三国会議

「なぜ、我がフェーム帝国がネルシイよりも後ろなのです?!」


 ユマイル民族戦線、フェーム帝国、ネルシイ商業諸国連合、三国の国際会議がネルシイの首都"ネルシイシティ"で開催された。

 しかし、土壇場でトラブルが起き会議の開始が延長されている。

 会議の席次が上座から順に"ネルシイ商業諸国連合、フェーム帝国、ユマイル民族戦線"と設定されていたためだ。

 大陸一の大国と自負するフェーム帝国としては許せないことで、フェーム帝国の大使がネルシイ商業諸国連合の大統領に順番を入れ替えて、自分たちを上座にするように言っていた。


「これは元々決まっていたものでして」

 フェーム帝国大使の怒号にネルシイの外務大臣、ビュー・オージがなだめていた。


 ネルシイ商業諸国連合外務大臣、ビュー・オージ。31才、男性。

 政治家としては珍しい穏やかな顔立ちで親しみやすい顔立ちだ。

 実際選挙でも人気らしく、特に主婦からの人気が絶大らしい。

 顔だけかと言われるとそうではなく、ネルシイ経済大臣の頃には反発を押し切り、交易の盛んな地域で減税を行って経済を活性化させようと試みるなど、優秀なやり手であることがうかがえる。


「決まっていた!!それはまた心外ですな。商人上がりのネルシイ商業諸国連合が伝統ある我が国より上であるなどと。思い上がりだと理解できないわけですか」

 フェーム帝国大使、ドルム・ドクル。53才、頭の真ん中あたりが剥げていて、垂れた頬をしている。振る舞いは決して品のあるとは言えない。

 フェーム帝国の有力諸侯の一人で名門貴族である。

 王族の側近中の側近だ…というよりも、フェーム帝国の場合家柄が無いと"支配者側"にまわれないのだ。


 諜報資料を見る限り、特段の功績があるようには見えない。

 特に諸侯として与えられた領民を自分の宮廷建設に駆り出した上、大規模飢餓を発生させてしまっている。

 よくクビにならなかったな…未だに中世の封建制を取るフェーム帝国に"無能だからクビ"というシステムは存在しないのだろう。

 彼もその家に生まれたから領主となり、彼の領民たちも支配されるのが当たり前だと思っている。


 ちなみに、我がユマイル民族戦線は末席。

 経済規模・人口・領土とそのすべてで劣っているため仕方がないが、こうして外交の場に出ると現実を突きつけられる。

 何よりも対外的にみるとユマイル民族戦線は"ユマイル民族"で構成された国だ。

 フェーム帝国はユマイル民族は"下等民族"としか思っていない。

 これは外に出てみないと気づけないものだ。


 結局フェーム帝国の激しい抗議は収まらず、順番を入れ替えることとなった。

 上座から順に"フェーム帝国大使ドルム・ドクルとその書記、次にネルシイ商業諸国連合外務大臣ビュー・オージおよび秘書官、そして我がユマイル民族戦線からはフィール・アンブレラ外交部長と私ウォール・グリーン議長"だ。


