バイヤーズ!!
染谷市太郎
1話
カバンを掲げ、冷たい雨を避けるように歩いた。人口密度の高い大通りでは、人にぶつからないよう何とか進む。
ばしゃん、と赤茶の土に濁った水たまりを踏み、汚れた二人分の足が屋台の屋根に入る。
「いらっしゃい」
自分よりも頭一つ分大きな店主に、新庄悟は軽く会釈をした。
決して悟が特別小柄なわけではない。悟は180を超える筋肉質の体を持つ。対して店主が特別大柄というわけでもない。
この世界、悟が生活をする世界とは異なる、この異世界では平均身長が2メートル前後の人々が生活をしているからだ。
彼らと悟の違いは身長だけではない。屋台にぶら下げられたランプの橙の光に照らされた店主の皮膚は、まるで塗料を塗ったかのように赤かった。さらに頭部には二本の角が生えている。挨拶をかわすために開かれた口からは、人間がもつものより鋭い犬歯が覗いた。この異世界の住人は、いわゆる鬼、にその特徴がよく似ている。
まるで動く阿修羅像のようないでたちだが、悟は驚くことはなかった。彼はこの住人のことをよく知り、それだけでなく他にも様々な世界を渡り歩いた経験があるからだ。
「ねー、雨いつ止むの?」
悟の背後から少年の声がする。
ひょこりと、ターバンを頭に巻いた軽装に褐色肌の少年、ルーが店主を覗いた。
「しばらくはやみそうにないかな」
「なーんだ」
「旅のお人かい?」
店主はルーと悟を見比べる。店主からすれば、二人のいでたちは奇妙としか言いようがない。ルーの砂漠の民の服装は、まだ店主が着る漢服のような着物に特徴が似ているが、悟は完全なビジネススーツだ。ビジネスシーンでは普通のスーツも、ここでは異様だった。
さらにルーと悟は他人から見れば親子ほども年齢の差があるように思える。店主の少々疑いの混じった目に、悟は慣れた口調で答える。
「
「なるほど」
仕入れという言葉に、店主の表情が商売人のそれへと変わる。
「どうです?紅養は。いいところでしょう?」
「ええ」
店長の嬉々とした声色に、悟はうなずく。
「物も人もあふれている。このような栄えた都市はなかなかお目にかかれない」
紅養、彼らがいるこの都市の名前だ。
この都市に対する悟の誉め言葉は嘘ではない。様々な世界を渡り歩く中、そもそも人と呼べるものと出会うことすら珍しいのだから。このように、栄え、人が行き交う異世界は非常に珍しい。
「そうでしょうそうでしょう。この都市のような場所を私も見たことがありません。店もたくさんあり、うちでもいろいろなものを仕入れていましてね。ほら、これなんて」
店主の商談に、悟は適当に相槌を打ち、かつ聞いているように見せながら、周辺に目を向ける。
「それにしても、今の時期は乾季のはずでは?雨は珍しいと聞いていたのですが、随分と長い間降っているようですね」
雨どいのカビを目に悟は言う。
「ええ、本来であれば今頃は晴れた空が見えるはずなのですが、この様子だと星河も見れないでしょうね……そうですそうです!これなんてどうですか?うちで一番売れてる編草サンダル!これはもう在庫がなくなるほどのもので」
「いいですね……え」
悟はきょろきょろと周辺を見回した。視線で探すのはルーの存在だ。商品が所狭しと並ぶ店内だが、先ほどまで後ろにいたはずのルーの姿が見当たらない。
「お連れさんですか?確かさっき外に出ていきましたよ」
「あんの馬鹿!」
悟の大声に店主の巨体がびくりとする。悟は駆け出した。足音は遠ざかり、また戻ってくる。
「悪いな、駄賃だ」
「は、はい……」
商人と名乗った以上、情報量と雨宿り代は忘れられない。プレゼンされたサンダルを代金と交換し、悟は今度こそルーを探しに駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます