「初日の出カミサマ☆ロックフェス」その⑦

          7

 

 神父はここまで話を聞き、またいつもの様にのんびりとした感想を返した。

 

「初日の出が昇るというのは、とても尊い事なのですねえ」

 

「まあな、あれだけ苦労したからな。とりあえず縁起は良いだろうよ」

 

景虎は苦笑し、「その後」と付け加えた。

 

「バンドの方がどうなったのかその時は知らなかったんだ。それで後からメンバーの奴らの話を聞いたんだよ。あいつらが言う話を順番に聞かせるしかないな──」

 

          


       


      

          ◯

 八咫超常現象研究所のバンド「アダムス(仮)」は景虎が調査のため一度離脱した後、すぐに選手村の練習スペースで演奏の音合わせをしていた。そこはオオクニヌシの力で凰船のレンタルスタジオが再現されている。見知った場所でリラックスできる様にとの配慮らしい。

 

 カミサマ☆ロックフェスに表題曲というものはない。なので歌う曲は自分達で決めなければならなかった。ひとまず咲耶が定番の曲などを見繕って提案し、それをやってみようという事で音合わせを始めた。だがこれが中々上手くいかない。それぞれがそれなりに演奏できるのだがどうも「まとまらない」。音は重なるのに別々に演奏しているかの様な錯覚に陥るのだ。

 

 何回目かの音合わせの時、弘子は苛立ちながら歌うのを放棄してしまった。すると自然に演奏が鳴り止む。皆、突然中断するのは何事かと気になったからだ。

 すると弘子が口を尖らせながら言い放った。

 

「全然駄目。鬼村は独りよがりのギター、サンタとドラエモンはマイペース過ぎるベースとドラム。で、女。一番駄目なのはお前だよ」

    

一通りバンドメンバーに文句を言うと、弘子は最後にキーボードの紫苑を指差した。紫苑は何かまずいことをしたのかと不安になりその白い顔を青くした。

 

「私が何かやってしまいましたか? 特にミスはしていなかったかと思うのですが」 


「ミスはないけど。良い子ちゃんじゃバンドはできないんだよ。辞めちまいな」

 

 明らかに、弘子は紫苑を目の敵にしていた。それは景虎との仲を嫉妬しての事だというのは全員分かっていたので、ある程度は大目に見ていたが、さすがに度を越してきた。見かねたサンタはまた宥める様に声をかける。

 

「さっきも言ったが喧嘩はよせ。わしたちは目的を共にする仲間じゃないか」

 

サンタが宥めていると再び虎右衛門が便乗した。

 

「そうですよ、全く。狸も人間も女の子同士の喧嘩ってやつは変わらんものですな。最後には手が出るわけです」

 

「それで狸は手じゃなくて前足なんだろう? さっきそれは聞いたんだよこのスカポンタン!」

 

同じボケを擦り続ける虎右衛門にいよいよ弘子は我慢の限界を迎えた。

 

「もういい、私は下りるわ。さようなら。そもそも景虎くんがいないなら私はここにいる理由がないからね」

 

弘子はその後「ばいばい」とだけ言い残し、咲耶と雨野Pが止める間もなくスタジオを出て行ってしまった。

 

 そして残された者たちは「誰が悪かったのか合戦」を繰り広げてしまうのだった。しかし、練習を見ていただけの咲耶や雨野P、か弱い乙女の紫苑を責める訳にはいかず。自然とその責任の矛先は虎右衛門へ向けられた。

 ギターを背負ったビール腹の鬼村きむらは、性格の悪い中年男特有の半笑いで虎右衛門を咎めるのだった。

 

「大体ね虎右衛門どらえもんくん。君が弘子ちゃんを茶化すからいけないのよ、そこのとこ分かってる? 私にはあのくらいの娘がいたからよく分かるよ。狸だか何だか知らないけど調子に乗りすぎなんじゃあないの?」

 

「なんと、僕だけのせいですか。しかも狸の存在そのものまで貶めるとは卑劣な」

 

