魔物の気紛れで召喚された俺が異世界の王になるのを目指して何が悪い?

@faisen

一章 国盗り

一 『出会い』

 ふと目を覚ますと、額には地面の感触があり、鼻には自然の匂いが流れ込んでくる。

 昨晩はいつもの枕の上で寝ていたはずなのだが、どうも様子がおかしい。



 ――ここは何処だ。



 そう言って青年は立ち上がる。

 どことなく才覚を感じさせる鋭い顔つき、ということを除けばこれといった特徴のない青年だ。年齢は20になるかならないかといったところか。日本人の平均より少しだけ高い身長に、おでこに少しかかるくらいの黒髪。細いでも太いでもない体つきをしていて、上は黒Tシャツ、下はジーパンという恰好。そして鋭いどいといえば鋭いが整っているとは言い難い顔立ち。つまり凡庸な見た目の青年である。


 立ち上がった青年は周囲を見渡した。

 辺りは背の高い木々が鬱蒼と生い茂っている。額と鼻から得た情報の通り、ここは家の中ではないらしい。

 深い森だ。太陽の光は木々に遮られ、地面まで届かずに死んでしまう。生き物の声は一切無く、不気味なほどに静かでどこか荘厳な雰囲気を感じさせる。



「……お目覚めかい」



 ついさっき見たときには誰もいなかったはずの背後から女の声がする。 気怠げな感じの、妖しい声音だ。



「誰だ! ! 」



 そう叫んで背後を振り返る。



 ――――そこにいたのは、美しい女だった。

 漆黒のようなロングの黒髪に、理知的な青い目をした美しい女。

 少しだけ釣った大きな瞳、すっと伸びた美しい鼻筋、ピンク色の薄い唇、細く均整の取れた形の顎、それらが全て奇跡のようなバランスで配置されている

 そして、黒を基調としたドレスと病的なまでに白い肌のコントラストが彼女の美しさを際立たせている。 

 年齢は20代後半くらいだろうか。かなり色気があり、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 身長はかなり高い。目測だが、大体175センチくらいで青年と同じくらいだろうか。

 しかし、薄暗い森と相まってかなり不気味に見えるのもまた事実である。青年は警戒心を抱きつつ、



「お前は誰だ」



 と問う。女はニヤニヤと笑いながら、



「そんなに警戒しなくても大丈夫さ。ワタシはあんたの敵じゃない」


 青年は苛立ったように語気を強め、


「……もう一度聞く。ここは何処で、お前はいったい誰なんだ」


 と、問いかけた。女は青年を手で制しながら、


「まあ、待ちな。1から説明してやるから」



 と言って胡坐をかいて地面に座り込んだ。似合わない仕草だ、と青年は思った。青年は警戒心を解かずに、



「……分かった」



 と応じ地面に座り込んだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「先に聞いておくけど、あんた名前は?」



 ……この女、妙なことを聞くな。1から説明してやるなどど訳知り顔で言っておいて、俺の名前さえ知らないのか。まあ、いい。



「楠木正人だ」



それを聞いた女は頷くと、



「クスノキマサトか、覚えたよ。ワタシはセリス。魔物のセリスだよ。そっちの世界からあんたをこっちに呼んだのはワタシさ。……いや、なに。転移術式の発動は成功したみたいでひとまず安心だよ。それからあんたも死んでないし、体に異常をきたしたりもしてないようで良かったさね」



 ――魔物、そっちの世界、転移術式



 聞き逃せないワードがいくつも出たが……。



「『そっちの世界』とはなんだ。それに転移術式などど…… 

――なるほど、こういうことか。お前は、俺を俺がいた世界からお前たちの世界へ呼び出した。つまり、転移させた。そういうことだな?」


「冷静だね、あんた。――ああ、そういうことだよ。ワタシがあんたを転移させたのさ。つまり、ここはあんたから見れば異世界で、ワタシから見たあんたは異世界人ってわけさ」



 異世界転移――。言葉でそう言ってみたは良いものの、夢見がちな中学生ですら信じないであろうその言葉を、日本でも屈指の現実主義者である俺が信じるはずもない。壮大なドッキリ企画という可能性もなくはない。



「にわかには信じがたいが…… そうだな、ならばこうしようじゃないか。何かこっちの世界にはないもの、例えば、魔法。そういうものを俺に見せてみろ。そうしたら信じようじゃないか」



女はなるほど、という風に頷くと



「魔法…… いいとも、ああ、簡単なことさ。見せてあげよう。それなら、こういうのはどうだい。いまから10秒間だけ、ワタシはあんたの前から姿を消そう。それでいいかい?」



姿を消すか……。それなら地球人には到底できない芸当だし信用に足るか。



「ああ、それでいい。」



 瞬間、女は姿を消した。文字通り、世界から姿を消したのだ。これは俺からすれば、というよりも地球人であれば誰しもが信じがたいことであり、女が語ったすべての事柄を信じさせるに足る行為だった。



「驚いたな……!」



 俺は立ち上がり、先ほどまで女がいた空間に腕をさまよわせて女に触れようとするも、そこには空間以外の何も存在せず、腕を空ぶらせただけであった。



「無駄だよ。姿が見えないだけでなくて、実体ごと消してるからね。ちなみにこうやって、あんたにだけ姿を見せて他のものからは見えないようにすることもできるさ。まあ、今はあんたとワタシしかいないから証明のしようもないけどね。……どうだい、これで信じたかい?ワタシが話したことを」



 俺はいまだ驚愕の薄れない心中を押し殺し、すでに落ち着き払った風に見せ、精一杯のすまし顔を作って見せると、



「――ああ。信じよう。お前が魔物だということも、俺が異世界に転移したことも信じよう。」



それを聞いた女は少し驚いた表情を見せと、



「――ワタシが魔物だということも。耳聡いね、あんた。これは期待できそうじゃないか……」


「期待?何の話だ。……いや、それよりもまだ聞いていないことがあったな」


「……なんだい?」



 俺は大きく息を吸い込み、問いかけた。



「――セリス、お前が俺を転移させた理由はなんだ? 一体何が目的で……」


「ああ、それはね――」






「――退屈だったから」

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