第2話、きっかけ
突然だが俺『
高校生になってからの初めての終業式を済ませ、明日からちょうど夏休みというその日。
俺はいつものように家へ帰ろうとしていた途中、空から落ちてきた流れ星に巻き込まれ気付けば異世界へと転移していた。いわゆる勇者召喚というやつだ。小説や漫画、アニメの世界で見てきた憧れの、テンプレ的な『異世界転移』に俺は心を震わせた。
そしてテンプレ通りに現れた神様の願いを聞き入れチートなスキルとステータスを与えられ、俺は剣と魔法の世界を旅して仲間を集め、勇者としてその異世界で暴れまわっていた魔を統べる女王『ナイトメア・カオス・ダークネス』を倒し世界に平和を取り戻した。
そして異世界の人々との別れを惜しみながら、無事に元の世界である日本へと帰還する。異世界で得た力とスキルと記憶は日本に戻っても残っていて、今度はそれを使って現実世界で活躍してやろうと張り切ったものだ。
異世界転移していた時間の流れは歪んでいて、向こうではかなり長い時間を過ごしたはずが、現実世界では夏休みが終わる前日に帰還を果たしていた。
高校生活は親から離れてアパートで一人暮らしをしていたのと、放任主義が過ぎるうちの親には夏休みも実家には帰らない事を告げていた事。友達も全くいなかったという不幸中の幸いで、夏休みの間に失踪していたというのに何の問題も起きずに、俺の日常生活はすぐに戻ってきた。
今まではクラスカーストの最底辺だった俺。誰かと喋るのは苦手で、テストの順位は常に下の下、体育でも運動音痴を炸裂しているばかりで仲間はずれにされていた俺が、クラスメイトと楽しく話し、運動部のエース達を置き去りにするような運動神経を発揮させ、テストの成績は学年トップに躍り出た。
こうして人と喋れるようになったのは異世界の旅を通じて精神的に成長したおかげで、体育の方は異世界で培った魔王も倒す最強のステータスを駆使し、勉強の方は神から異世界転移の際に渡された様々なスキルを活用した結果。
今までずっとクラスの隅っこで友達もいなかった最底辺な俺が、新学期を迎えてからは学年カースト最上位に仲間入り。高校の部活動には片っ端から勧誘されて、テストで不正を疑う教師共には、どんな問題が提示されようとも秒でその問題を解く格の違いを見せつけた。
こうして高校生活で活躍出来るのは全て異世界転移のおかげ、異世界転移バンザイだと、そう思っていた。
けれどその展開はある日を境に急変する。
彼女が来た、雨宮メアがうちのクラスに転校してきたのだ。
彼女は魔王だった、俺が異世界で倒したはずの魔王『ナイトメア・カオス・ダークネス』がこちらの世界へとやってきた。
それがどういう因果なのかは分からない。けれどまた魔王がこの世界で悪事を働かないよう監視するのは勇者であった俺の役目だと張り切っていた。
異世界で出会ったあの時は禍々しい姿だったはずの魔王だが、こちらの世界では可憐な美少女の姿になっている。だが姿を誤魔化してまた新たに世界征服を企てているのではないかと、油断してはいけないと彼女の行動を逐一観察していた。
そして彼女の様子を観察し続けて気付くのだ。
「なんだ……あのポンコツは……」
見た目は良い、本当に抜群に可愛らしいのだ。廊下を歩けば男子生徒一同は彼女の姿に見惚れ、周りにいた女子達は彼女を囲んで可愛い可愛いと持て囃す。転校初日に男子から告白される姿も見た程だ。
だがそれはほんの初めだけ。
転校してきた彼女(魔王)の高校生活は悲惨たるものだった。
勉強は全く駄目でテストの解答用紙は赤いバツ印で埋まり補習の常連だった。
体育の授業では何もない所でずっこけて、顔を地面に激しくぶつけ、膝を擦りむく事がしょっちゅうで、短距離走なら最下位で長距離走をやれば周回遅れ、あらゆる球技でも活躍出来ない運動音痴ぶりを披露し続けた。音楽の授業では聞くに堪えない絶望的な歌唱力でクラスメイトを震え上がらせ、ダンスになると足をもたつかせるばかりでリズムも取れない。
初めは彼女が魔王としての力を隠しているから、全て演技でやっているのかと思っていた。俺も全力を出すと長距離走も短距離走も世界記録をぶっちぎってしまうし、力の加減を間違えてしまうと運動中にぶつかった相手に大きな怪我を負わせてしまう。
だが彼女の場合はそうではなかった。何らかの理由があって力を加減しているのではなく、体育の授業で息をぜえはあ切らして今にも倒れそうな様子になって、それが力を抜いているのではなく全力だという事を理解した。
転校してきた数日は彼女の周りには人だかりが出来ていたのだが、口下手のコミュ障で友達は全く出来ず、友達ゼロの学年カースト最底辺となっていた。
魔界を統べていた支配者がどうしてこんな事に? と俺は不思議に思っていたのだが、その理由もすぐに判明する。
俺が異世界で魔王としての彼女を倒した時、彼女が秘めていた力も知識も才能も、彼女が纏っていた邪気すらも、魔王として必要なその全てが爆発四散して消滅してしまったという事。つまりこちらの世界に転生してきた彼女は。魔族を統べる力も、太古から蓄えていた知識も、100万年に一人と呼ばれたはずの才能も、全ての魔族をひれ伏せさせた邪悪さもない、世界を震撼させた魔王の絞りカスになっていたのだ。
そんな彼女が隣にいる俺を『魔王を倒した勇者』だと、その正体に気付けるはずもなく、既に彼女が転校してからかなりの時間が経っていた。
そして彼女は昼休みになると、俺の隣の席で机に突っ伏して、一人寂しそうに言葉を口にする。
『あわとごばとむう……』
一人になると出てくる異世界の言葉。
彼女は今『元の世界に帰りたい』そう言いながら涙ぐんでいた。
初めは魔王がこの世界を征服する可能性を危惧して観察していたが、彼女を見て知って理解する。今のコミュ障で運動音痴で勉強も全く出来ない雨宮メアが世界を征服出来るはずもなく、それどころかこのままではカースト最底辺の彼女が孤独のまま、下手をすれば周りからいじめられてしまう可能性だってあった。
そしてこうなってしまった原因は俺にもある。
悪い事をしたつもりはない、世界を救う為に魔王ナイトメア・カオス・ダークネスを倒したのは当然の事。しかし、それはこの世界とは遠く離れた異世界での出来事だ。
向こうの世界では悪の道へと進んでしまった彼女を、今度はこの世界で正しい道へと導くのも勇者としての役目なのではないかと、そう思った俺は机に突っ伏す雨宮メアに声をかけていた。
「なあ、一緒に弁当でも食わないか?」
「え?」
彼女は顔を上げて、透き通った宝石のような瞳で俺を見つめる。
これが元勇者と元魔王の不思議な関係、
その全ての始まり、
メアが異世界の言葉で俺にデレてくるようになったのは割とすぐの事だった。
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