第37話 廻骸の魔女
「レコ! おべんとうたべていい!?」
「コンテナちゃん、さっきお鍋食べたばかりでしょ」
「おなかすいたのー!」
「仕方ないなぁ……後が続かないと困るから、大事に食べるんだよ?」
お婆さんの家を出て、僕達の旅が再び始まった。
今度は自由を求め、安住の地を探す為にと。
ただ正直、僕達が居る所がどこなのかはもうわからない。
レティネ隊長に襲われてからずっと夢中で歩き続けていて、方角も覚えていないんだ。
だけどお婆さんが言っていた事は嘘ではないはず。
だから今は先にあるであろう畑へ向け、まっすぐ山を下っている。
時々こうしてコンテナちゃんのわがままを聞きながら。
「とりあえずパン一個くらいにしておきなさい」
「はーい」
そこで一旦立ち止まり、背中に吊るしたバッグから箱を取り出す。
大人でも両手で抱える必要があるくらいに大きなお弁当箱だ。
これはお婆さん謹製、魔法のお弁当箱。
この中に入れておくと料理がすごく長持ちするんだってさ。
大きいから使い道に困っていたらしく、丁度いいからと僕達にくれたんだ。
もちろん、お婆さんが腕を奮って作ってくれた料理入りでね。
そんな大箱を掴んで、コンテナちゃんへと寄せる。
すると相変わらずの素早さで、箱の中からパンを
まったくもう、後になって困っても知らないからね?
「そんなおこりんぼなレコにはあたしが絵本よんだげる!」
「怒ってませーん。呆れてるだけでーす」
ちなみにお婆さんからのお土産は器具や弁当箱だけじゃない。
何冊か自作絵本も持たせてくれたんだ。
コンテナちゃんが特にお気に入りな奴をね。
それがよほど嬉しかったのか、有無を言わさず勝手に語り始めた。
「昔々ある所に、一人の女魔法使いがいました。彼女の名前はエレイスといいます」
「なんで絵本読む時だけ普通に語れるの!?」
しかも語る声がものすごい聡明で大人らしい声ときた。
なにこのギャップ、もう普段子どもっぽくなくていいじゃん!
――なんて心の中でツッコミを入れつつ、再び歩み始める。
そうして揺れる中でも彼女は語りを止める事はなかった。
「エレイスは魔法で人助けをするのが大好きで、おかげで世界中の人に慕われていました。エレイスも慕ってくれる人々に感謝を忘れません」
「へぇ、素敵な人がいたんだなぁ」
「そんな幸せなある日のこと、エレイスは一人の子どもを授かります。緑の髪と瞳を持つ不思議な娘を」
「え、それってアテリアなんじゃ……」
語られた物語は、とても平凡そうな走りで。
けれどその途中でふと、思わせぶりな特徴の話が出てきてつい驚いてしまった。
まるでこのおとぎ話が実際の出来事なのではないかって錯覚させるようだったから。
「その子はエレイスと同じ様に、生まれた時から高い魔力を秘めていました。それに気付いたエレイスは運命を感じ、自分と同じ魔法使いにするために育てる事にしたのです」
エレイスの子が自分と同じ、と言っている所も引っ掛かる。
それじゃまるで、エレイスもがアテリアなんじゃないかって思えてならなくて。
そう聞いたらふと、避ける為にと掴んだ木枝をつい握り潰してしまった。
アテリアの事かと思って、ちょっと気を入れ過ぎちゃったみたいだ。
絵本の、空想のお話の事なのにね。
「ですがある日、国の王様がやってきてエレイスにこう告げました。『エレイスよ、その娘はまだ幼いのに魔法を使えては危険だ。よって国で預かる事とする』と。エレイスは嘆きました。逆らう事もできず、自分の娘を連れていかれてしまったのですから」
ただ、この話はとても現実的だと思う。
国が娘を連れ去ってしまう所も。
エレイスの悲しみも手に取ってわかるようだよ。
「そこでエレイスは王様に会いに行きました。娘を返して欲しいとお願いする為に。すると王様はこう返したのです。『ならばエレイスよ、我が国の為に働くのだ。より多く貢献する事ができたならば、そのときに娘を返そう』と」
「ひどいな、まるで人質だ。やってる事がもう人の所業じゃないよ」
だからか、気付けばこうして感情移入していた。
きっとコンテナちゃんの話術もあったからだと思う。
なんだか臨場感に溢れる語り方だし。
