第33話 きのこの山
その昔。わたしはヨーロッパのとある国に住んでいました。家を借りる際、そこにはたくさんのモダン住宅がありました。
ダンナは、「君の好きな家を選んでいいよ」と言ったので、わたしは一番お気に入りの家を選びました。
モダン住宅ではありません。
築108年のお城のような家でした。
https://kakuyomu.jp/users/Tsukimorioto/news/16817330654503686896
(こういう家です)
そこは、小さなお山の上のお城を取り囲むようにできた町でした。私の家はお城へ向かう山の途中にあり、大家さん曰く、「昔はこの辺りは医者か弁護士しか住んでいなかったのよ」というところで、以前は二世帯が暮らしていたらしく、一階と二階にキッチンがあり、古いながらも大変豪華なつくりでした。……と言えば聞こえはいいのですが。
実際は、壁は薄汚れてペンキははげてるわ、屋根瓦はところどころ抜けてるわ、壁には一面ツタが張って、薄気味悪いわ、という趣の家でした。
最初に見たのが11月だったのですが、庭の茂みもうっそうとして、とにかくおどろおどろしていました。
まるで、悪い魔女の住む家。
娘は半泣きでした。
「なんでこんなところがいいのよお! 怖いよお。たたられるよお! 絶対何か住んでるよ!」
かもね。
でも見えないからへっちゃらへっちゃら。
写真さえ撮らなきゃいいんだから。
だって、気に入っちゃったんです。裏庭はサッカーができるほど広いし、大きなクルミの木があって、リンゴの木が6本、カシスが10本、ラズベリーの茂みに、菜園にはイチゴの苗、カリン、プルーン、グースベリー、春には立派なルバーブが顔を出します。
白雪姫にでてきそうな古い井戸とか、昔はヤギを飼っていたという古い小屋。となりには屋根のついた土の地面の部分があり、石で囲っただけの囲炉裏みたいなところがあり、100年前の生活を彷彿とさせるものがたくさん残っていたのです。
で、その家には、地下室がありました。
まさにダンジョン、という趣でした。大きな石で敷き詰められた床、いつもなんとなく湿ったレンガの壁、チーズ屋さんの前に漂っているのと同じような、強烈なカビのような匂い。
それでもそこを、倉庫として使用していました。
ある日のことでした。
大鍋を取りに行こうと地下室に向かいました。
足がすくみました。
階段の下三段が水の底に沈んでいたのです。
そして、私が大切にしていた本やら、ダンナがバレていないと思って必死に隠し続けてきた10年分のP〇AY BOY(これ、ご存じですか? 美しい女性の肌色が修正なしに埋め尽くされた雑誌です)コレクションやら、色んなものが水の底に沈んでいました。そして、いつもにも増して強烈なにおい。
生活排水を下水に流していたパイプが破裂したのでした。
最初に思ったのは、
「トイレの水が一緒じゃなくてよかった!」
ということでした。
あわてて大家さんに電話をしたら、お抱えのハンディマン、ペーター氏に連絡をしてくれました。
ペーター氏は、見るからに「ペーター」という感じの、丸くて小さくてかわいい感じのおじさんでした。おいしいものを食べるのが大好きなペーター氏は大家のムラーさんに代々仕えている方で、仕事は丁寧だけど超ノロい、と評判の方でした。
翌日、ゴムの長靴を履いたペーター氏が現れました。
2日後、業者に連絡してくれました。
3日後、業者がやって来て、お互いに自己紹介をしました。
4日後、ペーター氏は「様子を見に行く」とやって来て、本当に見て帰って行きました。
5日後、電話をしましたが無視されました。
6日後、地下を探検するためのゴムボートでも買おうかとほのめかしました。
7日後、やっと水を抜いてもらえました。
本当は怒っていましたが、「わたくし、ちっとも気にしてなくてよ」というフリをしました。
怒ったらおそらく、一生水を抜いてもらえないからです。
人はときに、望む望まざるに関わらず、女優にならねばならないことがあるのです。
7日間も漬け込まれた荷物はびしょ濡れで、異様なニオイを放っていました。ペーター氏はのんびりと、
「一週間くらい置いてから動かした方がいいよ。今は冬だし、寒いし、面倒だし」
と、笑いました。
ホントにそれでいいのかな?
と思いつつ、言われた通り一週間後に地下室に行きました。
思わず「わあっ」と、声を上げました。
さすがペーター氏。きっとこのことを見据えての発言だったのでしょう。
広い地下室のそこかしこ、段ボールや石のすき間から、色んな種類のきのこが顔を出していました。これはかの有名なおかしを再現したかのよう。
きのこの山。
「うわー、すごい、見て見て!」
ある種、不思議な光景です。もっとよく見ようとして近づきました。
娘が叫びました。
「ママ! 食べちゃダメ!」
「だってペーター氏が」
「食べていいとはひと言も言ってない!」
……残念です。
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