「じゃあ他に誰のせいだって言うんだね」

 

「やめなさい。みっともないぞ、子供が見ているじゃないか」

 

言い争う鬼村と虎右衛門をやはりサンタクロースが仲裁した。そして視線はサンタの言う「子供」、紫苑に向けられる。

 しかし紫苑は自分の事を子供だと言われて大変心外に思った。童顔で小柄なのを実は気にしていたからだ。紫苑はむっと不服そうな顔をつくった。

 

「私はお子様ではありません。大人の女性です」

 

「はいはい、そこまで」

 

紫苑まで喧嘩に参加してしまえば、いよいよ混沌を極め、このバンドは音楽性の違い以前に人間性の違いで解散することになるだろう。咲耶は手を叩きながら全員を黙らせた。

 

「いいかげんにしなさい。弘子さ……ドロンナ様、いやどっちでも良いけど。彼女を探す方が先決でしょ。アマテラスを天岩戸から引っ張り出さないと私たちに新年は来ないのよ」

 

咲耶の言い分も分かるが鬼村は納得がいかず、というより腹の虫が治らず、言い返す事にした。

 

「それは分かりますがね、参加チームは我々だけじゃないんでしょ? なら私らがバンドやる必要もないんじゃないの。そうだ、辞めちゃいましょうや。他の人たちに任せて高みの見物をすりゃあ良いんだよ」

 

鬼村の勝手な言い分で咲耶はまた頭に血が昇る感覚がした。全くこの男は、前に「幽霊探し」で言い争った時と何も変わっていない。今、自分が困っていないからと他人任せで問題を先延ばしにし、臭いものに蓋をする。

 どうせこいつは土壇場で人のせいにしたり慌てたりと口だけの役立たずだろう、と咲耶には目に見えていた。しかしここで鬼村のペースに乗せられては自分も以前と同じになってしまう。咲耶は軽く深呼吸すると言葉を続けた。

 

「誰かが、ではなく私たちがやるのよ。その誰かの力が及ばずアマテラスが出て来なかったらどうするつもりよ。あんた生者死者問わず全日本人と心中したいわけ? それが嫌なら私たちも一緒に全力で戦って少しでも成功する可能性を高めた方が良いじゃない」

 

 大昔、暗く何も無い洞窟である天岩戸に閉じこもったアマテラスは、さぞ退屈で淋しかったはずだ。本当は外へ出たかったのではないか。みんなの「太陽」という役割が嫌で閉じこもったわけではない。姉と高天原の長、その重責に耐えているのに報われず、それにいじけていただけ。だからこそ、外からの楽しそうな声や歌に興味を引かれて外へ出てきたのではないか。元来、天照大御神という女神様は「寂しがりやさん」なのではないか。咲耶はそう考えていた。

 

「中途半端な“音”じゃアマテラスは出てこないわよ。相当盛り上げないと。やるからには参加するどの団体より最高の演奏をするっていう気概はないわけ? 仮にもバンドをやるなら、勝負するなら、勝ちに行かないでどうするのよ」

 

「じゃああんたが演奏やりゃあいいじゃないの所長さん。私はやっぱり辞めさせてもらいますわ」

 

鬼村はふんと鼻を鳴らすとギターを床に置いてスタジオを出て行ってしまった。

 

 そして、ぽつんと咲耶は取り残された。まだ話は終わってないぞ。そう思ったが相手がいない。すうっと身体に帯びた熱がひいた。

 

「私は、楽器できないし……。もう歌えないから」

 

意図せずぽつりとそんな事を言ってしまった。自分が、最初から一人でだってアマテラスと会場を熱狂の渦に巻き込み、簡単に初日の出だって昇らせる事ができる。そんな音楽と自信を持っていた。だが、それはもう十年も前の話だ。咲耶は戻らない過去を回想してしまいさらに気分が落ちた。

 

「咲耶さん大丈夫ですか、安心して下さい。私も同じ気持ちです。弘子さんを探してきます。探して、謝ってきます」

 

