第12話 魔法技能試験④
土煙が収まると、傷はついているものの特に割れているわけではない魔石がそこにはあった。
どうやらあれほど威力の高い魔法をもってしても、魔石を割ることはできないらしい。
そしてゼルドさまを見ていた生徒たちはあまりの魔法の迫力にメリルさまのときのように歓声があがるわけではなく、みな言葉を失い静まり返っていた。
そして横に座っているメリルさまを見るとどこか誇らしげな表情で俺の顔を見ていた。
「なんだか嬉しそうですね」
「ふふっ、どう?兄さまの魔法は」
「正直驚きましたよ。まさかあれほど高度で迫力のある魔法を見せられるとは」
俺がそう答えると、メリルさまはムッとした表情に変わり口を開いた。
「その割には口を呆けている他の生徒たちと比べると余裕があるように見えるわよ」
「まさか、それは単に顔に出ていないだけですよ。内心は動揺しっぱなしです」
そう俺は建前を繰り返した。
そんな俺の徹底した意見を聞き、メリルさまははぁ、とどういう意図があるかは分からないがため息をこぼしたあとに、
「ならそうしておくことにするわ」
と続けた。
それからゼルドさまが帰ってきた。
「ゼルドさま、お疲れさまです」
「ありがとう。ちょっと今日の魔法はあんまりだったね。ごめんよ、そこまでいいものを見せられなくて」
さっきの魔法は俺の目から見ても十分すごいと思ったのだが、どうやらゼルドさまは納得していないらしい。
「さっきの魔法はゼルドさまの中ではあんまりだったのですか。そのセリフを聞いたら見ていた生徒たちはみんな泣きますよ」
「それはあくまで他の生徒たちは、だよね。つまり君から見てもあんまりだったんじゃないかな?」
そうまじめな表情で俺に尋ねてきた。
そしてゼルドさまは続ける。
「聞かせてくれないか。君の建前ではない、本音の意見を」
そう言うゼルドさまの表情はいつにもまして真剣だった。
だからこそ俺は本音で話すことを決めた。
「分かりました。正直見ていて本当にすごいと思いましたよ。これは建前でもなんでもないです。ただ……」
「ただ?」
ゼルドさまは俺に続きの言葉を促した。
「俺であればあの魔石ぐらいは軽々と砕くことができると思うので魔法の威力としてはまだまだなのかとは考えていました」
そう言うとゼルドさまは黙って下を向いた後にふふっと笑いながら口を開いた。
「軽々とあの魔石を砕くことができる、か。とんだ大口を叩くなと思って思わず笑ってしまったよ」
さらにゼルドさまは続ける。
「あれだけ僕が土の刃を飛ばしても魔石の表面は傷つけられても中身は傷一つ付けられなかった。それでも君はできると言うのかい?」
改めてゼルドさまは尋ねてくる。
「できますよ」
でも俺の答えは変わらない。
そう言うとゼルドさまはようやく表情を緩めた。
「なら見せてくれ。今の君の力を」
「もちろん。この二年間で俺の魔法がどこまで到達したのか見せてあげますよ」
正直さっきまでは試験でど派手な魔法を使って魔石を割り、見ている生徒たちの度肝を抜こうかと考えていた。
もちろんそうすれば俺の噂が消えるぐらいのインパクトはあるだろうし、むしろそれが正しい選択だろう。
でも考えが変わった。
もしかすると俺が今試験でやろうとしていることをやれば、むしろ現状よりも俺の立場が悪くなるかもしれない。
でもいいじゃないか一日ぐらい。
どうせ明日の剣術技能試験があるのだから今日ぐらいは戯れてみるのも。
それにどのみち間違いなく生徒全員の度肝を抜くことができるのだから。
そしてついに魔法技能試験の残り人数は二人となった。
つまり次の次でようやく俺の出番が回ってくるわけだ。
外を見ると空は夕焼け色に染まっていた。
その景色を見ると随分と長い間待たされたということを実感する。
そんなことを考えていると俺たちの前にとある人物が現れた。
「ゼルドさま、それにメリルさま。試験お疲れ様です。非常に素晴らしい魔法でした」
そう二人に声をかけてきたのは学園初日に声をかけてきて俺に意味深な視線を送ってきたバウラ・キャルレイであった。
「君は確か……バウラくんか。キャルレイ家の」
考えている素振りを見せたあと、思い出したのかゼルドさまはバウラ・キャルレイの名を言ってみせた。
「覚えていていただき光栄です」
そう言ってバウラは深々と頭を下げた。
なんだか素振りがいちいち大げさで鬱陶しいな、と俺は思った。
「それで、私たちになにかご用があるのでしょうか?」
メリルさまはいつも通りのおしとやかメリルさまに変貌していた。
「ええ、実は次がわたくしの試験でして呼ばれる前にお二人にお願いがあるのです」
「お願い、というのは?」
メリルさまがバウラに次の言葉を促す。
