第67話

 ヴァンペラーの姿を見たカーミラは、反射的に後ろに下がろうとする。だが背後にあった巨大な十字架によって、彼女の退路は塞がれていた。

 背中に感じた金属の感触により、自分が逃げられないことを気づいたカーミラは、一瞬表情を曇らせるがすぐに気丈な態度を取る。


「何が目的ですか……!」


「いいぞ我が花嫁よ。簡単に折れるならその場で殺してやる所だった」


 カーミラの問いに対して、ヴァンパイラーは満足そうな笑みを浮かべると、わざとらしく一歩ずつゆっくりと彼女に近づいていく。

 近づいてくるヴァンペラーに対し、抵抗するようにカーミラは睨むような視線を向ける。

 だがそんなカーミラの反応は、ただ闇雲にヴァンペラーの嗜虐心を昂ぶらせるだけだった。

 カーミラの恐怖心を煽るようにゆっくりと近づくヴァンペラー。そして彼女の目の前に立ったヴァンペラーは、カーミラの肌に触れようと手を伸ばしていく。


「さあ、私の眷属たちに祝福され我が伴侶となれ、カーミラ!」


「断ります! 私の身体は……純潔は……既にムゲンさんのものです!」


「何!?」


 カーミラの言葉に強烈な衝撃を受けたヴァンペラーは、思わず後ろに下がってしまう。だがすぐに取り乱した自分を落ち着かせると、再び余裕のある態度でカーミラの前に立つ。

 ヴァンペラーの目つきは、先程までの愛玩動物を見るようなものではなく、まるで裏切り者でも見るような冷徹な眼差しをしていた。そして彼は、自分の感情を必死に抑えつけながら言葉を発する。


「純潔を捧げたのか……? 私の以外の男に? 巫山戯るなこの売女がぁ!」


 口から出た本音を発したヴァンペラーは、怒りを抑えること無くカーミラに手を出そうとする。

 だがヴァンペラーの張り手が、カーミラの頬に命中する直前、鼓膜に響くような爆発音が二人の耳に届く。

 思わず手を止めてしまうヴァンペラー。そして二人は反射的に爆発音のした方角に視線を向けるのだった。


「おい! 見張りは一体何をしていた!?」


 すぐさまヴァンペラーは眷属である吸血鬼たちに声を下すが、見張りをしていた吸血鬼は既にムゲンとアイシアの手によって葬られている。

 そんなことを知らないヴァンペラーは、反応のない眷属の不甲斐なさに憤りを感じながらも、カーミラの腕を掴み部屋の外に出ていく。


「クソ! なぜだ、私は吸血鬼だぞ。高貴なる夜の支配者の一人なんだぞ!」


 自分の思い通り行かないヴァンペラーの胸にあったのは、燃えるような焦燥感と苛立ちが大半を占めていた。

 部屋の外に出たヴァンペラーとカーミラ、だが部屋の外はレッドデッドの拠点ではなく、硝煙の臭い漂う戦場であった。

 遠くから聞こえる阿鼻叫喚の声に、銃を使用した時に臭う硝煙の臭い、そして二酸化炭素による息苦しさ。

 それらを感じ取ったヴァンペラーとカーミラは、既にここは戦場なのだと理解し、無意識に表情を固くした。


「どういうことだ、眷属共は一体何をしている!?」


「どうやら……ムゲンさんたちが来たようですね」


「さっきからムゲン、ムゲンと! 私以外の男の名前を呼ぶんじゃなぃ!」


 カーミラの嬉しそうな言葉を聞いたヴァンペラーは、苛立った様子でカーミラの頬を打つ。

 パァンと乾いた音を立てながら叩かれたカーミラだったが、それでも彼女は屈することなく、毅然とした態度を取り続ける。

 そんなカーミラの態度を見たヴァンペラーは、より一層苛立ちを募らせるのだった。

 ――少しでも時間を稼がないと……。

 カーミラは先程から聞こえてくる銃声や爆発音が、ムゲンたちが引き起こしていると信じていた。

 だからこそ一秒でも長くヴァンペラーを足止めするために、何でもする算段であった。


「どうしました? 嫉妬ですか? 純粋な吸血鬼とやらも案外童貞臭いものなんですね」


 そう言ってカーミラは不敵に笑うと、わざとらしく挑発的な目をヴァンペラーに向ける。

 そんな目で見られ煽られたヴァンペラーの怒りの沸点は、一瞬で頂点に達してしまう。


「貴様ぁ!」


 もはや花嫁、と呼ぶ余裕さえもヴァンペラーにはなく。右手で握り拳を作り上げると、カーミラへ吸血鬼固有の膂力を振るおうとしていた。

 だが次の瞬間。


「カーミラさん!」


 ムゲンの声と同時に銃声が鳴り響き。アサルトライフルの銃弾が、ヴァンペラーの右手の指一本を吹き飛ばす。

 だがヴァンペラーは表情を変えずに吹き飛んだ指を見つめると、まるで巻き戻したかのように吹き飛んだ指は再生していく。

 ――くそったれ!

 思わずムゲンは毒を吐きたくなってしまったが、それを口にすることなくアサルトライフルを再び構える。

 そのままムゲンはアサルトライフルの引き金を、迷うことなく引いていく。

 タタタっと軽い銃声をと共に放たれた弾丸たちは、ヴァンペラーに向かって一直線に飛んでいく。

 命中したアサルトライフルの銃弾は、ヴァンペラーの肉体を容易く削っていく。

 だがヴァンペラーは身体を襲う痛みに対し、声を上げることなくニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 直後、アサルトライフルによって負傷したヴァンペラーの身体は、瞬く間に再生してくのであった。


「なら……」


 アサルトライフルの銃弾が効かないことを確認したムゲンは、腰に携帯している手榴弾を取り出そうとする。

 だがその隙を突くようにヴァンペラーは距離を一気に詰め、ムゲンに向かって蹴りを放とうとする。


「くっ……!」


「ムゲンさん!?」


 ――速い!

 そう思いながらもムゲンは、反射的に背中を反らすことで攻撃を回避しようとする。

 だがムゲンの行動は僅か一瞬遅かった。

 一瞬の間にヴァンペラーの蹴りによって、ムゲンの持っていたアサルトライフルは真っ二つに破壊されてしまう。

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