「え、待って紫苑!」

 

紫苑に言われてはっと自分の思考から抜け出した咲耶は止めようとしたが、紫苑は既にスタジオの扉を閉めたところだった。

 

「あんたまでいなくなってどうするのよ」

 

「これは困りましたわね。早くもバンド解散の危機ですわ」

 

雨野Pは相変わらず深刻さを感じさせない淡々とした口ぶりでそう言った。カミサマ特有の余裕というか浮世離れした感覚なのかもしれない。

 

「鬼村さんの言うことも最もですが、所長さんの言うことも正しく思います。要は考え方の違いです。まあ、私は所長さんの考え方の方が好みですのよ。

 ──しかし、困りました。景虎さんの調査次第ではそもそもロックフェスはいらないかも知れませんが、念の為できる限り盛り上げておきたいのですよね」

 

 景虎はアマテラスが閉じこもった原因を調査しに出かけている。そこで原因が分かり、それを解決できたならそもそもアマテラスの気を引くために音楽祭などやらなくても良いかも知れない。だが神々でも分からない事を調べて解決するのだから根気と時間が必要だろう。こちらの時間でまだ七日あるものの、人間世界では二十四時間ほどしかない。

 景虎の調査が間に合わない、ないし失敗した場合の為にやはり音楽祭はやっておいた方が良い。アマテラスの機嫌が治るまで放置するのは悪手だ。以前はそれで日本が滅びかけた。アメノウズメ、雨野Pはそう考えていた。

 だが、雨野Pの個人的な理由が実はもう一つあった。人間たちなどお構いなしの極めて神様的で自分勝手な理由だ。雨野Pはそれを呟いた。

            

「バンド、やってみたいんだけどなあ」          

            

          


   



          ◯


 ●サンタクロース・カナガワから聞いた話

 


 一度練習は中断し、出て行ったメンバーを呼び戻す事になった。

 

「僕が全員まとめて連れて帰ってきますよ。お茶でも飲んで待っててくださいな」

 

ドラエモンのやつはそんな事を言って出ていきやがった。正直あてにできないが、メンバーがいないのだから練習したって仕方がない。自分で言うのも何だが、わしはベーシストとしてはそこそこ、いや一流だ。

 「サンタクロース」を信じる人間がいる限り、精霊としての終わりない人生を送ることになっているわしは、クリスマス以外の三百日と少々の日々は割と暇なのだ。

 

 そこでわしは趣味を極めた。幸福の魔法の金貨を狙う悪党との対決のため、身体を鍛える毎日だけじゃあ、ちと味気ない。そんな時に出会ったのが音楽だ。人間たちが創造したクリスマスソングは全て歌えるし、楽器は大体できる。しかもプロ級。だからわしがしたいのは個人練習ではなくセッションだ。愛する人間たちによる混ざり合う化学反応が見たいのだ。わしはその手助けが出来れば良い。

 だが、人間たちはやはり揉め事が好きらしい。バンドは空中分解しかけている。そこで、わしも頭を冷やす為に散歩をしつつ、出て行った連中を探す事にした。

 

 この『選手村』とかいう街は何だかわしの故郷に似ている。街並みが、という事ではなく空気感が似ている。やはり人の手ではなく超常の力で生まれた空間という事だろう。

 わしは煙草を吸いながらプラプラと街を散歩した。洋館風の建物があったかと思えば現代風だったり、小屋みたいな頼りない建物があったりとちぐはぐな街だ。

 

 そんな事を考えながら街を眺め、煙草の煙を吐いた。さて、煙草を吸うのは容易いが捨てる場所はどこか。流石に神の国の道端に吸い殻を放っておくのはまずいだろう。と、思うのはわしも「人間社会」に染まっているという事か。

 

