初めてのバー

奈良 敦

オールドインペリアルバー

 東京都千代田区内幸町にある帝国ホテルの2階にオールドインペリアルバーという歴史あるバーがある。


 俺はアニメの影響で、前からバーに行ってみたいと思っていたが経済的な余裕がなく、またマナーなど難しいと考えていたためバーに行く勇気がなかった。

 そもそもなぜ帝国ホテルなのか。

 

俺は19歳の時に大学を中退し、アルバイトを探した。そして採用が決まったのが帝国ホテルだった。

 だが、俺は採用決定から2日後に辞退する旨を伝えた。

 理由は当時かけていた眼鏡にあった。

 黒のレンズが大きい眼鏡はオシャレ眼鏡のようで、ホテル側としてはあまりよろしくない眼鏡ということだった。やはり、歴史あるホテルは細かいところまでしっかりしていなければならない。むしろそこまでやっていたからこれほど長い歴史を持つことができたのだろうか。

 俺は眼鏡を買うお金もないほど経済的に苦しかった。そのため、辞退の連絡をしたのだった。


 あれから4年。

 バーに行ってみたいと思っていた俺は、多少の縁がある帝国ホテルのバーに行こうと決めた。

 

 来月に給料が入ったらバーに行こう。それまでは、バーでのマナーなどを調べようとスマートフォンでバーでのマナーについて調べる。

・飲みすぎないこと

・短パンやビーチサンダルなど露出が多い服装は避けること

・カウンターにある瓶などを勝手に触らないこと

・大きい声でしゃべらないこと

・バーに入ったら、バーの人が来るまで入口で待つこと

などがあった。


そして当日。

これなら服装は問題ないと、普段会社に着ていくスーツを着ていった。

値段が心配だったため、とりあえず前日に財布に2万円を入れておいた。

有楽町駅日比谷口から歩いて7.8分くらいの場所に帝国ホテルはある。

入口でアルコール消毒をして、2階へ上がる。歩いていると、カーペットがふわふわしていてとても気持ちがよかった。

 

 バーに入る。

 事前に調べた通り、入り口で待つ。すると、20秒ほどで一人の男性がバーのカウンター付近から歩いてきた。

 「いらっしゃいませ。おひとりでしょうか」

 「はい。予約とかしてないんですけど大丈夫ですか」

 「よろしいですよ。こちらへどうぞ」

 バーの中へと歩いていく。 店内は少し暗かった。

 「テーブルとカウンターどちらになさいますか」

 「カウンターでお願いします」

 俺はカウンターで行くと、男性が椅子を引いてくれる。そして座るタイミングで椅子を戻す。

 この動作だけで俺は感動した。


 目の前に40代と思われる男性がメニューを持って現れた。

 こういう男性をバーテンダーと言うのだろう。椅子を引いてくれた男性もバーテンダーなのだろうか。そんなことを考えいていると

 「ご来店ありがとうございます。こちらメニューでございます」

 ドリンクとフードの書かれたメニュー表を見る。

 ドリンクは帝国ホテルのオリジナルカクテル、マンハッタンやギムレットなどメジャーなカクテル、ワイン、ビール、日本酒、ウイスキーなどがあった。

 フードはサラダや鶏のから揚げなどがあったが、ドリンクのみの予定だったのでフードのメニューはほとんど見なかった。

 「ご注文はお決まりでしょうか」

 「このマウントフジをお願いします」

 俺は帝国ホテルオリジナルカクテルのマウントフジを頼んだ。

 帝国ホテルの数あるカクテルのなかで最も歴史があるカクテルだ。

 カウンターからはバーテンダーの様子が見える。

 だが、俺はあまり見なかった。仕事をガン見するのは失礼だと思っていたからだ。

 カシャカシャとバーテンダーがシェーカーを振っている。その音がとても聞いてて気持ちがよかった。

 俺の目の前にカクテルグラスが置かれ、バーテンダーがシェーカーから注ぐ。

 カクテルグラスからぎりぎり溢れる寸前のところでシェーカーが空になった。

 グラスを俺のほうにすっと差し出す。

 思わず、拍手をしてしまいそうな見事な手さばきだった。

 味はアルコールがそこまで強くなく、とても飲みやすかった。


 おつまみとチェイサーの水をもらう。どちらとも少なくなったら、言わなくてもバーテンダーが用意してくれる。常に気配りを忘れない。

 これがプロというのかと俺は尊敬のまなざしでバーテンダーを見つめていた。

 

 店を後にした俺は、また来ようと決めていた。

 味はもちろん美味しいが、オールドインペリアルバーの雰囲気、バーテンダーの心遣い、カクテルを作るときの手際の良さなど、あの空間のいるだけで俺は幸せな気持ちになるからだ。




            ----完----

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