第36話 せめて子と共に、人らしく

「色々と教えて頂き、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません!」

「やめとくれよ。これはただの遊びの延長みたいなもんさ。私としてもいい暇つぶしになって良かったしね」


 色々と教えてもらっていたら、あっという間に昼が過ぎてしまった。

 どうやらここでタイムアップらしい。

 それでも、色々と教えて貰えたから僕としては大大大満足だ。


 なので僕達はお婆さんにこう感謝を返し、旅に出る為の荷造りを始めた。

 箱下部に鞄を下げられるアタッチを付けたりしてね。

 そこに備えた鞄へ、貰った調理道具一式を詰め込む。


 するとお婆さんが何やら筒状の何かを持ってきてくれて。


「こいつも持っていきな。特製の予備バッテリーだ。武装アタッチメントの所に備えるだけで追加エネルギーとして扱えるよ」

「何から何まですいません」


 ついでにおまけも貰った。

 軍用品と変わらない出来栄えの増設用バッテリーパックだ。


 とはいえ、渡されたのは想像を超えたとんでもないシロモノだったけれど。


「……え、ちょっと待って、魔力充填率三七八%って数字がおかしいんですけど!?」

「ちょいと込め過ぎたが問題は無いさ。ただし穴が開いたりすると瞬時にして半径百メートル四方が吹っ飛ぶからね、扱いに充分注意しな。まぁその気になったら敵を道連れにして消し飛ぶのもいいが」

「それ物騒過ぎません!?」


 おかげで一週間近く歩いても問題無さそうだけど、ちゃんと扱えるかが心配だ。

 敵に撃たれちゃいけないって、もう戦えませんよねそれ。


「この家を出たら真っ直ぐ進みな。そうして山を下りれば畑がある。その畑の中道を通れば街道があるだろう。そこまで行けば後はお前達次第さね」

「はい。色々と教えて頂き、本当にありがとうございました」

「いいよ、私も楽しかったからね。――あぁ、それともう一つ。この家を出たら振り向かないことだ」


 こうして準備も整い、コンテナちゃんも颯爽と自分の家に乗り込んだのだけども。

 するとお婆さんが何やら意味深な事を呟いていて。


 それが妙に気になり、コンテナちゃんと揃ってお婆さんを見下ろした。


「もし振り向いたら、どうなるんです?」

「どうもなりゃしない。ただ面白くないだけさ」

「そ、そうですか」


 なんかペナルティ的な事が起きるかと思っていたけど違ったみたいだ。

 どうやらお婆さんのお茶目心だったらしい。

 今だけニヤリとした笑みが憎たらしい。


 なんにせよ、ようやく旅立つ時がきた。

 人の事を知った上での新たな旅立ちが。


 だから一歩を踏み出そうとしたのだけど。


「あっ!」

「なんだい、まだ何かあるのかい」

「そうだ、名前を聞き忘れていました!」


 ふとここでダンゼルさんと話した事を思い出したんだ。

 普通ならまず名前を確かめ合うだろうって。


「僕の名前は――」

「いやいい。言うんじゃあない」

「えっ?」

「名前を聞くとえにしが繋がっちまう。そうするとロクな事に巻き込まれかねないからね。そういうもんは今の私にゃもう不要なのさ」

「そ、そうですか……」

「ま、もし二回目があるなら、その時には諦めて聞くとするよ」


 けどお婆さんは名を語る事も聞く事も嫌がった。

 ずっと一人で住んでいるみたいだし、きっと何か思う所があるんだろう。

 

「それにどうせお前さんの事だ、その話ついでにお嬢ちゃんを私へと託す相談でもしようとか考えていたんだろう?」

「はは、やっぱりお見通しでした?」

「でもそんな相談はごめんだね。老い先短いババァに子どもをよこしたって、すぅぐ一人になって不幸になるのは目に見えている事なんだ」

「その割には結構元気そうにみえたんだけどなぁ……」


 それと僕の隠れた意図まで見抜いてしまったみたいだし。

 まぁここまで準備した以上、今更感も否めないけどね。


 だから僕は敢えて口を紡ぐ。

 恩人である事に変わりは無いし、気持ちだけは伝わっているだろうから。


「だからその子はお前がしっかり面倒を見てやるんだ。外の世界を存分に教えてやんな。それはその子が選んだお前さんじゃないとできない事なんだから」

「……わかりました。僕にできる事を精一杯やってみようと思います」

「あぁ、強く生きな。せめてその子と共に、人らしく」


 そんな恩人は今、僕達を笑顔で送り出してくれたんだ。

 穏やかに、慈しみを感じさせるような柔らかさで。


 こうして僕達は別れを交わし、一歩を踏み出した。


 つい昨日通ったばかりの生垣だけど、なんだか懐かしくさえ思えてしまう。

 けどそれでいて僕の背くらいに高く雄々しいから、励みにもなる気がしたよ。


 そんな想いのままに生垣を通り過ぎた時だった。


「レコ、みて!」

「え?」


 するとふと、コンテナちゃんがこう声を上げていて。

 僕はその声に惹かれるまま、身体を捻って振り返った。


 そうしたら、視界にはもう閑散とした林しか無かったんだ。


 今出たばかりなのに。

 けどお婆さんの家は土地ごと、既に痕跡一つさえ残っていない。

 そんな不思議な状況を前に、二人揃って唖然としてしまっていたよ。




 でも僕はきっと、今日起きた事も忘れない。

 たった丸一日の出来事なのだとしても、今までよりもずっと濃厚だったから。


 だからあのお婆さんは決して夢でも幻でもなかったんだってね。

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