからこそ。


 ただ、そんな彼を追う者達も一筋縄の相手ではないが。


 彼を追うのは、あの皇国特務調査機関ウルファス。

 いつかのユニリースが恐れたほどの隠密組織である。

 それが今アールデューを包囲し、捕らえようと躍起になっているのだ。


 しかもその規模はたった一人を捕まえるにしてはかなり仰々しい。

 なにせ追って来ていたのは百人規模もの捜索人員だというのだから。


 確かに闇に紛れればアールデューを捉えるのはかなり厳しい。

 それでもこの人数で、しかも大まかな居場所が特定されてしまう。

 ゆえにアールデューは常に包囲された状態で進む事を強いられていて。


(奴等め、用意周到すぎる……これだけの規模をどこから用意しやがった!?)


 しかしアールデューはそれでもくじける事は無かった。

 地の利を活かし、さらには尋常ならざる集中力を駆使して人知れず森の中を突き進む。

 時には密かに敵に忍び寄り、一瞬で喉元へ枝を突き刺して排除するなどしつつ。


 そうも翻弄され続ければ、かのウルファス部隊でも統制は乱れる。

 見えない敵を追い続け、さらには仲間が次々と減っていく――そんな悪状況に、部隊員の動きから焦りさえにじんでいて。


 そんな隙をアールデューは見逃さず、機を見て一気に駆け抜けた。

 包囲網を突破しようとしたのだ。


 ――だったのだが。


「アールデュー=ヴェリオを発見! 発砲を許可されているぞ反逆者!」  

「なんだとッ!? 奴等ヴァルフェルまで動員してやがったのかあッ!!?」


 森を抜け、包囲をも抜けきったと思っていた。

 しかしそんなアールデューを待ち構えていたのは、なんとヴァルフェル。

 それも最新型のディクオールであり、黒く塗装された夜戦仕様の。


 まるでこの時の為に用意されたような機体だった。

 それが今アールデューの前に立ち塞がり、照明と共に銃口を向けていたのである。


「止まれ、抵抗するな! 大人しくすれば命は――」

「だがもういまさら後には引けねぇーーーッ!!」

「な、なにィ!?」


 ただ、アールデューはヴァルフェルの事を知り尽くしている。

 相手が未だ魔動機化して間も無く、順応しきっていないのだと。


 それゆえに、アールデューは止まる事無く走っていた。

 敵の射線から外れるよう僅かに迂回しつつも、ヴァルフェルへと向かうようにして。

 そう向かってくるからこそ、ヴァルフェルの方が驚愕せざるを得なかったのだ。


 例え発射を命じられていても、転魂による判断力の低下が遅延ラグを生む。

 その一瞬でアールデューは懐へと飛び込み、さらにはスライディングで股下を通り抜けていて。


 慌ててヴァルフェルが反転するも、アールデューはすでに景色の彼方。

 その余りの機転と常軌を逸した現状に、ヴァルフェル側の思考が追い付かない。


「止まれと言ったァァァーーーッ!!」

「ッ!!」


 それがもし普通に調整されたヴァルフェルだったならきっと出し抜けきれただろう。

 でもこの時、アールデューは気付いていなかったのだ。


 今のヴァルフェルが、より機械的に再調整された機体なのだと。


 突如として精霊機銃が火を放つ。

 それも走るアールデューへと向けて真っ直ぐと飛ぶようにして。


「うおおおーーーッッ!!?」


 その凶弾をアールデューは横へと飛び跳ねて間一髪かわす。

 余熱によって身体を僅かに焼かせながらも。


 ヴァルフェルはなんとアールデューを殺そうとしたのだ。

 出されていたのは発砲許可で、殺害許可までは出されていないにもかかわらず。

 希薄な魂が機体システムのコントロールに押し負けた末の結果である。


「ううっ……クソッ!」


 ただそれがウルファス側にとっての好機ともなる。

 掠っただけとはいえ、高威力砲弾のあおりを喰らえば無事では済まされない。

 おまけに寸後に起きた大爆発の余波までもらい、激しく身体を打ち付けるほどの転倒までしてしまった。

 こうなれば先ほどまでのように走る事はもう困難だ。


 その遅れのせいで大人数の包囲網もがアールデューへと一挙に迫っていて。


 しかしアールデューはそれでも必死に起き上がり、片足を引きずりながら走る。

 最後の最後まで希望を捨てない、それが彼のポリシーだからこそ。


(こんな所で死ねるかよ! 俺はなんとしてでも生き延びたいんだ!)


