❅8.言わせたい奴には言わせておけばいい

まだ夜も開けぬ真っ暗な中ろうそくを持って天上てんじょうの入り口で待っていた。

外は風が吹いていて肌寒い。

僕の荷物はどうやら昨日積み込まれたらしい、今手に持っているのは小型の手持ちトランク一つ。

暗いからか気を抜けば涙が溢れそうになる。

それを握りしめる手と唇を噛み締めることでなんとか耐えている。

少しでも心が揺らげば今にも泣き叫べることが出来るだろう。

ちいさな明かりが少しずつ近づいてくる。

それに伴って足音と荷台を引く音が聞こえる。

馬車だろうか?

次第に見えてきたのは本当に馬車で。

「どうなってるんだ、このご時世に時代錯誤じだいさくごもいい所だ。」と独りごちてみる。

またそれに、そんなことでしか強がれない自分が情けなくなって泣きたくなった。

現れた真っ白なロングコートを着た2人のヴァンパイア。

それぞれ対称にアシンメトリーされた髪の片側を編み込みしてピンでとめている。

真っ暗闇に真っ白なそれは目の前の2人のヴァンパイアを一層怪しげにかもし出して浮かび上がらせていた。

その片方がスッと片手を差し出してきた。

その手も真っ白な手袋をしているせいでよりその部分だけが顕著けんちょに浮かび上がる。

「初めまして。君が紫月の姫だね?」

アルトを響かせ掛けられた声に覚悟を決めてその目を見て握手した。

隣から凄く視線を感じる。

「はい。そうです、初めまして。」

声が歪まないようつとめたそれは不格好に堅くなってしまった。

そんなこと気にした素振りもせずそのヴァンパイアはゆったりと笑って名乗った。

「わたしは、ヴァンパイア更生育成施設の監督をしているリリアハニエル。

それでこっちが、教師をしているーー。」

言いながら隣のガン見のヴァンパイアの服を釣り引っ張って引き寄せた。

「おい、リリー引っ張るな。服が伸びる!!」

ジタバタと暴れて文句を垂れるその姿は駄々をこねている子供。

「うるさい。エシュア。ほら、怖がってるでしょ。バカエシュア。」

「バカってなんだよ!」

「早く挨拶しろって。」

「おぉいっ!!あ、えと俺、エクスシア。エシュアって呼ばれてる。よろしく。」

そんなまるで子供の兄弟みたいなやり取りを見ていたら自然と緊張はほぐれてくる。

「エシュアさん、えっと…」

「リリーかリーリエって呼ばれることが多いかな。好きな方で呼んで。」

「じゃあ、リリーさん・エシュアさんこれからよろしくお願いします。」

今できる精一杯のお返し、笑顔で口にすれば

「ちょっとこの子めちゃくちゃ可愛いじゃない!!」とリリーさんに抱き着かれ

エシュアさんには顔を真っ赤にされた。

「よろしく。」そう言って二人はとびきりの笑顔をくれた。

手助けされて馬車に乗り込む。

促された席に座ればリリーさんが向かい合わせにエシュアさんが右隣りに座る。

リリーさんがトントンと馬車の天井を鳴らせば馬車はゆっくりと動き出した。

リリーさんは本を取り出して読み出し、エシュアさんは窓の外を頬づえをついて眺めている。

2人は仲がいいからじゃれあっているのか。

それとも僕を安心させるためにそうしてくれているのか。

初めてあったのにそれを感じさせない人たちだと思った。

もしかしたらこれから行く先は天上より温かい場所なのかもしれない。

いつの間にか固まり切った体はほぐれて握りしめた手は緩んでいた。

ゆっくりと開いてみた掌にはしっかりと爪が食い込んだ跡から血が滲んでいた。

その手をもう一度ゆっくりと握った。

目を閉じてお母さんに『行ってきます。見守っててね。』と唱えた。




しばらくして森の香りがして来た。

いつの間にか険しい顔していたんだろう。

右隣りのエシュアさんが僕の眉間を長い指でつついて

「緊張しなくてもヴァンパイア更生育成施設の奴らは優しい奴らばっかりだよ。」と言った。

僕はそういったエシュアさんの瞳の奥に寂しさとどことなく諦めを感じて見つめた。