「では会議を始めさせていただきます。皆様はるばる遠路お疲れ様でした」

 開催国ネルシイのビュー・オージ外務大臣が着席後声をかけた。

「特にユマイル民族戦線からはウォール議長直々に出ていただけるということで」

 ビュー外務大臣の視線がこちらに向いてきたため会釈をした。

「ユマイル民族なんだからそのくらいして当然でしょう」

 ドルム・ドクル大使が嫌味に呟いた。

 ちなみにフェーム帝国の皇帝様は首都に引きこもり中だ。

 "神々しい皇帝陛下がわざわざ外国に出向くのは不敬だ"などと理由付けされているが、実際は皇帝が離れている隙に反乱が起こるのが怖いのだろう。


「ドルム・ドクル大使。ユマイル民族に対する差別発言ですよ…!!明確に抗議します」

 フィール外交部長がドルム・ドクル大使に怒鳴りつけた。

 ドルム大使はそっぽを向く。


「まあ、話し合いを続けさせてもよろしいですか?」

 ビュー外務大臣が困った口調で窘める。

「分かりました」

 私がそう答えた。

 すでに抗議した以上、これ以上やるべきことはない。

 下手に粘っても、こいつら絶対謝罪しないだろうし。

 フェーム帝国とはそういう国だ。


「今回の議題はユマイル民族戦線が新たに提唱されている関税同盟の件です」

「ええ」

 そう。ついに私の公約"ユマイルによる大陸統一"の第一歩、関税同盟による"大陸の経済統合"である。

 この関税同盟によって多くの種類の関税の軽減・撤廃が決まる。

 政治的・精神的統合には程遠いが、それでも大陸の経済的統合という観点では大幅に前進するだろう。

 今までは関税のせいで割高な国内品に甘んじていたマーケットは、外国から持ってきた適正な品へと切り替えられる。

 それぞれの地域は自らの強みへと集中することができ、大陸の経済構造の効率化・生産性の向上へと推し進められるだろう。

 評論家の中には、今条約が疑似的な大陸統一ではないかと言う人さえもいる。


「既に事務方で調整をしていますので、今回の話し合いは相いれなかった箇所の調整となります」

 ビュー外務大臣が言い、話し合いが始まろうとしたとき、ドルム大使が書記とぼそぼそと話し出したのが見えた。

「どうされました?」

 ビュー外務大臣の問いにドルム大使は不快そうな顔をして。

「わしらはそんな話聞いておりませんが」

 と言い放った。


 フィール外交部長を見ると、私は彼女に耳を貸した。

「既に事務方と話して、八割近くの軽減・関税撤廃措置で大筋合意しているはずですが…」

「誰と話した?」

「ワス・グラサ外交司です。フェーム帝国では外交大臣のポストに当たるはずです」

 ちょっと聞いてみるか。


「フィール外交部長はワス・グラサ外交司と調整したと言っていますが、伝わっていませんか?」

 ドルム大使は鼻で笑った。

「ワス。なんでわしに話を通さないのか。わしのほうが家柄上だろう」

「ワス・グラサ外交司はフェーム帝国の外交責任者だとお聞きしましたが」

「名目上そうなっているだけだ。なぜわしのほうにも言わないのか」

「フェーム帝国の外交チャンネルは統一されていないということですか?」

「そうだ。皇帝陛下でもあるまい、なぜワスに決められなくてはならないのか」


 うーん。

 フェーム帝国の後進性を舐めていた。

 彼らは外交の意思決定すら統合できていなかったらしい。

「ネルシイの方はお話は通っていますか?」

「ええ、もちろん。ただ鉄道部品の箇所は…」

 ビュー外務大臣が頷いた。

「こちらで検討した結果、今回は譲歩しましょう。ユマイル・ネルシイ間の鉄道部品の関税率は撤廃ではなく4.5%に減税するネルシイ案で大丈夫です」

 今回大切なのは関税同盟を成立させることだ。

 下手に関税率を争って成立しないということだけは避けたい。


「了解いたしました。…これで話すことは終わりですか。ほんの数秒で終わってしまいましたね」

ビュー外務大臣が微笑んだ。

「ええ。官僚の皆さんには頭が上がらないですね」

 私はそう答えた。

 横を見るとフィール外交部長が誇らしげにしていた。

 それもそのはず、水面下での交渉を頑張ってくれたのはユマイル外交部の官僚たちなんだから。


「フェーム帝国は…」

 ビュー外務大臣が言うと、ドルム大使は興味なさそうに一瞥した。

 …他国を心配している場合ではないが、フェーム帝国は本当にあいつを大使にして大丈夫なのか。

 国の代表たる"大使"として国運を握っているにもかかわらず、あの悪ガキのような態度。

 逆に私たちを油断させているのかとさえ思えてきてしまう。


「とにかく、わしはそんな話聞いていないので帰らせていただきます」

 ドルム大使は立ち上がり、会議を出ようとした。

「ちょっと、ドルム大使!!会議は終わっていませんよ」

 ビュー外務大臣が呼び止める。

「我が国はネルシイ・フェーム国境紛争の捕虜返還を求めています。フェーム帝国側から何も返答をもらっていない!!」

 ネルシイ・フェーム国境紛争。

 フェーム帝国はユマイルどころかネルシイとも国境紛争を抱えている。

 特にネルシイ・フェーム間の国境紛争に関して、フェーム帝国はとても挑発的に見える。

 経済力が抜かされたことに関する反発心なんだろう。


 …本気でネルシイと戦争したら、国力や硬直した封建的な制度が原因でフェーム帝国が負けるのは目に見えているだろうに。

 愚かな奴らだ。

 未だに自分たちが大帝国であると盲信している。


 ドルム大使と付き添いの書記が去り、ビュー外務大臣と秘書官、フィール外交部長と私の四人が残される。

「どうなさいますか?」

 ビュー外務大臣が私たちに爽やかに声をかけた。

 大陸三国で関税同盟を構築することが、大陸統一への一歩だった。だが、今からフェーム帝国と一から調整などしていれば、条約発行はいつになるやら。


「分かりました。今回の関税同盟はネルシイ・ユマイルの二か国で発行しましょう」

 私はそう提案した、フィール外交部長は驚いた表情でこちらを見る。

 フェーム帝国が一方的に会議から抜け、関税同盟から排除されれば"フェーム帝国"の後進性が露わになる。

 ただでさえ近代化・工業化に遅れるフェーム帝国が、関税面でも負ければ国力の差はより広がる。


「我が国も賛成です」

 ビュー外務大臣もそう応じた。

 フィール外交部長は条約の正文を取り出して、フェーム帝国の部分を二重線で消し、印を押した。

「本当にこれでいいんですかね…」

 フィール外交部長はそう呟いた。

「いい。ここでチャンスを逃せば、大陸の経済統合は一生進まない」


 正文をビュー外務大臣に手渡すときに私は微笑んで言った。

「我々はいつでもフェーム帝国を歓迎していますが、彼らは自分の意志で抜けた。そうですよね?」

 ビュー外務大臣は私の問いに微笑んで返した。

 その微笑みというものは彼が"大衆受けする空っぽなもの"ではない。

 悪く奥深い濁ったものを感じる、紛れもなく野望と自分の信念を持った"指導者"としてのものだった。

 演説の時にこんな顔、彼は絶対にしないのだろう。


「もちろんです。フェーム帝国が関税同盟に加盟しなかったことは非常に残念です」

 交渉は成立した。

 大陸統一の足掛かりとなる条約は締結され、あとは批准を待つばかりとなる。

 そして、フェーム帝国は近代的な関税同盟から排除されることとなった。

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