 どこに吸い殻を捨てようか、ゴミ箱か喫煙所を探して残り少ない煙草を吸いながら街を彷徨っていた。その時だった、不意に誰かにぶつかってしまった。丁度曲がり角でわしとした事が反応が遅れてしまったのだ。仕方ない、わしに突き飛ばされて尻餅をついた若い男に手を貸してやった。

 

「大丈夫か、すまんな。考え事をしていて気が付かなかった」

 

「いえいえ、こちらこそ。慌てていて注意が足りず申し訳ない。ご老人、お怪我は、なさそうですね」

 

若者は服の上からでも分かる、わしの鍛えられた「マッソウ」と大柄な体躯に驚いて言いかけた言葉を変えた。無理もない、これは熊でも殴り殺せる筋肉だ。

 しかし善良な若者だ。倒れた自分より先に老体のわしを気にかけるとは。これは口で言うより簡単な事ではない。わしは何だか興味が湧いてきたぞ。

 

「なぜ慌てていたんだ? 詫びと言ってはなんだがわしに手伝える事なら何でも手を貸そう」

 

すると若者は服についた土埃を払いながら「いいんですか?」と聞いてきた。その若者の服は麻か何かの薄い生地でできた服で、髪型はざん切りでなんだか古臭い。イメージ的には「縄文人」の様だ。もっと古いのか?

 どうやらわしの生きる現代とは違う時空の人間の様だ。そんな若者の頼みを断れるわけがない。わしはサンタクロース。たとえオフでも人間の味方なのだ。

 ──。


 この若者、話を聞けば聞くほど善良じゃないか。

 やはり、はるか太古の時代に生きた人間のようで既に死者らしい。彼は今回のロックフェスの観客として抽選に当たったのでこの高天原に来ているのだという。

 実はあの世では観客が募集されていたらしい。ショウにするなら観客がいた方が盛り上がるから理屈は通るが、ここまで「エンタメ化」させると少しアマテラスを気の毒に思ってしまうな。

 

「私は『黄泉比良坂よもつひらさか』なる場所を探しております。この高天原のどこかにあるらしいのです。そこに最愛の人を迎えに行く約束をしているのです」

 

 死してなお、愛する者との逢瀬か。とてもロマンチックじゃあないか。益々気に入った。

 ヨモツヒラサカは地名らしい。なら、探すのは容易だ。文明を持つ存在は必ず「地図」を作る。危険な場所、帰る家、狩場、目印。色々用途はあるが行き先に迷わないように必要になるからだ。わしはある意味地図を見るスペシャリストでもある。悪き者に待ち伏せされない様に、プレゼント配りルートを毎年変えて空を飛ぶからだ。

 それにも地図がいる。わしは若者に言ってやった。

 

「ならばわしに任せろ。まずは地図を探すのだ。話はそれからだ」

          

          




          ◯

 わしは地図がないか選手村中を若者と共に聞いて回った。そして見つけた。高天原の地図はこの選手村の中心に位置する立て看板に貼られていたのだ。灯台下暗し、案外探し物は手近なところにあるのだ。

 

「黄泉比良坂、黄泉比良坂……。あ、あったぞ!」

 

若者は嬉しそうに地図の一点を指差した。わしも確認すると、その黄泉比良坂なる場所はここから数キロ離れたところにあった。荒野の先辺りらしい。ロックフェス会場の天岩戸とは反対方向だ。

 

「これは待ち合わせの後、会場までかなり歩く事になりそうだな」

 

わしがそんな風に忠告しても若者は何かに取り憑かれたように「ここだ、ここだ」と呟くばかりだった。そんなに嬉しいか、若者よ。

 

「若者よ、愛する者と共にロックフェスを楽しめると良いな」

 

 まさか、わしがそのロックフェスに出演するとは夢にも思うまい。この若者と、その恋人の為にも最高の演奏をプレゼントしてやらないとな。

 

 その後、若者は丁寧に挨拶をして去って行った。うむ、人助けは気分が良い。わしもそろそろ戻って演奏の練習でもするか。

 

 誰か戻ってきてるかも知れないからな。

 




────その⑧に続く

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