第2話 推し似の少女

「よし……学校を出て左……か。住宅街とは真逆だな……」


俺がグラウンドを通り過ぎようとした時、不意に肩に手が置かれた。


「よっ、ソラ」

「うおあっ!?」


恐怖で、勢いよく振り返る。

視界の先には、ジャージを羽織り、にひ、と不敵に笑いかける幼馴染――真白ましろゆらがいた。


「おいゆら……ビビらせんな」

「ごめんー」


ゆらの特徴を述べるとしよう。

髪のサイドは長く伸ばし、後ろ髪は短いという、アニメとかにありそうな髪型。わずかにつり目、肌は真っ白で、顔は悔しいほど整っている。笑顔は爽やかで人懐っこく、愛くるしさが漂う。

そんなゆらだが、どことなくボーイッシュで、男子と間違えられることもしばしば。しかし、その中性的な感じがいいのか、かなりモテているとの噂だ。

ちなみに、ゆらとは幼稚園からの幼馴染で、お互いお隣同士の親ぐるみの関係。


そして、最も重要な部分は……。


と、ゆらは俺にぎゅっと詰め寄りながらも、興奮気味になる。


「なーなー、天ちゃんの昨日のライブ見た? ほんっとかわいかった!!」


そう、ゆらは……俺の推し活仲間でもあるのだ!!

そのまま語りだしそうなゆらを止め、俺は大きくばってんをつくる。


「見てないんだなそれが。ネタバレ禁止!」


途端、しょぼんとして唇を尖らせるゆら。


「せっかく語れると思ったのに、ひどいー」

「や、無線イヤホン変えてから、最高の音質で見ようと思ってな。昨日の夜に届いたんだ」

「なら、徹夜してでも見ないと! ばかだなー」

「どうせならイッキ見したいじゃん? ライブ、5時間あったし……それに、課題が山ほど溜まってた……くそ!!」

「八つ当たり禁止ー、乙でーす」


ゆらはけらけらと楽しそうに笑った後、サイドの髪をぴょんぴょんと揺らしながらも飛び跳ねる。


「じゃあ、今日絶対見ろよー! 見ないとリアコは語れないぞー」

「お、俺は別にリアコじゃ……」

「1日200件、天ちゃんの写真を私に送ってくるのは誰だっけなー。あれー」

「くっ……! 不覚……っ」


ゆらはしばらく楽しそうに笑い、やがて収まると、なぜかわずかに頬を赤らめる。

そして、少しもじもじしながらも、俺を見上げた。


「あ、あのさ……いつかでいいんだけどさ……また、一緒に天ちゃんグッズとか、買いに行かない……?」

「もち。いつでも空いてるから、都合いいときに家のドアフォン鳴らせ」

「……! うんっ」


と、なぜかぱあっと顔を輝かせ、ゆらは嬉しそうに頷いた。


「じゃ、部活戻るわ。バスケ、試合あるんだよー」

「そっか、頑張れ」


ゆらは、さらに運動神経がバカ良くて、バスケ部のエースでもある……我ながら凄い幼馴染を持ったものだ。

ゆらと別れた後、俺はようやく目的を思い返し、顔を引き締める。


「天川さんの家、か……よ、よし、行くぞ!!」


俺は大きく息を吸い、スマホに表示されるナビに沿って、天川さんの元へと猛ダッシュした。






「ぜえ、ぜえ、ぜえ……こ、ここか……??」


――十五分後。


薄暗い小道を抜け、大きな一軒家の前に立ち、俺はぽかんとしていた。

こんな場所、この街に16年住んでる俺でも知らない。それに、こんな大きな一軒家も、見たことない。

洋風の黒い柵の奥には緑の芝生が広がり、石像なんかも並んでいる。なんだこれ。


とりあえずドアフォンを押す。と、しばらくした後、勢いよく玄関の扉が開いた。


「あ……っ、ひぁ!?」

「えーと……?」


綺麗な黒髪を腰まで伸ばし、くりんとした目をぱちぱちさせた美少女が出てきて、俺は少し首を傾げる。

天川さんの姉妹か? にしても、似ていないような……もしや、家を間違えたか?


「……てか」


真っ赤になっている少女の顔を見ていると……なぜか少女が、我らが推し、天ちゃんに似ている気がしてならなくなる。

ぱっちりとした大きな緑色の瞳、すっと通った鼻筋に、甘く光る桃色の唇。顔は小さく、肌はびっくりするくらい綺麗だ。黒髪だって、さらさらで美しい。天ちゃんは茶色に染めているのだが、なぜか天ちゃんの顔や姿と重なる。

スタイルも、天ちゃんと大差ないほど完璧。これらから、なぜか天ちゃんを思わせ、俺は興奮気味に口を開いた。


「あ、あのっ、天川雫さん……という方はいらっしゃいますか?」

「えっ、と…………です……」

「へ?」


小さな声でなにか言う少女。

俺が聞き返したと同時に、先程まで人の気配がなかった小道から、話し声が響いてきた。



「ここか? 確か……」

「しっ、いるかもしれないだろ。見つけたら、ニュースに載るだろうし……へへへ、金が回る、ってな」

「カメラ大丈夫か?」




「……っ、こ、こっち!」

「うわう?!」


少女は顔を歪め、決心したようにして顔を上げる。そして俺に近づくなり、勢いよく腕を引っ張った。


「え、ちょ?」

「とにかく入って!」


半ば強引に家に入れられ、背後でがちゃんと扉が閉まる音。


「え……」

「ふぅ、と」


少女は靴を脱ぎ、さらさらな黒髪を揺らしながらもリビングへと向かってしまう。

え、ついていったほうがいいのか……? でも、天川さんの家かどうか不確かだし、勝手に入るのは……。


迷っている最中、耳に入れっぱなしにしていた無線イヤホンが、不意に音を奏でた。




「『天川雫』のスマホと接続されました」




「え」

「か、加屋さん、どうしたんですか……?」


と、恥ずかしげに手を口に当て、肩越しに振り返りながらも少女が言う……な、なんで俺の名前を!?!

