第2話 僕は最強を目指す男エトワールと申します
今日は日差しの強い日だった。夜になっても暑さは変わらず、町を歩く人々の体力を奪っていた。
ミニュイと呼ばれる町の片隅で、小さな悲鳴が響いた。
「キャ……」
そのまま転んだのは小さな少女だった。袋を大事そうに抱えている少女は、目の前の男たちに足を引っ掛けられて転んだのだった。
男たちは3人組で、酒の匂いがした。顔色を見るに、どうやらかなり酔っているようだった。
「おっと悪いね、お嬢ちゃん」ガラの悪そうな大柄な男が少女に近づいて、「その袋、何が入ってんだ?」
「こ、これは……」少女は袋を体で隠して、「お母さんのお薬が……」
「薬?」
もう一人の男が少女の後ろに回って、袋を強奪する。そして袋を力任せに開けて、中身の薬草を取り出した。
「薬草か……金になるか?」
「さぁな。まぁないよりはマシだろ」そのまま、男は少女に言う。「この薬は俺たちがもらってやるよ。母ちゃんにもそう伝えとけ」
「そ、そんな……!」少女は悲痛そうに、「ようやく手に入れた薬なんです……! それがないとお母さんは……」
「おお、そりゃ大変だ」男たちは芝居がかった仕草で、「つまり、この薬がないとお前さんはお母さんと離れ離れになっちまうわけだ」
「……はい……」
「そりゃ寂しいよなぁ……じゃあ、お前も一足先にいっとくか」
「……え……」
怯えきった様子の少女に向かって、男はヘラヘラ笑いながら、
「子供が先にいれば、母ちゃんも安心だろ」
言った瞬間、男は少女を殴りつけた。殴られた少女は壁際まで飛ばされて、苦しそうに顔を歪めた。殴られた場所からは血が流れていた。
近くに人はいなかった。人通りの少ない道で、明かりもなかった。
「この町は治安が悪いからよ。次から女1人で出歩かないほうがいいぜ。ま、次はねぇだろうけどな」
さらに男が拳を振り上げた。少女が次の衝撃に備えて目をつぶった瞬間だった。
「やめろ!」
少年の声がその場に響き渡った。
金髪の少年だった。15歳前後の小柄な少年。首元には星型のペンダントを身に着けている。手に持った剣を男たちに向けて立っていた。どうやら少女が殴られた音を聞きつけて、現れたようだった。
「あ?」男たちは少年のほうを振り返って、「なんだお前……?」
「な……え?」少年は困ったように男を見て、「なにって……エトワールです……」
「名前なんて聞いてねぇよ」
「あ、すいません……」快活そうな見かけによらず気弱な少年のようだった。「えっと……その子を、助けに来ました」
「……知り合いか?」
「いいえ。僕はつい昨日、この町に来たばかりです」少年――エトワールは怯えつつも、覚悟の決まった表情で言う。「しかし困っている人は見過ごせません。あなた達から逃げた先に、僕の思い描く理想はないのです」
「なに訳のわからないことを……」
「訳の分からない……うう、どうやって説明すれば……」エトワールはしばらく頭を抱えてから、「僕は最強を目指す男エトワールと申します。小さな女の子を助けるのは最強の務め。だから……あなたたちは見過ごせません」
男たちは顔を見合わせる。いきなり現れた謎の少年エトワールに困惑しているようだった。
しかし、すぐに3人で示し合って、
「よく分かんねぇが……俺たちを成敗しようとしてるってことか?」
「簡単に言えばそうです」
「だったら最初からそう言え」
「……すいません……」
「ふん。まぁいい」男は指の骨を鳴らして、「ちょうどいいや。サンドバッグが2つに増えた。すぐに倒れてくれるなよ、最強さん?」
「はい。体力には自信があります」
「……なんか調子狂うな……」
言いながら、男たちはエトワールを取り囲んだ。少女は怯えたように震えていて、成り行きを見守っていた。
「じゃあ、行くぜ!」
言って、男はエトワールに殴りかかった。大振りで、速度もそこまで早くない一撃。
その一撃は、エトワールの顔面に直撃した。そのままエトワールはふっとばされて、地面に転がった。
「……は……?」当てた男のほうが驚いていた。「え……弱いな、お前……」
「よ、弱いですよ……」エトワールは殴られた顔を抑えて立ち上がる。「だからこれから強くなろうと……」
「その程度で?」男たちは大声で笑う。「最強とか言うからどんなもんかと思えば……とんだへっぽこじゃねぇか」
「まだへっぽこですがこれから……っ!」
言葉の途中で、男の蹴りがエトワールの腹部を捉える。
「なかなかウザいやつだな、お前」
「うう……よく言われます……」
「だろうな」
さらに男たちはエトワールに暴行を加える。殴って蹴って、倒れたエトワールを踏みつける。みるみるうちにエトワールはボロボロになっていく。
しばらく殴打の音だけが鳴り響いて、
「こんなもんか……」男たちがバカにしたように、「今度から、ケンカ売る相手は選んだほうがいい。じゃないと死んじまうからな」
高笑いして、男たちは去っていこうとする。
しかし、
「待ってください……」エトワールはフラフラと立ち上がる。「その薬を……おいていってください……」
「ゾンビかよ、お前……」男たちは呆れたように、「あんだけ殴られて、まだ立つか? 死んでてもおかしくねぇが……」
「た、体力には自信が……あります……」
血まみれの状態だが、エトワールは立っている。顔もボコボコで服も破れて、常人なら立ち上がれないような身体だった。
「さっきも似たようなことを言ったが……戦う相手は選べよ。勝てないの、わかってるだろ? じゃあさっさと……諦めろ」
男は拳を振り上げる。全力の打撃。もはやエトワールが拳を避ける防御力を持っていないことが明白な今、スピードよりも威力重視だった。
その拳はエトワールの眼前で、何者かによって受け止められた。
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