第34話 僕は人になりたい
「本来なら安全な転魂も、少し間違えりゃヴァルフェルが命令を超えて暴れ回る危険性だって孕んでいる。その事を忘れちまえば、結局は暴力兵器を扱う危険な団体となりかねない。今の皇国はもうその段階に来ているのかもしれないねぇ」
「そうかも、しれませんね……」
皇国では僕が想像していた以上に危ない転魂を行っていたようだ。
それがまだ獣魔だけに矛先を向けているのならいいのだけど。
獣魔がほぼ居なくなった今、これからは人間が相手になる場合もある。
そうなれば恐らく、ヴァルフェル同士の争いが始まるだろう。
だからだ。
だから僕は逆に、機械的なヴァルフェルの方が良いのではないかと思えてしまった。
「……だけど、機械的な方が争うには都合がいいのかもしれません。人として扱わない方が罪悪感も抱かないし、誰も傷付かなくて済むから」
「確かに、その方が効率はいいだろうね。尊厳なんてあったもんじゃないが」
「獣魔との戦いは魂の尊厳さえ気にする事もできませんでしたからね。やっぱりあのすさまじい戦いを思い出すと、人の心は薄い方が良いのかもしれないって思えてなりません」
「そうだね。後はその暴力性が人そのものに向けられない事を祈るばかりさ」
その方が相手の命に気兼ねする必要が無くなるから。
魂の濃度が薄ければ人として扱う必要もないんじゃないかって。
それに、インスタントに強くなれるなら憧れる人だっているだろう。
愛国者なら、仮に説明を受けたとしても首を縦に振ると思う。
そのおかげで僕でもここまで戦えるくらいに強くなれたのだから。
「それに、僕は少女の名前も考えられないポンコツだけど、結果的にはこれでもいいと思っていますよ。もし少しでも至らなければ彼女を守れなかったかもしれないから」
「ま、アンタに関してはそれでいいって言うなら私が口出す事じゃないね」
「すいません、装甲みたいな頑固さで……」
「そういう人間らしい所があるってわかっただけで充分さ。そういった感情の保存にシフトできているなら、まだ
「え、回復……?」
するとそんな時、お婆さんが茶を啜って話を濁す。
更には浮かんだティーポッドからおかわりと、間まで大きく開けていて。
もったいぶるお婆さんの手の動きに、僕の視線はおもわず釘付けだ。
話題が話題なだけに、一挙一動見逃せない。
そうしておかわりを口に付けた後のこと。
摘まんだティーカップを揺らしつつ、再びお婆さんが口を開く。
「さっき、お前さんはこの紅茶の事を思い出せたろう?」
「は、はい」
「それは記憶が回帰している証拠さ。魂に焼き付いた記憶は落そうとしても落ちないからね、抑制する事しかできない。けど時間が経てば徐々に戻っていくものなんだ」
それで教えてくれたのは、僕にとって希望にもたる事実で。
僕はただ驚き、絶句するばかりだった。
しかも朗報はそれだけじゃなかったんだ。
「お前さんは今、『自分は人の名前も考えられない』と言ったね?」
「え、えぇ……」
「安心しな、それは思い違いさ。今はそうだが、少しづつ思考できるようになる。魂が長い時間ヴァルフェルに居続けた事で順応しつつあるからね」
「ッ!?」
「転魂したばかりだとね、魂は順応していない身体を動かすためにリソースを必要以上くっちまう。だから思考力が割を食って一時的に落ちてしまうんだ」
僕の思考力の低下もが一時的なのだと教えてくれた。
新しい事を産み出す思考は決して失われてなどいないと。
「けどお前さんは転魂して長いだろう? だったらもうすぐ普通の人間と変わらない思考力を得られるようになるよ。なんて事のない紅茶の記憶を思い出せたのはその兆候なのさ」
「そ、そうだったのか……!」
「だから、あの子の名前が無いなら尻込みせずに考えてやんな。何かの物からとったってかまやしない。別になんだっていいのさ、あの子が気に入った名なら。大事なのは真心なんだからね」
「はい……!」
こんなに嬉しいと思った事は他に無いよ。
僕はまだ人らしく生きられる資格があるんだって気付けたから。
だったらいつか、コンテナちゃんの名前を閃く事だって。
そう思えたら嬉しくてしょうがなくて、家の外で両腕を振り上げていた。
ついつい「やったー!」なんて叫びを上げてさ。
そしてそんな朗報があったから、僕にはまた一つ欲が生まれてしまったよ。
「でしたら、もしよろしければ僕に一つご教示願えませんか!? どうしても教えてもらいたい事があるんです!」
「おや……?」
けどどうせなら、許される限り甘えてしまおう。
お婆さんにはそれを受け入れてくれる許容力を感じられたから。
今なら小言を言われる事だって怖くはない。
むしろどんな事だって受け入れたいとさえ思う。
だって僕は今、「ヴァルフェルでありながら人間になろう」って、そう決意したのだから。
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