第31話 トルネード警報
今こちら、トルネード警報、出てます。
ちょっと小説書いている気分ではなくて、だからといってぼんやりしていられるほど心は落ち着きません。
雨は強いし、風吹いてるし。
今日、美容院、予約してるのになあ。車検に出してる車も取りに行かなきゃいけないのに。
美容院は隣町。で、隣町にはもっと強い警報が出ているらしいんです。どうしようかなあ。予約、キャンセルしたくないんだけど。
スクールバスは今のところ学校で待機……っていうのに、娘は車で学校に演劇の練習に行ってしまいました。
怖がりの息子は食糧と水を持って、地下室に自主避難してしまいました。
スマホとテレビからはガンガン警報なってて、「地下室に避難してください」って言うのですが、この警報、年に6,7回は出てるのでオオカミ少年感が半端ない。
でも、本当にトルネードに当たっちゃったらどうしよう、という不安もぬぐえない。
あれって、いきなり来るんですよね。
それも、局部的に。うちはやられたけど、お隣さん無事だった、みたいな。
というのも、数年前、近所が被害にあいました。
車で20分くらいのところがやられました。それこそ、〇〇ストリートから手前は無事で、その向こうが全壊。まるで、見えない巨人にピンポイントで狙われたかのよう。
じっとしてても落ち着かないので、その時のことを少しお話しさせてください。
その日、家族で遊園地に行っていたんです。そしたら、「トルネード警報が出ているので、屋内に避難してください」という放送があって、乗り物は全部止まりました。土砂降りの雨になり、雷も鳴っていました。
でも、これくらいのことは日常茶飯事。大騒ぎする人はいません。おとなしくみんなで屋根のある所に避難していたのですが、
「どうせ今日はもう乗れないから、帰ろっか」
という話になり、雨が小降りになったところを走って駐車場に戻りました。それでも走って10分くらいはかかるので、びしょ濡れ。車のシートもびっしょりです。
もちろん、そう考えていた人たちは私たちだけではないので、園から出るのにものすごく時間がかかってしまいました。
すでにもう午後八時。
「急げ、急げ」
と、ダンナはアクセルを踏み込み、雨の中、車を飛ばしました。
家が近づくにつれ、家族全員のスマホが何度もアラーム音を出します。ボリュームを下げても、大変な音です。
うちの家の近くは、ものすごい高い確率だという予想。
なのに。
近づくにつれて、雨が小降りになっていきます。
九時近くなって家についた時にはむしろ夜空が晴れ渡っていて、星も見えていました。
それでも警報はやみません。大急ぎで家に入り、シャワーを浴び、子供を寝かせて大人は起きてニュースを見ていました。
夜十二時ごろになりました。
近くにトルネードが直撃したらしい、という報道がありました。その時はまだ、どのあたりか見当もつきませんでした。ダウンタウンだ、と言っていて、ちょうど、銃乱射が起こったあたりでした。
私たちは窓から外を見ました。
驚きました。
真夜中なのに、外は紫色でした。360度、見渡す限り雲一つありません。風もなく穏やかで、雨も降っていません。気持ち悪いくらいに静かなのです。
映画や何かで、空から悪い魔女が下りてくるときのシーンのようでした。
うわー、すごい。
半ば感心しながら窓に顔をつけて見ていると、突然、紫色の世界が一瞬、昼間のように明るくなりました。巨大なフラッシュをたいたかのように、一瞬だけ色がついたのです。
はっと息を飲んだ瞬間、それはまた、紫の世界に戻りました。
そしたら、あちこちから雷が聞こえてきました。とても大きな音です。音だけで家が壊れそうなほどです。
そしてまた、世界は紫になりました。
と思ったら、前、横、斜め、見え得る限りの場所で、多数の稲光が走っていました。走ったと思ったら消え、消えたと思ったら走る。
家を中心とした360度の空で、稲光が滝のように走り、なんども外が一瞬だけ昼間のように明るくなりました。
そんな光景は生まれて初めて見ました。あまりに幻想的で、神秘的で、その先に起こっている惨事が信じられないほどでした。
それが一時間ほど続き、夜は次第にいつも通りの夜に戻っていきました。私たちも、そのまま床に就きました。
翌日、買い物に行きました。
いつものショッピングモールが、更地のようになっていました。町中のあちこちに木材やごみやらが散乱していました。道路のほとんどが封鎖されて、中心部に行くことはできなくなっていました。
その時のトルネードは、一度ショッピングモールを直撃した後、別のところで跳ね返って、そこでようやく消えたそうです。
跳ね返ったところは古い地域の住宅地でした。ハイウエイの両側には、1年近くたってもまだ、ビニールのテントが並んでいたことを思い出します。
すべてが復興を終えるのに、2年近くの歳月を要しました。
……と、ここまで書き終えたところで、警報解除の連絡が入りました。
これを書いているおかげで、心を落ち着けて過ごすことができました。
みなさん、ここまで読んでくださってありがとうございます。
今から美容院に行ってきます。
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