2-3 べ、別にあなたのために建築した訳じゃないんだからねっ


「蒼井くーん! 友クエ進めたー?」


 明けて翌日、登校すると藤木さんがさっそく飛び込んできた。


 藤木さんはクラスの副委員長を勤めてる女子だ。

 小柄で元気に跳ね回り、うっすら茶に染めたショートを揺らして笑う姿は、じつは男子にかなり人気があるのだけど彼女本人は気付いてない、……かもしれないし、気付いてるかもしれない。


 教室の話題はさっそく友達クエスト、通称、友クエの話題だ。


「ああ、僕もこの前はじめて……まだチュートリアルっていうか、間違って変な森に迷い込んじゃった」

「そうなの!? あたしまだ森とか行ってないよ? だよね吉村君」

「てか藤木はずーっと『なにこれVRすごっ! すごっ!?』って飛び回ってただけだからね。俺等はさっさと進めてたよ」


 藤木さんに、別の男子が突っ込みを入れる。

 そこに男女入り交じった数人のグループが顔をみせ、軽く小突いてきた。


「てか蒼井もやってたんだよな? たまたま会わなかっただけか? あとフレ登録していい? このゲーム、マジでフレ大事みたいだし」

「登録しておくだけで経験値ボーナスも入るし、あと鍛冶の時間短縮効果とか色々あるよ」

「つーか俺等で攻略用サイト作ろうぜ! 蒼井、なんかいい方法ない?」

「じゃあクラス専用のdiscordサーバー作っておこうか?」


 さっすがぁ、と吉村君に小突かれ、笑いながら計画を立てる。

 クラス専用サーバーの用意と、ディスコードを使ったことない人向けに、LIMEやプリントアウトで手順を配布すれば良いだろうか?

 会話が苦手な人でも、オフラインで情報を覗けることを知らせておけば、少しは役に立つだろう。

 同時にサーバー内での喧嘩を防止するため、基本的に書き込む内容は攻略情報のみ。喧嘩厳禁。


 と、整理していると藤木さんにスマホを差し出された。


「蒼井君、フレ登録しようよ!」

「もちろん」

「あ、俺も俺もー!」


 友クエは自宅PCヘッドセット及びキーボード操作の他、スマホからも操作できる。

 スマホだと操作性が悪いため攻略には向かないが、フレンド登録にはLIME等と同じく、振ったりIDを教えあうだけで良い。


 ほいほい皆と登録していた所で、担任の先生が教室に入ってきた。


「お前等、公認ゲームだからって遊びすぎるなよー?」


 先生が皆に注意しつつ、僕は委員長として号令をかける。

 担任はいつものようにけだるげな挨拶をしつつ、さりげなくゲームの話を付け加えた。


「あー、ゲームし過ぎるなと言いつつ仕様変更のアップデートが昨日入った。なんでも毒状態のダメージが想定より入る仕様だったらしくてな。今後は毒ダメージが入りにくくなるそうだ」


 ……。

 それはもしかしたら、僕等が頑張ってスライムを倒したのが原因かもしれない、と思った。


*


 一日を終えて帰宅し、宿題を片付けサーバーを立て、クラスメイトに連絡した後、僕も友クエの準備をする。


 現時点での課題は特になく、まずは操作に慣れて欲しいとのことだった。


 で、本ゲームでとりあえず最初にすべきことは、自分用の自宅(拠点)作りらしい。

 ログアウト時に自分自身を守るのはもちろんのこと、アイテムの保管や調合、加工といった行為を行うための拠点として便利なのだとか。


「とりあえず絶対必要なのが、ベッドとチェスト、作業台に……あ。そういえば今日、深瀬さんと何時に始めるとか相談してなかったなぁ」


 後で連絡してみようと思いつつヘッドセットを被り、ログイン。

 じゃあ今日はさっそく自宅を作ろう、どんな自宅にしようかな? とぼんやり考えて――




 見慣れない、それ、に気がついた。


 ログイン直後のことだ。昨夜ログアウトした石柱の近くに、いつの間にか……

 謎の木造家屋が建築されていた。


「!?」


 山荘のログハウス、と呼んでも差し支えない二階建ての家屋だ。

 丸太のような木材がきちんと積み重なり、入口には階段とスロープが用意され、木造ドアもついている。二階部分には丁寧に窓ガラスまで張られ、ベランダ付きという豪華な仕様だ。