俺に反応を見て、少女は即座に真っ赤になる。


「もっもしかして……誰か分かってないとか……うう、そりゃそうだよね、そりゃあ……」


少女は姿を隠すようにして、俺に背を向けてしまう。その拍子にさらさらと黒髪が肩を伝い、映画のワンシーンのようだ。

俺は感動しながらも、焦って口を開いた。


「なぜ俺の名前を……それにこの家に、天川雫さんって人……いますか?」

「私」

「はい?」


聞き返すと、少女は思い切ったようにして、拳に力を入れながらも答える。


「天川雫……それ……わ、私、です!!」

「はあぇい!?」


俺は目の前の少女を凝視する。ん、んなわけ……!?!


「ほ、ほら証拠に……その、無線イヤホン、が……繋がったでしょ?」

「確かに……!?」


頬を赤く染めながらも天川さんは、手の中のスマホを振って見せる。

……とにかく、目の前の美少女は、天川さんで間違いないのだろう。……いやいやいや、この美少女が!?!

と、俺の驚いた反応を見てか、天川さんはわたわたと両手を振り半泣きになる。


「あああああそりゃそうなるよね!! 学校では陰キャやってるもん! それにさっきだって……うぅぅう……! あと、眼鏡とおさげ! そりゃ別人って思われても仕方ないよね!!」


いや、めっちゃ喋る!! それに、ぜんぜん印象が違う!!?

ますます面食らう俺。そんな中、天川さんは唐突に、ぺこっと頭を下げてきた。


「ごごごめんなさい、さっきは……急に帰っちゃったりして……ていうか、どうして家が分かったの? そうだよ、ここ重要」

「え、とですね……無線イヤホンの位置情報を、ちょこっと覗きまして……」

「……!!!」


と、頬を真っ赤にし、瞳を硬直させながらも、天川さんがばっと身を引く……あ、引かれた!?


「すみませんそんなつもりはさらさらなかったんですけど!!」


唐突に、ぴこりん、と無線イヤホンが音を奏で、電話の着信音が流れてきた。


「天川さん、電話みたいだけど……」

「は、はわっ」



「『天川雫』のスマホと切断されました」



「もしもし……あ、うん、なに?」


無線イヤホンから音声が流れると共に、天川さんはぱっと電話に出、すぐに顔をしかめる。


「ちょっと、ダメだって……今はクラスメートが……ダメダメダメ、帰ってきちゃ!! わーっ、ねえ!! ダメだからね!?」


電話が切れたのか、天川さんはスマホを耳から話すなり、慌てて俺の背中を、玄関の方へ押し始めた。


「加屋さん! なんの用事だったのか知りませんが、とにかく今日のところは出てってくださいーっ!! 口止め料なら払いますから!!」

「うわ、ちょっと待って、渡すものが!! てか口止め料て!?」


天川さんに背中を押され、俺は慌てて、天川さんのノートをリュックから出した。


「これ、忘れていってたノート! 明日国語のテストあるから、渡しておいたほうがいいかなって思って……め、迷惑だったよね、ごめん!!」

「っ……あ、ありがとう……」


と、天川さんは呆気にとられたような顔をし、すぐにはにかんだ。かと思うと、すぐに冷静な顔つきに戻り、少し頬を赤らめる。表情豊かだな。

天川さんは小さく息を吸い、目をそらす。


「あ、あの……っ、最後に! ……いくらですか?」

「はあ?」

「その……口止め料」

「はあ」


俺が眉をひそめていると、天川さんは耳まで真っ赤になる。


「私が学校で見てた、その、どど動画の事、です……!」

「あ、ああ……そ、そんな、口止め料なんて取るわけないよ」

「……!! だ、黙っておいてくれるんでしょうか……」


動画……あの、えっちなやつ……!!

辺りに緊張した空気が漂い、俺はそれを紛らわせるようにして、急いで口を開いた。


「あ、ああ、もちろん」

「あ、ありがとうございます……」

「うん……」



ものすごく気まずい時間が過ぎる。何か言おうとすぐが、思いつく話題に地雷しかない。



――そんな空気を破るようにして、大きく玄関の扉が開かれたのは、その時だった。





「たっだいまー、お姉ちゃんっ!! 撮影頑張ってき……って、や、やばっ」





分厚いマスクに、だぼっとした真っ黒のコート。しかし、完璧なスタイルは隠れきれていなく、細い脚と大きな胸がコートを押し出している。


深くかぶった帽子からはみ出たツインテールが、小さく揺れた。

きらきらと彩られた瞳が俺を捉え、そして、縮み上がる。



「お姉ちゃん……っ、誰かいるなら言ってって……」

「バカ……っ、言ったでしょ……っ!!?」


凍りつく天川さん。


一方、俺は……。




「えこの子、雰囲気天ちゃんに似てね?? え似て過ぎじゃない? 推し似の妹?? えどういうこと???」




目の前に現れた、超推し似の妹に、ただ興奮していた。

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