第69話 楽園への水先案内人
「申し遅れました。わたくし、幸せの園行きの定期便を運航しておりますジョッシュという者です。以後お見知りおきを」
海の向こうから現れた一隻の定期便ボート。
それを運転していたのはタキシードを着こんだ一人の男だった。
スッキリした顔立ちに長いストレートの黒髪。
それに物腰が丁寧でお辞儀すら美しい。
おまけに優しい微笑みがチェッタちゃんを喜ばせるくらいに輝かしいのだ。
なんだかとっても悔しい気がする。
「しかし驚きました。まさか今回はヴァルフェルをお送りする事になろうとは。子どもをお送りした事は稀にありましたが……」
「もしかして僕、乗れなかったりします?」
「ああいえ、決してそういう訳では。ただこのボートに乗れるかが不安になったものでして」
ただそのイケメンジョッシュさんも僕を前に少し戸惑い気味。
そりゃそうだよね、ヴァルフェルをボートで運んだなんて話は聞いた事ないし。
僕もそう言われて若干不安を感じてきたよ。
「以前、大人を二〇人丸ごと乗せようとした所、沈みそうになった経緯もありまして。以降はラウザ様にも『できれば一度の人数は絞るように』と伝えておいたのですが、まさか今度は重量的に悩む事になるとは思わず、申し訳ありません」
「いやいや……それならこちらも多少軽量化してきます」
「承知しました」
そこでひとまずジョッシュさんと子ども達三人にボートへ載っててもらう。
その間に僕は小屋へと戻り、装備と大鞄を取り外して仕舞い込んだ。
「レコ、おいてっていいの?」
「幸せの園には武器もサバイバル道具も必要ないだろうからいいんだよ」
ラーゼルトでもらった精霊機銃とミドルシールド、あとお婆さんにもらったサバイバル道具。
そんなに役立つ事は無かったけれど、どれもとても心強い旅のお供だった。
もし僕達が戻らなくても、きっと他の誰かが有効活用してくれるに違いない。
そう信じて、僕はこの道具達を置いて去る事にしたのだ。
そして、そのおかげで重量問題も解決する事ができたらしい。
僕が乗り込んでもボートはまったく沈まず。
それどころか船体はしっかり安定していて、転覆の心配はまるでなさそう。
「これでど、どうかな?」
「えぇ、これなら問題ありません。ではお子様がたは取っ手などを、レコ様は船の縁におつかまりくださいませ」
これなら、もしかしたら軽量化の必要はなかったのかもしれない。
とはいえもう発進し始めたので後の祭りだけども。
発進した後はもうスムーズなもので、反転してすぐ大海原へと進み出していた。
それも水しぶきもほとんど上がる事無いままに。
「すげーっ! 海の上を走ってるー!」
「船乗るの初めてー!」
「これは水上走行船といいまして、ウォーターレールを形成しながらその上を走る自走式魔導船となっております。とはいえかなり旧式の技術ですがね」
「だいぶ昔にエアレール空輸船にシェアを奪われたんでしたっけ」
「ええ、そうらしいですね。ですが漁業などでは今も使われており、もはや海の必需品とも言えるでしょう」
海上を走り出したらもう子ども達三人が大興奮。
しかもそれに合わせてジョッシュさんが会話で盛り上げてくれる。
海の上は何も無いからかな、巧みな話術を駆使して僕達を飽きさせない。
そのおかげで気付けばもう半刻も海の上。
すでに元の海岸なんて遥か彼方で、陸地さえ見えなくなってしまっていた。
あたり一面が海ばかりで、もはやここがどこかさえわかりはしない。
「もうそろそろ影が見えてくる頃合いですね」
けどジョッシュさんはしっかり位置を把握しているようだ。
さっき「この仕事を始めて五年」とも言っていたので、もう経験でわかるのだろう。
すると言われた通り、僕達の視界に薄っすらとした影が彼方に見え始める。
「あれ見て! なんか見えてきた!」
「うおーっ! あれが幸せの園かぁ!?」
「わぁぁ!」
最初は本当に、青空に薄っすらと浮かぶ影でしかなかった。
しかし徐々に近づくにつれ、その影も輪郭も大きくなりハッキリしていく。
そうして気付けばまるで山のような影が僕達の前に現れたのである。
それはなんと島だった。
しかも陸地面積よりも高さの方があるのではとも思えるような形の。
そんな海上に堂々とそそり立つ姿に、僕達はつい圧倒されてしまったんだ。
「で、でかい……!? これがおとぎ話にもなった楽園!?」
「えぇ、そうです。ようこそ我々の住む楽園、幸せの園へ。我々は皆さんを歓迎いたします」
ただその雰囲気はと言えばイメージと少し違う。
パッと見ではほとんど緑が存在せず、岩山がそそり立っている感じで。
それとよく見れば岩壁の所々に箱状の何かがくっついている。
窓とかが見える辺り住居か何かだろうか。
他にも鉄製のパイプとかもそれなりに見えるし、どちらかと言えば鉄の島という言い方の方がしっくりくる感じだ。
まぁまだ一面しか見えていないから全容なんてわからないけれど。
そう眺めていると、徐々に船の速度が落ちていく。
それに気付いてふと視線を正面に戻せば、もうすぐ目の前に桟橋があって。
島のふもとからはそんな桟橋がいくつも乱雑に連なって伸びていた。
船自体は他に見えないけれど、おそらくはここが発着場となっているのだろう。
そしてそんな桟橋の上には、三人ほどの人影が。
「皆さんようこそおいでくださいました! 楽園都市、幸せの園へようこそ!」
「「ようこそ!!」」
まさか出迎えまであるとは、なんて豪華な歓迎なんだ。
お出迎えの人達も皆タキシードだし、きっとそれだけ裕福なんだろうなぁ。
ふふっ、これは大いに期待できそうだ。
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