エシュアさんはすぐ笑顔になった。

けど、僕にはわかるんだ。

それがつくろった笑顔であることくらい。

「…わかるよ。」呟いた声は。

「ん?、なんか言ったか?」

「いや、なんにも。」

届かなかった。


それをリリーさんが見ていたことに僕は気付かなかった。






「紫月。…紫月。」

誰かが呼んでいる。

微睡まどろみの中からゆっくりと浮上した意識。

目に飛び込んできた眩しい朝日に「うぁっ」とうめいた。

「紫月、朝日苦手なのか?」そう問われて

「いや、急でびっくりしただけで…うわぁ」

ゆっくりと光に目を慣らすように開ければ目の前にエシュアさんの顔がアップで映り込んだ。それはまさにゼロ距離。

数ミリで唇が触れるところだった。

朝から心臓に悪い。

ほんとに。

こういうの良くない。

ダメ絶対。

そんな僕を気にすることもなく「着いたぞ。ここがヴァンパイア更生育成施設。」と指差した。

見上げればとっても大きくて真っ白い箱上の建物。

見た目は…「…豆腐?」

「「見た目はまあ…だよな・ね」」

同じ言葉をハモったリリーさんとエシュアさん。

でも、その反応は真逆でリリーさんは『はぁ』と呆れ顔。

エシュアさんはにひひと気にしてないかのように無邪気に笑っている。

子供みたいだ。

はははと笑う僕に

「紫月、無理してない?朝っぱらからテンション高いバカに付き合わなくてもいいよ。エシュアは元気だけが取り柄のただのバカだから。」

とリリーさんが油を注ぐ。

そこから二人の喧嘩…もといじゃれあいが始まったのは言うまでもない。


やっと建物に入れたのは半刻後で。

あてがわれた自室の使用方法や施設内の案内、ルールなどを聞きながらまわった。


中庭から中へ入り少し行った先にある少し暗い通路、両脇の壁は本棚になっていてぎっしりと壁一面に本が収納されている。

中庭の日差しを引きっている僕は廊下の先がよく見えなかった。

かたっと音がしてエシュアさんが「お前今日見ないなーって思ってたらまたこんなとこに居たのかよ。」とからみに行きその誰かを連れて戻ってきた。

一目見てびっくりした。

この施設では珍しい黒髪に白くまろい肌、これでもかと言うほど整った顔に細長い手足。

何より切れ長の瞳に閉じ込められた夜空の奥輝くまばゆい星に惹かれた。

「綺麗。」そうたった一言これだけでいい。

彼を表すなら飾り立てる他の言葉なんて雑言。

シンプルにただ綺麗。

そう思った。

目の前の彼は不機嫌そうな顔を少し傾け視線を横に流して息を吐き出した。

「サム、ここにいたんですね。今日からこの施設で一緒に暮らす新しい子ですよ。」

何故か敬語でリリーさんは彼に言い、僕の背中をとんっと優しく押して自己紹介をうながした。

「あ、えっと。紫月凛弥しづきりんやです。よろしく。」

おずおずと手を差し出す。

ちらっと彼が視線を向け目が合った。

「俺はサマエル。凛弥りんや、まがつなは?」

まがつな。名前が命取りになることもあるヴァンパイアにとって欠かせない第二の名前。

「えっと…。」

お母さんとの記憶を急いで掘り起こす。

「えっと…。…ミカエル。でも、ミハイルとも言われた。」

天上てんじょうで“紫月の姫”として暮らしてきた僕にとって“まがつな”はあまりなじみがなかった。

「ふっ、名は体を表す。…良い名だ。…紫月。凛弥。…ミカエル。

…ミハイル、おまえにあってる。

ここでは、まがつなを使え。名は己を証明するものだ。大切にしろ。」

ー微かに上がった口角に。

ーーぎゅっと繋がれた手に。

ーーー幸せが溢れる。


ーーーーその手が凄く温かく感じた。




紫月の姫がヴァンパイア更生育成施設に移住して。

ミハイルになって3か月がたった。

そして、起きてはいけないことが起こってしまった。

施設のヴァンパイアの子たちに身体の印を見られてしまった。

それは、ヴァンパイアなら誰でも知っている。

紫月の姫の証。

