光と闇のユーリ

土岐なつめ

ユーレシス魔法学園編

プロローグ

『誰にも負けることがないくらい強くなりなさい。そうすれば……』


 これは俺の過去の記憶。

 だがいつ、どこで、誰に言われたのかは覚えていない。

 それなのにこの言葉は何歳経っても俺の記憶から消えることはなかった。

 だから俺は考えた。

 誰にも負けることがないくらいの力をつければ、いつ、どこで、誰に言われたのか、そしてこの言葉を言われた意味が分かるのではないだろうかと。

 そう考えついたのがいつ頃かは覚えていないが、俺はその考えにたどり着いた時から強くなることを目指してひたすら剣術や魔法の訓練に励んだ。

 それからはどんなに年を重ねても、どんなに経験を重ねても俺が生きる目的は変わらない。

 ただひたすら強さを求める。

 それが今の俺が生きる目的だ。


 俺はユーリ・アルスレア。

 生まれ育ってきたこのユーレシス王国の貴族であり、十五歳という一般的に考えるとかなり若い年でありながら、とある理由からアルスレア家の当主の座に就いている。

 だがそんな大層な地位についている俺はというと、しっかりとその役割を果たしているかと言われるとそんなことはなく、祖父のルドウィン・アルスレアにほとんど任せきりで、俺は剣術の訓練や魔法の実験に明け暮れていた。

 こんな地位はいらない。

 早く妹にでも譲渡したい。

 そんな考えが浮かび上がってきた頃、ルドウィンが俺にとある提案を出してきた時の会話をふと思い出す。


「ユーリ様は誰よりも強くなることを望んでいるのでしたよね」

「ああ、そうだが」

「ならば来年ユーレシス魔法学園に入学してみるのはいかがでしょうか。あの学園には全国から剣術や魔法に自信を持っている者、さらなる高みを目指すものが集まる場所。そんな環境に行けば、ユーリ様も様々な発見があることでしょう」

「だがこれでも一応アルスレア家の当主だからな……」

「それならばユーリ様が学園に行くことを口実に私が当主代理を引き受けますよ。そうすればいろいろと都合がいいですし」

「まあ確かにそうだな。分かった。少し考えておくよ」

「ええ、ではよい返事をお待ちしております」

 

 ルドウィンが提案してきた学園に入学するというのはもちろん興味がある。

 それにルドウィンが当主代理になることは俺にとっても、そしてルドウィンにとっても何かと都合がよいのだろう。

 だが本当にそこに入学してみて、さらに強くなることができるのだろうか。

 学園に入学するということはすなわち数年間行動に縛りがつくということ。

 急にやりたいことが思い浮かんでもすぐに実行に移せるとは限らない。

 それならば学園になど行かず、このままの環境でもいいのではないだろうか。

 こうした疑問がどうしても俺の頭には浮かんできてしまって、数ヶ月経った今でもまだ返答をどうするか明確に定まってはいなかった。

「はぁ、どうするかな」

 今日も今日とて方針が定まることはなく、大きなため息をついているとふと後ろから声をかけられた。

「どうしたの?そんな深いため息をついて」

 振り返ると銀髪の長い髪をなびかせた一つ年下の妹であるセリシア・アルスレアがそこにはいた。

「魔法学園に行くか行かないかどうしようかと悩んでてな」

「まだ悩んでたの。てっきりもう決めたのかと思っていたわ」

「どうしても学園に入学したところで今よりも強くなれるのか確信が持てなくてな。セリシアはどう思う?」

 俺が一人で考えていても何も考えが進まないと思い、セリシアに考えを聞いてみた。

「そうね。私なら入学してみたい、と思うかしら」

「どうして?」

 セリシアに疑問を伺う。

「なにも学園に入学して手に入れたいと思うのは純粋な強さだけではないでしょう。例えば魔法の知識とか。私たちが知らない魔法の知識もきっと学園にはあるでしょうし、それを知ればその知識を応用してさらに強力な魔法が使えるようになるかもしれないじゃない」

「それはそうかもな」

 確かに俺たちが知っている魔法に関する知識はすべて家にあった本に記されているものだけだった。

「それに」

 少し口角を上げて、セリシアは続けた。

「兄さまの現時点での強さが同世代の人たちと比べてどのくらいの強さのか、知りたくない?」

 セリシアのその言葉を聞いて、俺の今後の方針が明確に決まった。


「本当にそれでよろしいのですね」

 ルドウィンが最終確認と言わんばかりに俺に尋ねてくる。

「ああ、ユーレシス魔法学園に入学するよ」。

 これまで俺はただひたすら一人で強くなろうと訓練していた。

 しかしセリシアの言葉を聞いて、現時点での自分の強さがどれほどのものなのか知ることも重要だと思った。

 だから俺は迷うことなく学園に入学することを選んだ。

「どうやら意志は固いようですね。では学園にユーリ様が入学するという旨を伝えておきます」

「ちなみになんだが、学園に入学するには試験とか面接なんかが必要なのではなかったか?」

 一応試験や面接が必要なのであればできるだけ早く対策を始めたほうがいいと思い、ルドウィンに聞いてみたのだが、

「ユーレシス家の力は貴族にとどまらず王族の方々までもが認知しております。なのでユーリ様が入学する場合は特待生として迎え入れたいと学園長からお達しがきています」

と俺が予想していた通りの返答が返ってきた。

「ユーレシス家の力……ね。俺の力と言わないあたり、間接的にセリシアは学園に招きたいが俺はお呼びでないというメッセージが学園側から来ているように聞こえるな」

「仕方ありません。ユーリ様はこれまで公の場ではあまり戦に出ていませんからね」

「別にそのことを気にしているわけじゃない。どのみち来年には分かることさ。俺の力ってのがどれぐらいのものなのかがな」

 いくら知りもしない、あったこともない人になんと思われていようがどうでもいい。

 俺の近くにいる人、そして何より自分自身が自分の力を分かっていればそれでいい、と俺は思うのであった。


 それからまた普段通りの生活が始まった。

『早く自分の力がどの程度か知りたい』

 そう思うたびに早く学園に通いたいという思いが強くなった。

 それもそのはずで、力を知るというのは言わばこれまで生きてきた俺の集大成を知るということ。

 とはいえどんなに学園に通いたいと願おうとも流れる時間の速さが加速することはない。

 なので俺はいつも通り剣術の訓練や魔法の実験、そして最低限の当主としての責務を全うする日々を過ごした。

 そしてあっという間にその時はやってきた。

「ではユーリ様、行ってらっしゃいませ」

「行ってらっしゃい、兄さま」

「ああ、行ってくるよ」

 ルドウィンとセリシアに見送られ、馬車でアルスレア家の領地を離れた。

 どうやら特待生ということで、学園の近くにある特待生専用の宿舎でこれから生活することになるらしい。

 当主という立場から解放され気が楽になるのと同時に、生まれてからずっと過ごしてきた土地を離れるということに一抹の寂しさを覚えていた。

 だがそれよりも期待という感情が俺の心の中の多くを支配していた。

 これからどんな出来事が、どんな出会いが俺を待っているのか。

 そんな感情を抱きながら俺は学園へ向かうのであった。

 

 

 



 

 

 


 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る