 その入口には、チャイム付きのドア。

 ……の前には、衝立のようにででんと立ちふさがる石のバリケードがあって、……バリケード?


 なんだろうこれ?


 と伺っていると、バリケードの奥から、深瀬さんがそ~っと顔を覗かせた。

 杖を構え、FPSゲームで遮蔽物を使いながら銃を構えてカニ歩きをするようなモーションだ。


「……ぁ」

「こんにちは、深瀬さん」

「っ、敵じゃなかったわね……」

「敵襲がありましたか?」

「ないけど、危険はいつ襲ってくるか分からないわ。ええ、ぼっちにとって人類はすべて敵だもの」

「それにしても、凄い家ですね。深瀬さんが作ったんですか?」


 こくり、と頷く深瀬さん。

 一人で作るの大変だったろうけど、防御はバッチリそうだ。


 見習って拠点を作らなければ。


「じゃあ僕もアイテム集めてきますね。木材はその辺の木を攻撃すればいいんでしたっけ? あ、ドアとか部屋の作り方、まだ僕知らないので、あとで教えて貰えると助かりま――」

「あ、の」


 と、彼女は杖を握りしめながら一歩踏み出し、自分の家を指さした。

 うん?


「家、作ったんだけど……二階、ちょっと、作り過ぎちゃって」

「はい」

「でも、将来設計があってね」


 深瀬さんはまくし立てるように、二階の窓を示して珍しく熱弁した。


「このゲームの仕様は知らないけど、二階ベランダの窓はもっと頑丈にする予定なの。鉄格子状にして、内側からスナイパーライフルで一方的にスナイプできる状態にして、侵入者をぼこぼこにしてやるの。あと正面玄関の奥には自動タレット置いて、侵入者を炎でぶわーっと火あぶりにして……あと拠点の傍にも沢山タレット立てて、近づいた相手を撃ち倒す射程500mくらいのスナイパー装置つけて、あと魔法で自動充電できるようにして……」


 おお、すごくサバイバルゲームっぽい。

 そして彼女の性格がよく出てる家だと思う。僕も撃ち殺されそうだけど。


「世界一安全な家にするわ」

「いいと思います」

「それで。でも、作ったのはいいけど。二階の部屋が余ってて」

「はい」

「ベッドもふたつ作って、安全にログアウトしやすいようにできてて」

「ええ」

「…………」


 僕がひたすら頷いてると、彼女が唇をつんと尖らせ僕の肩をぺちりと叩いた。


「言いたいこと、分かるでしょ……?」

「すみません。僕あまり察しが良くないので、もしかしたら一緒に住まわせてくれるのかなーと期待はしたんですけど、そこまで好意に甘えるのは不味いかなーとは」

「分かってるじゃないの!」


 つい笑うと、彼女は拗ねたように僕を睨みながら、とにかくおいでと引っ張る。

 内装も見せて貰った。

 きちんとベッドにテーブル、細かな家具まで用意されており本物の家っぽい。


「本当にいいんですか? こんなに豪華な家」


 正直、僕にお得すぎでは?


「いいのよ。昨日、掃除もご飯も奢って貰ったんだもの。それくらいしないと、気が済まないの」


 彼女はやっぱり、唇をつんと立てたまま応えた。

 ――なんだか有難くて嬉しくて、ちょっと、申し訳ないなと思うと同時に、この子律儀なオタクだなぁとも、思った。




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