《すべての鬼の母》(5)
翌日から盗賊たちはさっそく陰陽寮の発掘に乗り出した。さすがに宝探しの専門家。瞬く間に跡地を見付け、総出で塵の山を掘り返しはじめた。町の作りを知るシュランドの案内があったとはいえ、その手際のよさは見事なものだった。とくに塵の山を掘り返す速度はすごかった。組を組んでよどみなく運びだし、とりのぞいていく。シュランドひとりであったら一月かかってもここまで掘り出せたかどうか。
――ろくでもない盗賊集団だが利用価値はあるわけか。
シュランドは胸のうちで『フン』とばかりに呟いた。
陰陽寮の規模は想像以上に巨大なものだった。最も短い一辺でもゆうに千尺を越える長方形の基部。この建物だけで小さな村がすっぽり入るほどの規模がある。まわりを一巡りするだけで結構な時間がかかりそうだ。そして、建物のいちばん奥、最奥の床に巨大な扉があった。人の背丈の二十倍もある。表面には細緻な装飾が施され、扉全体を飾り立てている。その装飾の繊細さ、美しさといい、建物が瓦礫の山と化したというのに傷ひとつついていないその姿といい、人の手で作られたものとはとうてい信じられない。
悪魔の手を借りたのではないか。
そう思ってしまう扉だった。
――この向こうに……。
シュランドは思う。
――この向こうにすべての答えがある。なぜ、親父が、いや、ヤシャビトが人類を裏切ったのか。その答えが。
ゾクゾクした。
体が震えていた。
恐いのではない。
武者震いだ。
そう思い込もうとした。
「……行こう」
心臓を早鐘のように鳴らせたままシュランドは言った。一歩を踏み出した。その肩を分厚い手がつかんで止めた。ハヤトだった。シュランドはハヤトを見上げた。ハヤトは重々しく言った。
「いまはここまでだ」
「なに?」
「この扉を開けるのはまた今度だ」
「どういうことだ⁉ あんただって答えを知りたいんだろう⁉ なのに、いまさら臆病風に吹かれたのか⁉」
「あわてるなって言ってんだよ」
それがハヤトの答えだった。
「お宝探しに関しちゃあ、おれの方がずっと上手なんだ。いいか、小僧。お宝を手にするコツはな。あわてないこった。そいつが貴重な秘宝であればあるほど、あわてて手に入れようとすると呪いがかかる。だから、時間をおく。そうすることで呪いが祝福にかわるのさ」
そこまで言うと部下たちに振り返った。
「おい、野郎ども! 今日はここまでだ。明日のお宝との対面に備えて今夜はぱあっといくぞっ!」
頭の叫びに男たちの歓声が響いた。
……盗賊たちの祭りが行なわれている。そのなかでシュランドはひとり、巨大な扉の前にたたずんでいた。
「……ひとりで行く気なの?」
静かな声がした。
シュランドは振り向かなかった。それが誰かはわかっている。
カグヤだ。
カグヤが漆黒の長い髪を篝火の炎に照らしだし、そこに立っているのだ。
なぜ、彼女がここにいるのか、聞く気にもならなかった。それは正しいことだ。そんな気がした。彼女がいま、自分のそばにいるのは当たり前のことなのだと。
シュランドはうなずいた。
「ああ、そうだ。おれはこの先にいかなきゃいけないんだ。もう一秒だってまっていられない。あいつらがその気になるのをまってなんかいられない」
「どうしてそこまで?」
「それは、おれが……」
「あなたが?」
「ヤシャビトの息子だからだ」
その言葉にカグヤは美しい眉をひそめた。
「ヤシャビト?」
「そうだ。知っているだろう? 陰陽の司でありながら《すさまじきもの》とともに高天原を攻め、滅ぼした人類の裏切り者。そのヤシャビトがおれの父親なんだ。
だから、おれはその息子として父親の罪を償わなくちゃならない。そのために……」
シュランドは巨大な扉を両手で殴り付けた。
「そのために力がいる! この奥にこそその力があるはずなんだ。《すさまじきもの》を倒せる力が。おれはその力を手に入れる。そして、《すさまじきもの》を倒し、高天原を再興させ、みんなが安心して暮らせる世界を取り戻すんだ」
シュランドはカグヤに向き直った。真っすぐに見つめた。
「一緒に……きてくれるかい?」
「えっ?」
「君に一緒にきてほしいんだ。君がいてくれればおれはきっとやり遂げられる。だから、頼む。おれと一緒にきてくれ」
生まれてはじめて――。
シュランドは心から頭をさげていた。
コクン、とカグヤの頭が上下に揺れた。
「わかったわ」
「えっ?」
「わたしはあなたに従う。あなたのその目的に」
「ありがとう、カグヤ!」
シュランドは破顔した。全身で喜びを爆発させた。
「君さえいてくれればおれは無敵だ! ハヤトだって、《すさまじきもの》だって相手じゃない。必ずやり遂げられる。さあ、行こう。世界を人間の手に取り戻しに」
「ええ」
シュランドの意気込みにカグヤはやさしい微笑みで答えた。
シュランドは扉に近付いた。扉の前に手をかざした。ただそれだけで扉は音もなく開いた。あまりに簡単に開いたのでシュランドは呆気にとられた。これだけ巨大な扉だ。開けるのには苦労すると覚悟していた。いざとなったらぶん殴り、穴を開け、むりやりこじ開けるつもりだったのだ。それなのにあまりにあっけなく開いてしまったものだから肩透かしを食らわされた気分だった。
「こんな大きな扉が音もなく開くなんて……どういう仕組みなんだ?」
「あなたが陰陽師の血統だから?」
「わからない。でも、なんでもいい。とにかく扉は開いたんだ。これで先に進める。さあ、行こう」
「ええ」
ふたりは扉をくぐった。その先には地下へくだる階段がつづいていた。不思議なことに――。
階段を包む壁は淡い光に満たされていた。
「不思議な壁ね。スベスベしていて柔らかいようでもあり、硬いようでもあり……」
「ああ。こんな壁は他に見たことがない。この高天原でもこの陰陽寮だけだったはずだ」
ふたりは並んで階段をくだりはじめた。
ふたりはひたすら下へしたへとくだって行った。もうずいぶん降りたはずだが、壁全体が淡く光っているおかげで地下深くに降りてきたという実感はまるでない。地上を歩いているのとほとんどかわりない雰囲気だった。
やがて、階段がつきた。降りきったそこは不思議な場所だった。そこは平原。見渡すかぎり、床も、壁も、天井も、すべて銅の鏡のようにスベスベとしてでこぼこひとつない材質で覆われていた。そのすべてが淡い輝きを放っている。
「不思議な場所」
カグヤが陶酔したような口調で言った。シュランドもうなずいた。ここにはたしかに人を酔わせるようななにかがあった。
「……人間か」
いきなり、第三の声がした。地の底から響いてくるかのような重々しい声。
ふたりはぎょっとして顔をあげた。なぜ、いままで気が付かなかったのか。平原の向こう、いちばん奥にそれはいた。
見上げるばかりの巨大な体。長くたくましい首。巨大な翼。四本の足をたたんで座り込んでいる。
ドラゴン。
そう。伝説のドラゴンそのままの姿の生物がそこにいたのだ。
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