戦慄せんりつした時にはもう遅かった。

最初は…。

さいしょは、

羨望の眼差しだけだった。

それならまだ耐えられた。

だがそれに、いい気がしなかったヴァンパイア達が次第に揶揄からかあざけり最後には罵倒ばとうするようになった。

「いいよなぁーーー紫月のお姫様は。」そう言って誰かが僕を嘲笑あざわらって小突く。

「そんなすげぇ能力持ってんならなんでこんなとこ来てんだよ。」

「ほら、その能力とやら見せてみろよ。」

「こいつほんとは使えないんじゃね?」

「紫月の姫の落ちこぼれか。」

「紫月の姫なれの果てだな。」

「男だし紫月の姫の出来損ないじゃん。」

「見捨てられたんじゃね?」

「親に見捨てられて?次は権力者に見捨てられたってか?」

「紫月の姫なんて大したことないんじゃねーの?」

「俺らの方がよっぽど強いんじゃね?」


心の痛みを無視して揺れる 自身を無理やり薬で押さえつける日々。

中庭から見つけた唯一屋根に上れる場所。

「ここなら誰も知らない、誰も来ない。僕を見てくれない。」

揺らぎ始めた呼吸と現れ始めた幻痛げんつう

「今パニックになったら…、僕の居場所がなくなる。」

「それだけは嫌だ。」

焦ってポケットをまさぐりタブレット状の白い粒を一粒ずつ手に出してまとめる。

「早く。…早く。」

口に放り込めば独特の苦みが広がった。

一回分に分けられたアンプルの上を噛んで折りすぐに水をあおる。

ひといきに抑制剤や安定剤を飲み込んだ。

「…早く効け。」

願いを込めて目を固く閉じれば闇が広がる。

勝手に溢れ出る涙を一人ぬぐい続けた。

泣きたくなんかなかった。

それでも、涙腺が壊れたかのように僕の意志に反して溢れ続けた。

「普通でいいでいい。

何もいらない。

僕は平凡でいたかった普通で居たかった。

貴方たちのその普通がどれほど羨ましいか貴方たちにはわからない。」

うずくまったまま今はいない彼らに向かって叫ぶ。

本人の目の前で言えない僕は意気地いくじなしだ。

「どれほど望んだって僕は普通にはなれない。

こんな力、欲しくなかった。

欲しいなら全部あげる。

だから、普通をちょうだい。

だれでもいい。

なんでもいい。

誰か僕を見てよ。

誰か僕をみつけて。」


その時、急に僕に影が差した。

「・・・」驚いて絶句した。

ここは屋上で屋根の上。

月の光を遮るものなんてあるはずがない。

見上げれば闇へと落ちていく僕をサマエルが見下ろしていた。


「見つけた。」

「え…?。」

サマエルは一言そう言って何をするでもなく僕の隣に座った。

「・・・」僕が無言で見つめてもサマエルは問い詰めもしないしどうしたのかとも聞かない。

それに、よく見ればサマエルは肩を揺らして息をしている。

それなのにいつも通りを演じて不機嫌な表情のまま前だけを見ている。

月の明かりに額からも首からも伝った雫が光った。

僕を探していたんだろうか。

あの何事にも無関心なサマエルが。

いつも飄々ひょうひょうとして不機嫌を崩さないサマエルが。

こんなに必死になって僕を。

”探してくれた”

「ありがと。」呟けば

「何が。」とぶっきらぼうに帰って来た返事。

月を見ながらサマエルは誰に向けて言うでもなく呟いた。

「言わせたいやつには言わせておけばいい。」

それはまるで言い聞かせるみたいだに。

サマエルは。

サマエルだけは、僕を見てくれる。

サマエルは、一度も僕を紫月の姫と呼ばない。

「サマエル。」

「なんだ。」

「僕の話を聞いてくれる?…聞き心地がいいものじゃないけど。

 サマエルには知って欲しい、僕のこと。」

ちらっと夜空を閉じ込めた瞳が僕を見た。

その瞳は相変わらず綺麗だった。

「っふ。話ぐらいならいつだって聞いてやる。」

サマエルはそう微かに笑った。

「僕の。血統はーーーーー」

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