満天の星の下で

@nekonoko2

第1話

 エアマットを岩場に広げ寝っ転がる。川のせせらぎ、大空に満天の星。

 私が昔から遅い夏休みを利用してナイトキャンプをするのは、この風景を体で感じたいからだ。

 昔は友人と二人で毛布にくるまりツェルトで野営だったが、今は一人、簡便なテントもあるので快適だ。

 ただ、一人キャンプが流行り出してから人が増えて喧しくなり、私の居場所が浸食されていった。仕方なく今は山奥の渓流で野営している。

 しかし、仕方なくとは言うものの、野営場所としてなかなかの穴場で、すれていない川魚が良く釣れる。

 私は起き上がり、火をおこし、夕方に釣った山女を串に刺して焼き始める。星明りしかなかった辺りに焚火の灯りが広がった。

 この焚火の灯りと、ヤマメの焼ける匂いが私に癒しをくれる。

 山女と、天の星をつまみに川で冷やしたビールを一気に飲む、至福の時間の始まりだ。

 ビールの後は冷酒だ。山女に万遍に振った粗塩が焼け、ヒレが焦げだしたら毟って酒のアテにする。魚の旨みを吸った焼き粗塩を冷酒で流し込む、美味い。

 本来、野営時に晩酌などは厳禁なのだが、勝手知ったる場所であり、天候が急変しても緊急避難用の洞穴を見つけてあるので安心して飲める。

 山女が焼けたのでがぶりと食べる、野趣あふれる味わいだ。

暫く晩酌を楽しんでいると私の横にちょこんと小さな影が座った。影は私にすり寄っている。何だろうと目を凝らしてみるとそれは狸だった。

 普通、野生の狸は火を恐れ人に近づくことは無い。ましてすり寄るなどということは無い。

 人懐こい狸だな、と思い、山女をあげてみる。すると狸は美味しそうに食べだした。そして私を見上げ、笑ったような顔をする。どこかで飼われていたのだろうか。

 私はいたずら心で深皿に酒を入れ狸に出してみた。狸は私を見た後、ペロペロと酒を舐め始める。狸も酒を飲むのか。

 私と奇妙な一匹は、時折顔を見合わせ、魚を食べ晩酌をする。

 お前はもしかして私を化かしているのかい?、そう聞くと狸は小首をかしげ、少し困ったようだった。

 ふと気づくと、私はいつの間にか焚火の前で転寝していたようだ。狸の姿はもう無い。

 そう言えば、彼も狸顔だったっけ…。病床で私に、またキャンプしたいなあって、笑顔で言っていたっけ…。

 ふと思った、今日は…彼の命日。本当に狸になって私に会いに来たのか…。

 満天の星空を見上げ、私は呟いた。またやろうね、二人でキャンプ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

満天の星の下で @nekonoko2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