第29話 南の主の名
狼が帰った庭で、アルクと抱いてるチャチャは南の主と向き合っていた。
「では、望み通り〖従魔契約〗を行います、とその前に南の主さんは雌ですよね?」
『私の望みをかなえていただきありがとうございます。
雌ですが何か問題でも?』
「やはり、すみませんが体に布を被せさせてください」
『?分かりました』
それを聞きアルクはマジックバッグから布を取り出し、失礼しますと言うと、南の主の体に布を被せていく。
『これは、何か意味があるのでしょうか?』
「あります、南の主さんが人になってしまった場合、裸になってしまうので、そのために布を被せました」
『私は何も身に着けておりませんが?』
「そうなんですが、こちらの問題ですので!気にせずそのままで」
アルクは強く言い聞かせる、賢者になろうとしているものに対して人の全裸は目に毒だったからだ。
アルクは少し顔が熱くなったが、すぐに落ち着きを取り戻し従魔契約がどうやって発動するのか試すことにした。
「すいませんが最後に試したい事がありますので付き合ってください」
『試したい事は何をするのでしょうか?』
唐突に実験と言われ南の主は戸惑いながら聞いてくる。
「いえ、南の主さんはそのままで大丈夫です。
従魔契約がどうすれば発動するのかを知りたいので付き合ってください」
『分かりました』
アルクは気を抜いて名前を呼んでみることにする。
「行きますよ、ユリティア」
『はい、ユリティア?』
「はい、君の名はユリティア」
『私の名はユリティアと言うのですか?』
「そうです、嫌でしたか?」
『そういう訳では、嬉しく思いますが、ヴィアスと同じく名前の意味は何かあるのでしょうか?』
アルクは、〖従魔契約〗はこれでは発動しないのかと納得し、ズンナマさんの時は驚いたせいもあって無意識に発動してしまったのか。
それにしても、ユリティアの名の意味を説明したくないなぁと思い頬を手でポリポリと掻く。
「・・・教えないといけませんか?」
『是非、教えていただけませんか?』
「前の世界にあった美しい物にちなんでユリティアと付けました」
『・・・そうですか』
美しいと聞いた南の主は何処か嬉しそうにしていたのでアルクは少しホッと胸を撫でおろした。
「では、次は覚悟しておいてください、行きますよ?」
『分かりました』
それを聞きアルクは、深呼吸をし心を込めてその者に刻むように名を言う。
「君の名は〖ユリティア〗」
そう言うと、〖従魔契約〗の時に来る疲労感に身構えていたが。
(あ、やばい・・・)
ヴィアスの時よりも桁外れな疲労感に耐えられず、アルクはチャチャを抱えていたため後ろに重心をかけると同時に、目の前が暗くなった。
___________
バチッ バチッ ベチッ
音が聞こえるたびに痛みを感じ、目を開けたがその音と痛みは続く。
「痛い、痛いよチャチャ」
アルクはすぐに音を出している自分の胸の上に居る者へと顔を向けた。
チャチャもアルクが目を覚ましたのを理解して舌で叩くのをやめ、顔に近づくと前足でペチペチと叩き始めた。
「お!旦那、目覚めたか!
旦那が倒れた時によ、受け止めようとしたら姐さんがすぐに受け止めて、おれぁを威嚇し始めるから、どうしようかとお手上げ状態だったんだからな?」
寝ているすぐ傍に居た、ヴィアスが声をかけてきた。
「チャチャもヴィアスも自分は大丈夫だよ、心配かけてごめんね・・・それにしても初めて失神したけど、あんな感じなのか、ほとんど何もできないんだね」
アルクは重い体でチャチャを抱きながら体を起こすと、その場に
横にはヴィアスが居て、そしてユリティアの居たところを確認すると、長く乱れた白と黄緑色の髪をした美しい女性が、布に覆われ枯れてしまった草に囲まれ倒れていた。
「ヴィアス悪いんだけど自分はどれくらい寝てたか分かる?」
「ああ、少しの間だったぜ?姐さんのビンタが効いたみたいだな」
ヴィアスが笑いながらそう言い、アルクは頬に感じるジンジンとした痛みを両手で押さえ、(そうかも)と思いながら。
「チャチャありがとう、でも次は優しく起こしてくれると嬉しいかな」
苦笑しながら述べ、チャチャを肩に乗せて片手を付きながら立ち上がると尻の土を掃った。
「契約はうまくいったみたいだね、じゃぁユリティアをあのままだとまずいから空き部屋に寝かせよっか」
アルクは、ユリティアに近づき布が落ちないよう気を付けながら抱き上げる。
まだ疲労感は抜けないが、それでもなんとか空いてる個室まで運び寝かしつけ、リビングで一息付いた。
「ふぅー疲れたね」
アルクは自身がゴブリンだから欲情するのかな?と思っていたが、枯れているからか何も起きなかった。
綺麗だなーくらいだ思ったのは、運んでる最中にもチャチャにも分かったのか舌で叩くじゃなくド突かれた。
とうとうレパートリーを増やしてきた、地味に痛い。
ヴィアスも途中、代わるぜ旦那と言ってきてくれたので言葉に甘えて運ぶのを代わってもらった。
そんなこんなで一息ついたところでアルクは立ち上がる。
「よし、ベラとエリクがそろそろ起きるだろうから済ませたらユリティアの着る服を出しておかないとね。
ヴィアスはどうする?朝食は軽くすませただけだったけど、お腹空いてる?」
「旦那は忙しそうだしな、俺は外に出てそこら辺の物を食ってくらあ」
アルクはそういえばと思い出した事を聞いてみる。
「気を使ってくれてありがとう、そういえば樹海の主がいなくなったけど大丈夫なの?」
「ああ、新しい奴が外から来るかここで生まれるだろうから、そいつに任せれば問題はねえよ、人も長い事樹海には入ってこねえしな。
旦那が気になるならここら辺の魔物達をもんできてやんよ、ついでに体も慣らせるしな」
アルクはそれを聞き胸を撫でおろす。
「ありがとう、お願いしようかな、無理はしないで気を付けるんだよ」
「おうよ」
「あ、あと太陽が頭の上に来るぐらいには昼食用意しておくから」
「あぁ頼むぜ旦那、へへ旦那の飯はウメエから昼食に戻るぜ」
ニコニコしながらヴィアスは玄関から出ていった。
それをアルクは見送りながら、出したものは焼肉と焼き肉丼だけだよと心の中で呟き、苦笑しながらアルクは手を振り見送った。
「いってらっしゃい」
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