「あ」から始まるサスペンス
けろよん
第1話 謎の少女ルリ
あの時の俺は酷く慌てていた。
携帯で呼び出されて駆けつけた月見野高校。そこで事件に巻き込まれたのだ。
どうすればいいのか分からず立往生していると、廊下に座りこんでいる女の子がいた。
ここの生徒には見えない。まだ小学生か中学生に上がったぐらいに見える。俺はほっと息を吐き、彼女に近づいて声を掛けた。
「君は?」
「ルリ……」
彼女はそれ以上答えない。ぼろぼろになって煤けて黒くなった服を見ると彼女も事件に巻き込まれた口だろう。
俺はそっと彼女に上着を掛けてやる。見上げる少女の顔を廊下に差し込んだ月明かりが照らし出す。
綺麗な子だと思った。だからというわけではないが、俺は気が付くと彼女に手を差し出していた。
「一緒に来るか? ここにいるとまだ危険かもしれない」
「うん……」
彼女は何も拒んだりはしなかった。素直に俺の手を握り返してきた。
それが俺と、自分の事を何も分かっていない少女ルリとの出会いだった。
自宅に帰って俺とルリは家で一緒に暮らすことになった。
どうなる事かと思ったが、親に事情を話すと、面倒な手続きは全部親が済ませてしまっていた。
俺のする事は何も無かった。
「警察に話した方がいいのかな」
「あ、その辺は大丈夫だ。僕が説明しておいた」
「そうか……それは良かった……」
父の言葉に俺はホッと胸を撫で下ろす。
いろいろ悩んでいたのに勝手に片付けられるのは何だか釈然としない思いもあるのだが……
「それで……その子は?」
そう言って、父さんは視線を俺の後ろへと向ける。
そこには、先程から俺の服を掴んだまま離れようとしない少女の姿があった。
「えっと……この子は今日泊まる事になった女の子だよ」
「それは知ってる。僕が手続きしたんだから。どうしてあの事件に巻き込まれたのかなって事だよ」
「あーうん。そうだよね」
確かに今の言い方じゃ答えになってないだろう。俺は安心させるように彼女の背中を押す。
「この子の名前はルリって言うんだ。ほら、挨拶出来るかな?」
そう言いながら、優しく頭を撫でてあげる。
すると彼女は少しだけ顔を赤くしながら口を開いた。
「るりです。よろしくおねがいします」
ペコリとお辞儀をしながら名前を告げる。
そして、またすぐに俺の後ろに隠れてしまった。
どうやら人見知りするタイプらしい。
まぁ、今は無理に仲良くなる必要も無いし別にいいけどさ。
「彼女は自分の名前以外は何も覚えていないんだ」
「ふむ……よくある記憶喪失ってやつだね」
「こういうのってよくあるのか?」
「ああ、テレビやゲームの世界ではね」
「この親父……」
現実と空想を同じには考えないで欲しい。
父さんは昔からこんなところがある。真剣に話をしても冗談ではぐらかしてしまうところが。
本人にとっては場を和ませてるつもりなのかもしれないが、俺にとってはただの笑えないたちの悪いジョークに過ぎない。
それでも仕事では有能らしいから世の中は分からないものだ。何の仕事をしているのかはよく知らないけれど。
前に訊いたら雑用とか上に言われた事をやる仕事だと言っていた。本当によく分からないが、きちんと働いて家族を養ってくれてるなら親の仕事なんてどうでもいい。
「ん? どうかしたのかい?」
「いや、何でもないよ。それよりも早く行こう!」
これ以上追及される前にここを離脱する事にしよう。俺にだって月見野高校で起きた事件の事はよく分かっていないのだ。
訊かれても話せる事なんて何も湧いてこない。ルリを不審がらせるだけだ。
俺は彼女を連れて逃げるように自分の部屋へと入っていった。
俺が出ていった後のリビングにて―――
母さんにお茶を出してもらって、父さんはリビングに置いてあったソファーに座って一息ついた。
「ふぅ……ようやく帰ってこれたよ。ここ数日、ずっと働き詰めだったから流石に疲れたな」
「おつかれさま。これからはもう少し仕事の量を減らしたら?」
「そうしたいのは山々なんだが、色々と事情があってな。なかなか難しい所もあるんだよ」
「そうなの。大変なのね」
大変と言われながらも、父さんの表情からは苦労している様子が見られない。
むしろ楽しんでいるように見える。
きっとそれが、父さんの仕事に対するモチベーションなんだろう。
「ところで、家では何か変わった事はなかったかい?」
「んー、特に何も無かったわね」
「そうか、何も無かったなら何よりだ」
「何も無くて残念だった?」
「いやいや、家では落ち着けるのが一番だ。忙しいのは外だけでいいよ」
そう言って父さんは笑うのだった。
俺はルリを連れて自分の部屋へとやってきた。今更ながら女の子を連れてきた事に気づいて俺は緊張してしまう。
「何を意識しているんだ。ルリはまだ子供なんだぞ」
「ここで着替えればいいの?」
「あっ……」
しまった! 今更ながら俺達は事件の起きた現場を出てきた時の恰好のままだった。
ルリには俺の汚れた上着を貸していて、俺自身も汚れた格好のままだった。 このままだと完全に不審者じゃないか。
事件に関わっていたとばれてしまうし、ルリも気まずいだろう。彼女は何とも思ってなさそうなきょとんとした顔をしているが。
「ちょっと待っていてくれ!!」
俺は慌てて自分の部屋へと入る。
そのまま急いで服を着替えようとクローゼットを開けていると、ルリが付いてきていた。
「うわ! なんでついてきてるんだ!?」
「ダメ……ですか?」
「ううん、全然構わないけど母さんに聞いた方が良くない?」
「……」
ルリは小さく首を横に振るだけで俺から離れる気は無さそうだ。その寂しそうな顔を見ると俺も突き放す気が無くなってしまう。
「じゃあ、俺の服貸そうか?」
「はい」
一緒に選ぶ事にする。
こう見えても俺は子供には優しいのだ。
決してロリコンという訳ではない。……多分。
「汚れた服はどうする?」
「もう着られないので」
「そうだね」
俺より事件の中心地に近い場所にいたと思われるルリの服はもう黒く煤けてボロボロになっていた。
もったいないけど捨てるしかなさそうだ。
決して俺がどんなにボロボロでもルリの服が欲しいと思った訳ではない。……絶対に多分きっとそうだ。
こうして俺とルリの奇妙な生活が幕を開けたのだった。
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