平凡な勇者は令嬢に追われる~男なら誰もが羨む美女に追われているが、勇者は彼女の期待に応えられない~

きょろ

美女ご令嬢に追われているが止まれません


「ハァ……ハァ……ハァ……!」


 俺は今全力で走っている――。


 え、何故走っているかって?


「――お待ちください勇者様ッ……!」

「ハァ……ハァ……それは絶対に無理……!!」


 そう。人が全力で走る理由なんて言ってしまえば3つ。

 1つはシンプルに足の速さを競う時、もう1つは滅茶苦茶急いでいる時、そして最後の1つは“恐怖”から逃げる時だ。


「お願いです勇者様! 止まって下さいッ……!」

「だからそれだけは絶対に出来ない!」


 もうどれぐらい走った?

 全速力で走り続けているから体が燃える様に熱い。


 モテない俺にとって、あんな美女ご令嬢に全力で追われる事など一生起こらない奇跡なのに!


 だが……。


 それでも俺には立ち止まれない……貴方の期待に応えられない“理由”があるんだ――。


♢♦♢


~とある異世界~


 話は遡る事10分前――。



 俺はこの世界の勇者である。

 そんな勇者の俺はつい先日、頼れる仲間達と長きに渡る過酷な冒険を乗り越え、遂に世界を脅かす存在であった魔王を討伐した。


 俺達が魔王を討伐した事により世界は瞬く間に平和な世となり、王国に戻った俺達は王様や国民全員に称えられ、国はより豊かで平和となった。


 役目を果たした俺達も冒険者を引退し、皆それぞれ自由気ままにのんびりとした生活を送っている。


「――ん~、今日もいい天気だなぁ」


 俺は何時からか散歩をするのが日課になっていた。

 毎日毎日モンスターと戦う日々を送っていた俺にとって、この平和な時の流れは永遠の様に感じるのだ。散歩をすれば豊かな自然と人々の幸せそうな笑顔や日常が毎日見受けられ、俺もとても幸せな気持ちになる。


「パパー! 早く早く!」

「ハハハ、そんなに急ぐと危ないぞ」

「今日はパパがお休みだから嬉しいのね」


 ふと視界に入った家族。


「絵に書いたような幸せ家族だな。いいな~、俺も自分の家庭を築きたいよな。世界も平和になってやっと色々落ち着いてきたから、そろそろ俺も素敵な出会いの1つや2つ欲しいところだ」


 幸せな家族を見てそんな事を思っていた俺に、突如その“出会い”は訪れたのだった――。



「お……」



 次に俺の視界に飛び込んできたのは1人の女の子。

 華やかで上品のある装いに凛とした佇まい……。ただ歩いているだけなのに、周りにいる人達が何人も彼女に視線を奪われていた。それも男女問わず多くの者達から。


 何だろう……?

 単純に容姿端麗というのもあるがそれ以上に、彼女は人を引き付ける様な素敵な存在感を纏っていた。


「綺麗な人だな……。絶対どこかのご令嬢だなあれは。散歩しているワンちゃんまで高価そうな服着るし。周りの男達も完全に視線を奪われてるな。

まぁ俺もその1人だけどさ。それにしても美女だ……。あんな人と付き合えたらいいのに」


 自分で言うのもアレだが、俺は一応世界を救った勇者だ。だから当然それなりに有名人となった訳だが、これといって出会いはまだない。多くの人から称えられ好かれているという実感もあるのだが……この際ハッキリ言おう。


 多分俺はモテていない――。


 勿論それなりの人から好意を頂いている事は分かるが、う~ん、何と言えばいいか……。分かりやすく言うならイメージと違う。うん。


 もっと女の子にチヤホヤされてモテモテで、イチャイチャラブラブ出来る事を想像していたけど、やはりこういう浅はかで下劣な男の妄想は叶わないのだろう。それが例え勇者の俺であったとしても。


 いや、勇者かどうかは関係ない。結局モテる人はモテるし、モテない人はモテない。それだけだ。


 改めてそう思うと、現実と言うのはとても残酷じゃないか。ある意味魔王より脅威で厄介だ……。


「何だかなぁ……モヤモヤするぜ。魔王倒したんだからさ、せめてさっきのご令嬢と付き合えるぐらいのプレゼントが俺にあってもいいんじゃないだろうか? 神様は俺に厳しいぜ全く」


 そんな独り言を呟きながら散歩を続けていると、俺の耳に足音が聞こえて来た。


「コレは……」


 勇者として過酷な旅をしていた俺は、他の人よりも目や耳が良いと思う。いち早く危険を察知する能力もな。だってそれが無ければ魔王など到底倒せない。危険は常に付き物だったから。


 だからそんな俺には分かる。

 今俺に迫ってきている“ピンチ”に――。


「……ねぇ……! 待って……お願いッ……!」


 足音のする方向を既に見ていた俺。

 やはり聞こえた通り、その足音はどんどん俺に迫っていた。そして、足音の次に俺が視界で捉えたのはさっき見かけた美女ご令嬢。しかも驚いた事に、彼女は他でもない俺目掛けて一直線に走って来るではないか。


 偶然にも周りに俺以外の人がいないから間違いない――。


 モテない俺にとって、あんな美女が自分を追うなんて金輪際有り得ないだろう。


 男なら誰もが羨む美女。そんな美女に追われたら当然誰でも立ち止まる。いや、そもそも逃げる必要がない。


 だがしかし……。


 気が付くと、俺は瞬時に踵を返し全速力でその場から走り去っていた――。



 そして、物語は最初に戻る。



♢♦♢



「ハァ……ハァ……ハァ……!」


 俺は今全力で走っている――。


 え、何故走っているかって?


「――お待ちください勇者様ッ……!」

「ハァ……ハァ……それは絶対に無理……!!」


 そう。人が全力で走る理由なんて言ってしまえば3つ。

 1つはシンプルに足の速さを競う時、もう1つは滅茶苦茶急いでいる時、そして最後の1つは“恐怖”から逃げる時だ。


「お願いです勇者様! 止まって下さいッ……!」

「だからそれだけは絶対に出来ない!」


 もうどれぐらい走った?

 全速力で走り続けているから体が燃える様に熱い。


 モテない俺にとって、あんな美女ご令嬢に全力で追われる事など一生起こらない奇跡なのに!


 だが……。


 それでも俺には立ち止まれない……貴方の期待に応えられない“理由”があるんだ――。


「お願いッ……! 何故止まってくれないの……!

お願いだから待って…………


 

















“マロン”――!!」


『バウワウッ!』


 そう……。


 俺が絶対に立ち止まれない理由。


 それは他でもない、俺とご令嬢の間を勢いよく駆けているこの“犬”だ――。


 何を隠そう、俺は魔王やどんな危険なモンスターよりも犬が怖い!

 子供の頃に大型の犬に追いかけられた事がトラウマになっているんだ!



『バウ!バウ!』

「ねぇ!お願いだから……!言う事を聞いてマロン!」


 ワンちゃんを追うご令嬢……。

 俺を追うワンちゃん……。

 そしてワンちゃんから全力で逃げる俺――。



「だ、だ……誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」



 












 こんな何気ない1日が訪れたのも、魔王を倒して世界が平和になったからだろう――。











【完】

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平凡な勇者は令嬢に追われる~男なら誰もが羨む美女に追われているが、勇者は彼女の期待に応えられない~ きょろ @kkyyoo

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