第20話 反董卓連合

曹操からの檄文を手に劉備一家は、今後の方針について話し合った。

この檄は、本来、有力諸侯に送られるべきものであり、劉備のような弱小勢力に送られるものではない。


兵力が圧倒的に足りないのだ。

これまでの行きがかり上、仕方なく送ってきた可能性があり、果たして、曹操が劉備の参戦を期待しているのかどうかも怪しい。


「今回は、伯珪はくけい殿の軍に加えてもうらおうと思う」

劉備が知る有力諸侯は北平太守ほくへいたいしゅ公孫瓚こうそんさんだけなので、方向性としてはそれしかなかった。


「参加しないという方針はないのでしょうか?」

田豫が確認を込めて、意見を出す。

今は地盤固めも重要であったため、あながち的外れな意見でもない。


「ないな。・・・俺は劉姓だ。そこに誇りもある。あの小さな体で震えながらも董卓に立ち向かったお姿を見ちまった以上、同族として、陛下をお助けしない手はない」

個人的な考えであることを十分、理解しているが、あえてついて来てほしいと懇願する。


「そんな自分勝手はいつものこと。今まで気にもしたことなんかないのですから、これからも気にしないでいいですよ」


簡雍はさらりと言う。関羽、張飛も同意見で、言うまでもないという様子だった。

劉備を中心とした固い結束。

自分が加わった劉備一家とは、こういう集団なのかと田豫は改めて感心するのだった。



早速、劉備は公孫瓚宛に書簡を送る。

兄貴分を自認していた公孫瓚は喜んで劉備の参陣を認めた。


反董卓連合は、兗州陳留郡えんしゅうちんりゅうぐん酸棗さんそうに集結するため、北平からだと平原はちょうど通り道となる。

道すがら合流するという話に収まった。


そして、約定の日、劉備は手勢五百を率いて、無事に公孫瓚と合流することができた。


「伯珪殿、ご無沙汰しております」

「おお、玄徳、息災か?何やら、盧植先生にだいぶ迷惑をかけていると聞いているぞ」


公孫瓚も優等生というわけではなかった。それはたしなめるというより、からかっている口調だ。

そのことを承知しているため、劉備も軽く受け流す。


「それより、紹介するのが我が義弟たちです」

ちょうど、公孫瓚も劉備の後ろに控える豪傑たちのことが気になっていたところだった。


身を乗り出して、関羽たちを眺める。

関羽と張飛の武者ぶりにいたく感心を示すのだった。


今回、劉備とともに参陣したのは関羽、張飛、簡雍。

田豫には平原を任せてきた。


簡雍だが、説明が面倒なので、公孫瓚には義弟という紹介をした。

それは事前の打合せ通りなので、簡雍も義弟として挨拶をする。

役者がそろったところで、公孫瓚軍は進軍を開始し、反董卓連合の集合地点を目指した。



曹操の檄に賛同し、参加を表明した諸侯は十七人。

第一鎮 後将軍ごしょうぐん南陽太守なんようたいしゅ袁術えんじゅつ

第二鎮 冀州刺史きしゅうしし韓馥かんふく

第三鎮 豫洲刺史よしゅうしし孔伷こうちゅう

第四鎮 兗州刺史えんしゅうしし劉岱りゅうたい

第五鎮 河内太守かだいたいしゅ王匡おうきょう

第六鎮 陳留太守ちんりゅうたいしゅ張邈ちょうばく

第七鎮 東郡太守とうぐんたいしゅ橋瑁きょうぼう

第八鎮 山陽太守さんようたいしゅ袁遺えんい

第九鎮 済北相せいほくしょう鮑信ほうしん

第十鎮 北海太守ほっかいたいしゅ孔融こうゆう

第十一鎮 広陵太守こうりょうたいしゅ張超ちょうちょう

第十二鎮 徐州刺史じょしゅうしし陶謙とうけん

第十三鎮 西涼太守せいりょうたいしゅ馬騰ばとう

第十四鎮 北平太守・公孫瓚

第十五鎮 上党太守じょうとうたいしゅ張楊ちょうよう

第十六鎮 烏程侯うていこう長沙太守ちょうさたいしゅ・孫堅

第十七鎮 祁郷侯ききょうこう渤海太守ぼっかいたいしゅ・袁紹

そこに曹操を加えて、十八鎮諸侯と呼ばれた。


反董卓連合の盟主は名門、袁家の御曹司、袁紹が務めることになる。

また、孫堅と袁術、馬騰は領地の位置関係から酸棗には集まっておらず、特に孫堅と袁術は連携して別経路で洛陽を目指すことになっていた。


酸棗に集合した諸侯は、十四人。

総兵力は五十万以上となり、その軍装も華やかにまさに壮観の一言だった。

諸侯が集まったところで、曹操が劉備のことを紹介する一幕があった。


曹操が密勅を受ける際、皇室の末裔である劉備を介したという説明を行う。

もちろん、この話は嘘だが勅自体が偽物なので、話の造りようはいくらでもある。


曹操にとって重要だったのは、今後、劉備に何か頼むことがあった場合の配慮を先にしておくことだった。

何はともあれ、これで会議の場には劉備のための席が用意されることになる。


一緒に行軍していた公孫瓚は、

「玄徳、お前、皇室に連なる者だったのか」と、驚くのだった。


しかし、「前から、言ってたと思うけど」と、劉備。

