第29話

「さて、どうしようかしら」


 倒れているムゲンを背負ったアイシアは、地面に落ちていた自身のショットガンを拾い上げる。

 金剛会のドワーフの部下が来ると予想していたアイシアであったが、その予想は外れて誰も来なかった。

 今の格好のままでは不味いと考えたアイシアは、仕方なくムゲンの着ていた上着を拝借して羽織る。そしてサクラと合流するために部屋を出ようとするが、次の瞬間、部屋に乱入者が現れる。

 乱入者は人型の姿をしたドローンであった。人型のドローン――ナイトデュエリストは、手に持った銃をアイシアとムゲンに向けるがすぐに銃を下ろす。そして入ってきた扉に視線を向けるのであった。


「はあぁぁぁ! アイシア、ムゲン君大丈夫ですかぁ!」


 部屋に入ってきたのは、急いで走ってきた様子のサクラであった。突然現れたサクラに対し、アイシアは反射的にショットガンを構えるが、すぐに構えを解く。


「サクラ! 一体どうしてここに!?」


「ムゲン君から報告を聞いて、急いで来たのですよ! でも建物の外にはあの腐れドワーフの部下が大勢いたので、蹴散らしてきたました!」


 フフンとサクラは胸を張る。それに合わせてサクラの豊満なバストがプルンと揺れる。その様子を見ながらアイシアは、深くため息をつく。

 サクラのハッカーとしての腕前は信用できるが、時々調子に乗りやすいのが弱点でもあった。

 もっともそれがサクラの美点でもあるが。


「ところでアイシア、なんでムゲン君の服を裸の上に羽織っているんです? もしかしてこれが噂の彼シャツってやつですかー!」


 今のサクラの視界に映っているのは、気絶したムゲンと裸の上に上着を羽織っているアイシアの姿だけだ。

 金剛会のドワーフの死体と、その部下の死体。そして部屋の中にある激闘でできた傷には、サクラは目もくれなかった。

 やかましいサクラの様子を見たアイシアは再度ため息をつくが、今はそんなことをしている場合ではない。


「サクラ、急いでここを出るわよ」


「あいあいさー! 前衛はナイトデュエリスト君にお任せください」


 アイシアはショットガンを構え、サクラは意識のないムゲンを抱える。そしてドローンのナイトデュエリストを前衛にして、アイシアとサクラは建物を脱出を開始する。


「ところでアイシア、中で何が起きたんですか?」


「今説明できるほど単純なことじゃないわ。帰ってから説明する」


 アイシアの表情を見たサクラは、そのまま追求することはしなかった。

 そのまま三人は建物を後にすると、急いで黒のバンに乗り込む。サクラは運転席に、アイシアと気絶しているムゲンは後部座席に座ると、そのまま車は発進する。

 車内ではムゲンの容態を確認しながら、予備の服を着たアイシアは今後の方針を考えていた。


(まさか偽りの依頼だとは思わなかったけど……これはシェイドにケジメを取らせるしか無いわね)


 もっとも全員無事に建物から逃げられたこと。そして金剛会のドワーフが悪魔召喚の主導をしていた情報を高く売りつけられるなら、少しはケジメを緩くしてもいいとアイシアは考えていた。

 走るバンの窓の外をアイシアが覗くと、ネオ東京を管轄としているパトカーが何台も先程の建物に向かって走っていた。

 恐らく件の建物は警察によって検証され、金剛会のドワーフの死体も見つかるだろう。

 情報の価値が下がる前に売りつけようと、アイシアは予備のポケットトロンでシェイドに連絡を始める。


『もしもし……』


「はぁいシェイド、元気かしら」


『あ、アイシア、生きていたのか!』


 シェイドへの電話はすぐに繋がり、不機嫌そうなシェイドの声が帰ってくる。だがアイシアの声を聞いたシェイドは、すぐに様子を一変させた。


「ええお陰様で、それで生きていたのかってどういう意味かしら?」


『依頼人のヤツが悪魔崇拝者共に資金を提供していることがあの後分かってな。それでお前らに連絡しようとしたら一切繋がらなかったんだ!』


 シェイドの言い分を聞いたアイシアはふぅんと声を漏らす。事実、建物に侵入した後ジャミングによって通信ができなかったのも本当だろう。

 だがフィクサーであるシェイドにも落ち度がある。金剛会のドワーフがマッチポンプをしている事に気づけなかったのは事実だ。


「まあいいわ、それよりあの依頼人が悪魔召喚していた情報、高く売れそう?」


『ああ? まあ売れるだろうな。おい、まさか!?』


 アイシアの質問を聞いたシェイドは、すぐにアイシアの意図に気がついた。情報を高く売りつけ纏まったニューエンにしようというのだ。


「こっちだって依頼の報酬は受け取れないし、そっちもお金が入ってこない以上懐は寂しいでしょ?」


『ぐぐぐ。そうだが……』


「早くしないと裏社会に情報が漏れちゃうけど、どうする?」


 アイシアの急かしに耐えきれなくなったシェイドは、ポケットトロンの向こう側で机を叩いた。


『分かった。六対四でどうだ!』


「そっちが四よね? だってそっちの不手際だもの」


『ああ糞、いいぜ。だったら高く売りつけてやるよ! 首を長くして待ってろ!』


 そう言ってシェイドは通信を切るのであった。シェイドの反応を聞いたアイシアは、満足そうに笑みを浮かべる。

 そんな満足そうなアイシアの表情を見て、運転席にいるサクラも楽しげな表情をするのであった。

 そうして三人を載せたバンは、ゆうゆうとネオ東京の街を走り抜けていく。


 *********


「う、うーん」


 気を失っていたムゲンが目覚めると、そこは知らないマンションの前であった。

 マンションの外見は小綺麗で高級そうな見た目で、ムゲンが住んでいた新宿アーコロジーと比べて雲泥の差があった。

 キョロキョロとムゲンが周囲の様子を見ていると、バンの中にあった荷物を片付けているアイシアとサクラの姿を見つける。


「あらずいぶんお寝坊さんねムゲン」


「おはようございまーすムゲン君」


「あ、おはようございます」

 

 ムゲンの視線に気がついたアイシアとサクラが挨拶をしてくる。しかし今の現状が理解できないムゲンは、頭にハテナマークを出して悩んでしまう。

 そんなムゲンの様子を見た二人は微笑みながらムゲンの手を取る。


「ほら起きなさい、家に帰るわよ」


「俺の家は新宿アーコロジーですよ?」


 サクラの言葉を聞いたムゲンは、頭をコテンと傾げてしまう。ムゲンの反応を見たサクラは、仕方ないと言わんばかりにポケットトロンを見せてきた。


「とりあえずこれを見てくださいムゲン君」


 そう言ってポケットトロンの画面を見せてくるサクラ。

 ポケットトロンの画面に表示された映像には、新宿アーコロジーにあるムゲンの部屋の前に、何人ものチンピラがたむろしている姿が映し出される。

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