匣ノ街

ソラノリル

Prologue

 仄暗ほのぐらい部屋だった。どうせなら、光ひとつなくして、完全な闇に塗り潰してくれれば良いのに。何もかも、見せないで、覆い隠してくれれば良かったのに。

 打ち放しの天井から首吊り死体のようにぶら下がる橙色の小さな電球を、少女はぼんやりと見上げていた。体のあちこちが痛くて、だるくて、頭がぼうっとする。背中に硬い床の感触。自分は今、倒れているのか。投げ出した手足は、自分のものじゃないみたいだ。

 体の上に、何かが重くし掛かっている。大きく、生温かいそれが、少女を床に、押さえつけている。苦しい、早く、どいて。うずく腕を、足を、引き寄せて、少女は、なんとかそれを脇へとずらし、自分の体から引きがした。ごとりと鈍い音がして、それは床へと転がった。同時に、少女の体にささっていたものも、ずるりと抜ける。一瞬、駆け上がった痛みと、込み上げた吐き気に、少女は、ぎゅっと目をつむった。数秒、息を止めて、ゆっくりと呼吸する。再び遠のく意識を繋ぎとめて、少女は、床についた手に力を込める。起きなきゃ。起きて、ここを、出て行かなきゃ。

 どこへ?

 床は濡れていた。弱い白熱燈の光に照らされて、それは黒く、ぬらぬらと沈んだ色をしていた。ふらつく脚で立ち上がると、どろりとした液体が少女のももを伝っていく。見下ろすと、小さな子どもの足が見えた。少女の足だった。白い皮膚を汚し流れる、これは、血……? 爪先の傍に、今しがたどかした巨体が転がっていた。血溜まりの中心。もう動かない。喉を食い破られている。それは、ひとのかたちをしていた。

(誰も助けてくれなかった)

 瞬きをひとつ数え、少女は、ゆっくりと顔を上げる。すぐ側に小さな窓があった。街燈の消された外は、闇に沈んで見えない。ただ静かにこちらを見つめる子どもの姿が映っているだけ。

(大丈夫)

 血まみれの唇を手の甲でぬぐった。

(私は、ちゃんと、戦える)

 たとえ、ひとりでも。

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