「お前の話を真に受けるわけがないだろう」

大笑いで、公孫瓚は背中を叩き、劉備は目を白黒させた。



反董卓連合の軍議が行われ、主力は、まず、司隷河南尹しれいかなんいん滎陽県けいようけんを攻めることに決まった。

敵の主将は徐栄。反董卓連合の先鋒は鮑信があたり、後詰を連合参謀の曹操が務める。


また、別動隊の袁術・孫堅連合は豫州潁川郡よしゅうえいせんぐんから攻め上がり、順調にいけば同じく司隷河南尹の梁県りょうけんをつく二正面作戦をとる。


特に先行している孫堅軍の強さが際立っており、快進撃を続けているという情報があったため、鮑信も続けとばかりに鼻息が荒かった。


ところが、いざ、戦端が開かれると予想以上に徐栄軍が強く、鮑信の弟である鮑忠ほうちゅうがいきなり討たれてしまう。

曹操の踏ん張りがあったため、全滅の危機は何とか回避することはできたが、完全に出鼻をくじかれた格好となった。


その後、反董卓連合からは積極的な戦闘は行われず、ただ時間だけが経過していく状況。

そうこうしている内に、孫堅の進軍も止まり、苦戦の報告が酸棗に届くのだった。


その後の軍議は非常に重たい空気となる。

結局、軍議の中でもこれといった打開策が生まれず、緒戦から一週間たつこの日も、ただ集まっただけの軍議となった。

ただ、その日の夜、曹操が劉備のところにやって来た。



「君に頼みがある」

「そろそろ来る頃だと思っていたよ」


義勇兵時代の使われ方が身に染みている。

徐栄軍を破る突破口として、先陣に呼ばれるのも近いと感じていた劉備だった。

ところが、曹操が頼んできたのは別のことだった。


「南の別動隊の応援に向かってほしい」

「南・・・。孫堅のとこ?」


曹操は、そうだと頷く。

二正面作戦だが、両面とも不調であり、一方だけでも打開したいとのこと。


「確か君は、孫堅殿と面識があったはず。・・・君がうってつけなのだが」

孫堅と面識がある。・・・いつも通り、よく調べているものだ。

もう警戒を通り越して、感服する域だと劉備は思った。


「わかったよ。すぐに向かう」

劉備が、そう返事をすると、簡雍が手を上げる。


「でしたら、こちらもお願いがあります」

「兵糧と割符かな?」

「さすがです」

「さすがなのは、君の方だよ」


何だが、お互い認め合う仲みたいになっているが、劉備には何のことか分からない。

どうやら、今回の孫堅の苦戦は、袁術と孫堅の間がうまくいってないことが原因らしい。


軍議の場でその件を持ち出すと、同志の不仲を喧伝することになり、主力本隊内にも不協和音を招く可能性があるため、時を選んで劉備のもとを訪れているという。


不仲の要因もよくわからないし、劉備としては、だから?となるが、曹操と簡雍の間の答え合わせのようなものはすんだらしく説明は終わってしまった。


「大将は、孫堅さんに兵糧を届けてくれればいいんですよ」

「ん?割符の方は?」

「私が袁術さんに届けてきます」


それだけで、解決するのだろうか?

いや、どちらも大変だが、君たちならできると曹操は太鼓判を押す。


「とりあえず、指示通り動く。ただ、こっちの方はどうする気だ?」

「申しわけないが、南が解決すれば、こちらも解決するのさ」

それ以上は、簡雍に聞いてくれと言って、曹操は去って行く。


「最後、盛大に私にぶん投げていきましたね」

簡雍は嘆息する。


「・・で、どういうことなの?」

「それは道中、お話します。途中までは一緒ですから」

「あ、そう」

それより、と言いかけて簡雍が止める。


曹操が長居したくなかった理由の方が気になったのだ。

劉備と会っているのを人に知られたくなかったのかもしれない。

これは簡雍の想像だが、袁紹と曹操の仲もうまくいってないのではないか?


おそらく、劉備への作戦指示は曹操の独断だろう・・・

袁紹に相談すると、別の人間にこの仕事が任される可能性が高い。

名門意識の高い袁紹は、皇室の末裔とはいえ仮の県令に大きな仕事は与えないだろう。


それでも劉備に任せたいのは、曹操自身が太鼓判を押すくらいだ。

成功率が高いと見ているから。


高く評価される反面・・・

簡雍は洛陽での曹操との一件を思い浮かべる。


「大将、益徳さんを護衛につけてもらっていいですか?」

「護衛?味方の陣地だろう?」

「もう大丈夫だと思いますが・・・念のためです」

疑問はあったが、道中の一人旅が気になるからと、言われて劉備は了承する。


「さぁ、それじゃ準備しましょうか」

明朝、劉備は手勢五百を連れて、孫堅が戦っている梁県へ。

簡雍は張飛とともに袁術が駐屯している荊州南陽郡魯陽県けいしゅうなんようぐんろようけんへと向かうのだった。

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