 その中で銃弾が幾度となく放たれ、彼の表皮を容赦なく削り取る。

 それでもなお走りは留まる事なく、歯を食いしばらせて耐えるのだ。


(そして俺は絶対、奴に詫びるんだ! でなきゃ死んでも死にきれねぇ!)


 すべては己に秘めた後悔を払拭するために。


「俺は! なんとしてでも! レコの奴に詫びなけりゃなんねぇんだよォォォ!!!!!」


 これがアールデューの本心だった。

 ただその念だけが彼を突き動かしていたのだ。

 それが今の彼にとって、親友ディクオスの仇を討つよりも皇国を打倒するよりも大事な事だったからこそ。


 そんな想いを必死に叫ぶ中で、アールデューは光に包まれる。

 野生にも足るほどの、牙をむき出しにした決死の表情のままに。


 だが、この光は決してアールデューを穿ったものではなかった。


「なッ――!?」


 突如として、空から光線が幾本も降り注いでいたのだ。

 しかもウルファスの追っ手やヴァルフェル達を撃ち抜くようにして。

 まるでアールデューの周囲を包み、彼を守るかのごとく。


 そしてその時、アールデューは空を見て驚愕する事となる。

 その光を放ったと思われる存在が今、空中にて輝きを放っていたのだから。


 そんな輝かしい存在が遂には急降下してくる。

 異様に濃い緑光を放つエアレールを滑走しながらに。


「アールデュー隊長! ご無事ですかッ!?」

「俺を隊長と呼ぶお前は一体、なんなんだ……!? ヴァルフェル、なのか!?」


 その姿はアールデューが知るどのヴァルフェルでもなかった。

 そもそも空を翔けるヴァルフェルなど存在しうる訳も無かった。

 さらには雄々しい機体にもかかわらず声がやたらと若々しい。

 こんな非常識が存在が現れれば戸惑いもしよう。

 

「事情は後で話します! 今はこの場から脱出しましょう!」

「あ、ああ!」


 でも今は戸惑っている余裕なんてありはしない。

 ゆえに未知のヴァルフェルから差し出された左手に乗り、寄せられた胸部へと掴まる。


 すると突如として、機体が再び浮かび始めていて。


「うおおおッ!!?」

「これから高速機動を行います。振り落とされないよう気を付けてください!」


 遂には機体が大空にまで到達し、地上が遥か彼方に。

 いくらアールデューでも、初めての生身での飛行には驚愕を隠しきれない。


 それに、またしても地上からファイアバレットが撃ち放たれ始めていて。


 どうやら周囲に展開していたヴァルフェルもがやってきたらしい。

 空に飛びあがった機体を前に驚きつつも応戦しようと必死だ。


「しつこいなぁ! 隊長、少し眩しいけど我慢してくださいね」

「何をするつもり――ううッ!?」


 ただそんな雑兵もすぐに黙らされる事となる。

 空飛ぶヴァルフェルの右手に携えた砲塔が、無数の輝きを放った事によって。

 さきほど降り注いだ光線がまるで散弾のごとく解き放たれたのだ。


 使用されたのは〝精霊散弾砲エレメンタルスプリッター〟。

 あの重光波砲級の破壊力のままに拡散性をも加えた携行ライフルである。


 その威力はすさまじく、追っ手があっという間に沈黙してしまった。

 アールデューが理解する間も与えられないままに。


「これでよし! じゃあこれから〝オルトリック・スフィアーター〟を使用してこの場から緊急離脱しますね!」


 そんな中、機体が空中で反転。

 腰部アーマーが背後へと向き、展開。

 肩・足側部に備えられた装備からもエアレールが噴き出される。


 さらには四本のエアレールが機体背後へ、巻くようにして螺旋を描き始めていて。


「お、おるとり!? な、なんだそれは――」

『レコ、まりょくじゅうてん完了したよ』

「なっ、子どもの声!?」

「では舌を噛まないよう気を付けてください! オルトリック・スフィアーター射出ッ!!!」

「う、おおおおーーー――」


 そして直後、爆光。

 すると機体は強い輝きと共に、一瞬にして空の彼方へ消えさったのだった。

 メルーシャルワ方面へと向け、光の軌跡を強く残したままに。


 多くの兵士達がただ呆然と立ち尽くす中で。




 その様子を目の当たりにした兵士は後にこう語ったという。

〝あれはまるで流星のようだった〟と。

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