第二章
第6話 三人目
翌朝、陰鬱な気分のまま目が覚めた。
どんな思いで朝を済ませばいいのか見当も付かず、ウェンは我先に外へ出た。
町の様子は、人がまだらに立ち歩いているのが見てとれるが、どこか規則的に動いているように感じるのは気のせいではないだろう。
一瞥した後、町の外へ向かう。歩を進めると、草木が生え茂る光景が続く。
ふと足を止めると、
掬うような形に両手を合わせ、
「……」
掌の器に収まるものをじっと眺め、
握り潰した後、適当な所へ投げ飛ばす。
霞は一定の速度で進み、障害物に当たらず、ある程度の距離で霧散して消えた。
「練習? 精が出るね」
声の発した方へ振り向くと、さっきの
「昨日は悪かったってー。朝ごはん食べてないらしいじゃん。これ、お詫びにと思って」
袋を置き、竹筒の水稲と、小さく切られた
ユーリイは、にこやかな笑みを湛えていた。
「ほら。好きって言ってたから。遠慮しないで」
「……」
受け取るつもりは全く無く、少女から視線を外すが、
「いらない? じゃあタオおじさんにあーげよ」
「……っ!」
歩き去ろうとするユーリイの手から奪い取り、胃に流し込む勢いで口へ入れた。
食べ終わった後、
「朝食も済んだことだし、本題に入ろっか」
「……本題?」
訝しげに少女を見た。
「忌み子とか世の中についてとか、色々説明してあげようと思ってさ。聞きたくない?」
気にならない訳はないが、ウェンは疑心に陥っていた。
「信じると思ってるの?」
相手は口元を歪ませた。
「聞いてから自分で判断すれば?」
ユーリイはついてきて、と言って歩き、不承不承にウェンも続く。
「じゃ、まずは忌み子に関してね。ご存じの通り、
「……」
「忌み子は先天的なもので、ごく稀に胎児として現れる。その時、
思わず立ち止まりそうになった。
忌み子として生を受けた以上、母親が死ぬ事になったのは必然。その事実は、少年にとって計り知れない衝撃だった。
足を踏み締め、続きを待つ。
「
ウェンは反論する。
「そんなことないもん! ぼくは生まれるちょっと前のことをおぼえてる。そのときは、忌み子の怖さもわかってて、対処しようとしてた!」
必死の反論も、憐みの表情で返される。
「……あー、残念だけど、それも忌み子の方針ってだけだよ。実際に何人か偵察に行かせたからわかるの」
ユーリイは続けて言う。
「もし忌み子が奇跡的に存在していない集落があったとして、そこはどうなると思う? 別の者によって攻められて終わるんだよ。さっきも言った通り、ただの人間には
そんな忌み子率いるそれぞれの軍隊で溢れた世の中はどうなるかっていうと、連日連夜睨み合い探り合い殺し合いが続く、
衝撃のあまり、顔から血の気が引くのを感じた。
「だからといって、あまり望んでるわけでもないよ。忌み子にとって、人材は貴重な財産。大事にしなきゃ」
ユーリイが足を止めたのは、草木に紛れ見渡す限り広い間隔で人が配置されており、その一人から九メートル程の距離を空けた所だった。
「この先にも見張りや警備がいる。防衛拠点的なのもあちこちに幾つかあって、更に進むとシャーネって名前の町がある。君はこの方向から来てた。他にも人里はあるけど、事前に探らせた情報を元に考えると、まず間違いなく君の出生はその町になるね」
ウェンは太陽を見て方角を確かめると、今自分達は西に向かって進んでいた事を推測する。
生まれてすぐ裸で出歩いていた時をぼんやりと思い出す。朝日に向かって進んでいた記憶があるので、自分の出身に関しては一応納得がいった。
「さっきいってた、忌み子の方針っていうのは?」
「それを説明するにはちょっと脱線するけど、
「……特色?」
「例えば──」
ユーリイは、挿していたかんざしを抜き取り、髪をぱさりと下ろした。
少年にそれを見せた後、
近くに立っている見張りの一人へ勢いよく投げた。
「っ!」
ウェンは反応するが、あまりにも速く、暗器は風穴を空けるべく標的へ向かい──、
見張りは素早く振り向き、かんざしを片手で難なく掴んだ。
「私の場合は、人を操ることに長けてるのが特徴」
見張りは凶器を持ち主へ力強く投げ返す。
先ほどと遜色のない速さで飛び、少女は何気のない様子で掴んだ。
「自分の身体も含めてね」
「……」