「エレイスはその条件を飲み、国の為に戦いました。たとえ今まで慕ってくれた人々に嫌われる事になろうとも。それほど娘を愛していたから」
にしてもひどい話だ。
エレイスが可哀想すぎるよ、今まで慕ってくれた人達を裏切らなきゃいけないなんてさ。
「そうしてボロボロとなりながらもエレイスは国に貢献し続けます。なのですが」
「えっ……」
「ある時、エレイスは深い深い傷を負ってしまいます。動くのもつらいほどの。それでも彼女は必死に王様の下へおもむき、懇願したのです。『私はもう戦えません。ですからどうか娘を返して欲しい』と」
しかもこの流れは、とてもよくない。
コンテナちゃんの鼻をすする音まで聴こえてくるし。
「しかし欲深い王様はこう答えました。『まだ足りない』と」
「クッ、なんて奴だ……!」
「すると、エレイスはこう返します。『では私は転生し、再びここへ舞い戻りましょう。そしてまた国に貢献します。娘を返してくれるその時まで何度でも』と。こうしてエレイスは倒れ、その魂を手放したのでした」
……やっぱりこうなってしまったか。
薄々だけど、気付いてはいたんだ。
エレイスはきっと最期まで報われないんだって。
悲劇を背負って亡くなるなんて、あんまりだよ。
「ですが、それからおよそ半年後。なんとエレイスは本当に王様の前へと帰って来たのです。なんと赤ん坊でありながら自力で」
「ええッ!?」
と思ったらとんでもない復活劇がきた!
想像を絶する再登場だよエレイスさん!?
おかげでついコンテナちゃんに振り返ってしまったよ。
バックカメラあるのに。
「そして約束を果たす為にと、再び国の為に貢献をしていきます。例え力が至らずにまた魂を手放そうとも、その度に赤ん坊となって復活して」
「エレイス、どうして君はそんなに……」
「そんなある日の事でした。再び王様の前にエレイスが訪れます。今度こそ娘を返してもらう為にも」
すごいな、何度も転生してまで娘を求めるなんて。
普通なら途中で諦めたっておかしくないのに。
よく国の方を滅ぼさずに貢献し続けたと思う。
「でも、王様はすでに当時の人と違いました。昔に約束を交わした王様はもういなかったのです。しかも今の王様はこう答えました。『その娘はもういない。魂を手放したきり、帰ってこなくなったのだ』と」
「そ、そんな……」
「なんということでしょう。エレイスはあまりにも繰り返し転生し続けたせいで年月の事を忘れてしまっていたのです。なので運命の時からもう百年も過ぎていたなんて思いもしなかったのでしょう」
本当に報われなかったんだ。
そんなにずっと、自分をも犠牲にして戦い続けたのに。
あんまりだ。
この王様とかいう奴等が憎く思えてたまらないくらいに。
「今の王様も事実を知って悲しんだそうです。けれどこうなってはもう後の祭り。エレイスは城を飛び出し、もう帰ってきませんでした。そう、彼女は今になってやっと後悔したのです。自分がやってきた事は無意味だったのだと知って」
「つらいなぁ……」
「こうしてエレイスは一人山に籠り、ずっと待ち続ける事にしたのです。いつか自分の娘が自分の下へ帰ってくる事を願って」
きっと僕だったら娘を守る為にずっと戦うだろう。
コンテナちゃんだってそうさ。
僕は指を咥えて連れていかれる様な真似なんてしたくはないから。
それに、咥える口なんて持ち合わせていないしね。
「……
「僕は君を手放す様な事はしないから、安心してね」
「うん!」
確かに悲しい話だったけれど、その悲しみが僕の決意を硬くさせた。
こんな悲劇を起こさない為にも、エレイスと同じ様な事はしないのだと。
「レコも体かわってるからきっとエレイスといっしょ! レコもねいがいのまじょ!」
「えーそうかなぁ、僕はきっともっとうまくやってみせるよ?」
「だったらーそうだ、レコは【ねいがいのヴァルフェル】!」
「……うん、そうだね。僕は【
そしてこれからは待つ事もしない。
一緒に探すんだ、安心して暮らせる場所を。
それが僕達の、今を生きる理由だから。
そう至るのに、百年なんて必要ないんだ。
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