「そこにいるユーリ・アルスレアと魔法勝負がしたいのでその立会人になって欲しいのです」
そう言いながらバウラは俺に向けて指さしてきた。
それを俺は目を瞑り軽く受け流す。
「どうしてユーリくんと魔法勝負がしたいんだい?」
どうにもバウラの真意が見えないのか、ゼルドさまはバウラに質問を問いかけた。
「単に魔法比べがしたいから、なんて冗談を言うのはやめておきましょう。率直に言います。わたくしが勝ったらユーリ・アルスレアではなくわたくしをお二人の護衛にしてくれませんか?」
バウラの要求はまさかのゼルドさまとメリルさまの護衛になりたいという誰も予想にもつかないような内容だった。
「そもそもユーリは私たちの護衛ではないのだけど」
バウラの要求に対して、メリルさまが困惑した様子でそう答えた。
だがメリルさまが困惑するのも理解できる。
なぜバウラはまるで俺が護衛だとでも言うようなことを言ってきたのか。
確かに俺はゼルドさまとメリルさまの護衛だがそれはあくまでも仮であり、正式に護衛というわけではない。
なのでもちろん俺が二人の護衛だという情報も公表されているわけではない。
なのになぜこの男は俺が二人の護衛だということを知ってるんだ。
俺はあらゆる可能性を頭の中で考える。
しかし考えがまとまる前にバウラは話の続きを口にした。
「そんな嘘を仰らなくても・・・・・・わたくしは分かっていますから」
どうやらバウラは俺が護衛だという確証をどこかで得ているらしい。
「逆に聞くんだけど、どうして君はそんなにユーリくんが護衛だと思い込んでいるんだい?」
ゼルドさまがバウラに危険を感じたのか、割って会話に入り、逆にバウラに対して質問を飛ばした。
うまい。
今はこれ以上こちら側の情報は出さずにバウラの情報源を洗った方がいい。
とはいえ堂々と情報源を吐くとは思えないが、尻尾ぐらいは掴めるかもしれない。
そう考え、俺は次に発するバウラの言葉に耳を澄ませたのだが、次のバウラの発言でこれまでの俺たちの思考は全て茶番だったということに気づかされることとなった。
「それはお二人といつも一緒にいるからですよ」
バウラはごく平然とした口調でそう答えた。
「え、それだけかい?」
あまりに拍子抜けな答えに、思わずゼルドさまは聞き返した。
「その情報だけで十分でしょう。なにせ勢いもなく、話題性もない一貴族が尊き国の王子と王女と普段から一緒に行動するなんてそれはもう護衛以外の何者でもないでしょう。ならば今勢いに乗っている貴族であるこのわたくしがそこの護衛よりも腕が立つということを示せば、わたくしが護衛を勤めた方がお二人にとってもよろしいと考え、この提案をした次第です」
そう自信満々にバウラは答えた。
なるほど、こいつはただの自分の家に自信を持っているだけの馬鹿貴族だ。
そう話を聞いていて確信した。
どうやらゼルドさまもメリルさまもそういった印象を受けたのか若干引き気味な様子で熱烈に語るバウラの姿を見ていた。
そんな視線を送られていることなどまるで気づいてないバウラはさらに話を進める。
「それで、実際のところどうなのでしょうか。もちろん引き受けてくれますよね。なにせお二人はユーリ・アルスレアという男の腕を信頼をして護衛を任せているのでしょうから。もし断ったら護衛の腕を信頼していないということになるでしょうし」
バウラは巧みに言葉を並べて二人が断りにくい雰囲気を作り出していった。
そのせいか断るつもりであったであろう二人もどこか迷っているような素振りを見せていた。
「バウラ・キャルレイさん。試験会場にお越しください」
なんとも絶妙なタイミングでバウラを呼ぶアナウンスが鳴り響いた。
「呼ばれてしまいましたよ。さあどうするのですか?」
バウラはアナウンスをも使い、さらに二人に返事を催促をした。
あまりのしつこさに思わずはぁ、と俺はため息をついて口を開いた。
「分かりました。そこまで言うなら引き受けましょう」
その言葉を待っていたと言わんばかりにバウラは口を開く。
「言いましたからね。お二人も聞きましたよね。これで勝負成立です。いやー楽しみです。俺が試験で魔法を使い、帰ってきた時にお前の顔が絶望で染まっているのを見るのが」
そう言いながらバウラは気分がよさそうな様子で試験会場へ向かっていった。
そんな興奮したバウラは最後化けの皮が剥がれたようにいつもの嘘くさい敬語口調が消えていた。
とはいえ今そんなことはどうでもいい。
結局のところ俺はいきなりバウラ・キャルレイと魔法勝負をすることになってしまったのであった。
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