ユーリイは髪をまとめ、再びかんざしを挿して元の髪型へ戻しながら話し続ける。
「あと、他人を操る際、思考を持たせる自立式にもできるし、私の思い通り完璧に動かせる遠隔式にもできる。すぐに切り替えることも簡単。ま、使い分けが大事だよね。何事も」
昨夜戦った時を思い出す。あれだけ派手な動きができたのも、その特色のお陰というわけだと納得した。
「町民を全員、
でも、
耳を塞ぎたくなるような情報に心を蝕んでいく中、ウェンはじっと堪えた。
「そんな中、忌み子がまた新しく自然に発生された時、大きく分けて二通りの処置を下す。自分の脅威に成り得る存在を生まれる前に消すか、新たな戦力として仲間に加えるか。私は後者で、あの町は前者。
君はその両方に該当する形になった訳だね」
ウェンは眉根を寄せた。
「……つまり、協力しろってこと? ぼくが、ユーリイに」
「その通り。決して悪い話じゃないでしょ?」
声を荒げ、舌足らずな口調で言い立てる。
「どんな理屈で力を貸せっていうんだ。平気で裏切るかもしれない相手と。 町の人達をだまして、あやつって。それに手助けしろなんて、そんな悪事に誰が加担するもんか!」
それを聞いたユーリイは呆れ交じりに息を吐く。
「忌み子って大抵どこか歪んでるもんだけど、ウェンみたいなのはまた珍しいね。道理をやけに重んじる感じ。でもさー……」
その後、急に泣き顔を見せ、座り込んで大声を上げた。
「そこまで言わなくたっていいじゃーん! 私だって生き残る為にやってきただけなのに! 君だって今の今まで生きてこられたのは誰のお陰だと思ってんの! 寝床とか食べ物とか色々貸してあげた義理を踏み倒すだなんて、ウェンの人でなしー!」
「……」
うえーん、と彼女は続け、嘘泣きの涙を両手で掬っていた。
「自分なりに考えた自衛のやり方を悪く言うなんて酷い酷い! その悪事を下せたからここの人達は無事に済んでいられたんでしょー! 知ったような口きかないでよー! ──まあ、言いたいことは大体分かったけど」
三文芝居を突然消して立ち上がり、低い声で囁く。
「誰も傷つかず平穏に毎日を過ごすなんて、この世に忌み子が存在する以上絶対無理。利用できるものは臆さずに全部使う。そうしないとこっちが惨殺されて、それで終わる」
こちらへ詰め寄り、耳元で圧をかけるように言葉を置いた。
「理想論は口先だけに留めた方がいいよ。満足感だけ残して幸せになれるから」
そう言い残した後、少女はその場から立ち去った。
「……」
少年は、ただ静かに立ち尽くす他なかった。
カンラの町に戻り、昨日訪れた市場へウェンは向かった。
半日前には数多く並んでいた屋台がいつの間にか片され、広い道が続いている。
そこを歩く、様々な人々を改めて眺めた。
俵を担ぐ青年、手を繋いで笑う親子。店前の椅子に座って団子を食べる老人。風呂敷で包まれた荷物を背負う女性。
それぞれの意志を持たない民衆は、何一つ不満や悩みがない様子で日常を送っている。
目を背け、人気のない路地裏へと歩いた。
ウェンが抱いている胸の内には、無力感や寂寥感、
そして、疑念だった。
ユーリイの話には、説明が足りない部分がある。
当然、話がされていないものは他にもあるだろうが、群を抜いて気になる点があった。
それは、ユーリイの前にいた忌み子の存在。
町が現存していたという事は、形がどうであれ忌み子の手によって守られていた事になる筈。ユーリイが生まれる時、他にいたであろう忌み子はどうしていたのか。
二通りの可能性が思い浮かぶ。
一つは、ユーリイの手によって殺され、今の時点でこの町にいる忌み子は彼女一人という見込み。
もしくは──、
「なあ、ちょっといいか?」
唐突に声を掛けられ、足を止めた。
振り返ると、先ほど目に映った、俵を片手に持っている総髪の男性が立っていた。
十代後半程の年齢。前髪の殆どを後ろへ束ねており、日の下に晒された顔全体から生気が溢れかえっているかに感じた。
「二人きりで話したい。今後の事や──」
優しげに話し始めたその男をじっと見つめ、
「ユーリイについてもな」
一層、警戒を高めた。
どうやら、『意志』を持つ人間は他にもいたらしい。
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