第16話、異世界の言葉でデレてくる

 昨日の夜は眠れなかった。

 その理由は別れ際にメアが告げた異世界の言葉にあった。聞き間違いではないと思う、彼女は確かにあの時『あらゆ』と言った。あなたが好き、そう言った。その事を思い出すと顔が熱くなって眠れない。それに結局はメアに俺からのプレゼントは渡せなかった。


 彼女から渡された青い栞を見つめながら、俺はずっとベッドの上でメアの事を考えていた。


 結局は殆ど寝付けないまま、次の日の月曜日になって俺は学校へ。教室に着いた後も隣の席のメアとは目を合わせる事が出来ず、休み時間も授業中も一度たりとも隣の席をしっかりとは見なかった。いや、見れなかった。


 だがメアの方も今日はいつもと違った。

 いつもの彼女なら机の上か黒板を見つめているばかりで、あまり俺の方を見たりはしないのだが今日はずっと視線を感じる。

 

 机に伏せながら彼女がじっとこちらを見ている事に気が付いて、そんな彼女が小さな声で異世界の言葉を呟いた。


「あらゆ……」


 小さな声が聞こえたと思うとメアはすぐに視線を逸らす。今のも聞き間違いじゃなかった。彼女は俺の横顔を見ながら『好き』と言ったのだ。これだけでは留まらず、授業中に教師から当てられて俺がその問題を答えた後も『かっこいい』と異世界の言葉で呟く。


 昼休みになっていつものように席を並べて一緒に弁当を食べていると、俺がもぐもぐとご飯を食べる姿を見ながら異世界の言葉で『可愛い』と言ってきて、その時は喉にご飯を詰まらせるところだった。


 異世界の言葉の意味は俺には決して伝わっていない、全然何を言っているのか分かりません、そんなふうに振る舞わなくてはならない。もしその言葉の意味を理解している事がバレてしまったら、俺が元勇者である事に気付かれてしまう。けれど彼女はデレてくる、俺に異世界の言葉の意味がバレていないと思って好意の言葉を告げてくる。


 心臓の高鳴りは止まらなかった。ずっとどきどきして授業なんて全く集中出来なかった。だってそうだろう、隣の席の可愛い女の子が、俺を見つめながら優しく微笑んで一日中ずっとデレてくる。そして俺がメアの方に振り向けば、彼女は恥ずかしがってそっぽを向いてしまうのだ。


 バレていないと思って異世界の言葉でデレてくるメアと、その言葉の意味が分かっていないふりを続ける俺。


 俺達の関係が花を開いたのは今日この日からだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る