伍第70話 地下都市から回廊の外

 顔覆いをしたまま、乾酪入りのプパーネを食べて小腹を充たしてから『門』を繋ぐ。

 採光で明るくすると俺が動かして開いた扉はもう閉まっており、生きている虫は外には出て来ていないようだった。

 相変わらずあちこちにある虫の彫刻を眺めながら、前回とは反対側に歩いて行く。


 奥にあった部屋から、更に回廊が延びていて水音がしてきた。

 折れ曲がった先に部屋があるようだ。

 それにしても……こんな燈火のようなものも設置されていない回廊……真っ暗なまま行き来していたのだろうか?

 方陣もないし、どう見ても『明るくしようと思ってもいない造り』の建物だ。


 それとも明るくなくても『解る』人達だったのだろうか?

 まるで……魔獣みたいだ。

 いやいや、何考えているんだ。

 魔獣が『町』など作るはずはないし、道具を作ることも使うこともないだろう。


 辿り着いた場所で『採光の方陣』を放ち、馬鹿な考えを打ち消す。

 見つけたその部屋には……遙か上の方から細い滝が幾筋も流れ込んでいた。


 あの、死者名石を見つけた場所の『滝』と……似ている。


 俺の立っている所から奥に向かってふたりか三人で並んで歩けるくらいの幅の道が続いていて、その両脇が窪んだばかでかい池になっている。

 その池に注がれるように絶えず墜ちてくる水が溢れることはない。

 水面の辺りに溝があるから、あそこから別の場所に流れ込んでいるのだろう。

 道で区切られた片側だけ水位が低い……あ、もしかして、町に流れ込んだ水、ここからのものか!


 ということは、この先にまだ部屋があるのでは……あった、扉だ!

 正面、道の延びる先にあった壁には、ここに入ってきた時と同じような方陣が足元に刻まれている。

 ……駄目だ。

 この方陣は起動しないし、タクトにもらった町に入る時の方陣でも移動ができない。

 きっと、この『扉』の名前が判らないと駄目なのか、決まった人だけが移動できるという町中の家と同じ理由だろうな。


 仕方なく壁を崩して口を開け、先を明るくする。

 もしも死者名石の部屋があったら、また黒燐魔蛾こくりんまがみたいな奴、いるかもしれない。

 だがそんな心配を他所に、魔蛾も魔虫もいない上に魔力も全く感じない。


 その回廊は死者名石のあった場所とそっくりな造りで、折れ曲がった先にある部屋も全く同じ……いや、祭壇のようなものがある。

 低めの段差があり、死者名石が埋まっていた辺りを鑑定してみたが……何もないみたいだ。

 床を剥がしていくが、やはり何もない。


 少し掘ってみてもすぐに硬い岩のようなものに当たって、何もないことを確認しただけだった。

 そうだよな、そもそも死者名石がこんな所にある方がおかしかったんだが……それにしてもここの人達は粘土板しか使っていなかったよな?

 死者名石のものとは、全然違うし……


 ……

 ……


 駄目だ、全然、なんも思いつかない。

 タクトに会った時に聞こう。


 その部屋を隅々まで探したが、壁を動かせそうな仕掛けや方陣などもなく少々落胆した。

 祭壇のような卓の上にも、その近辺にも何もないのでここがなんのための場所なのかは全く解らない。

 部屋を出て、俺は黒燐魔蛾こくりんまがのいた場所では塞がっていて入れなかった『回廊の先』を目指した。


 すぐに行き止まりになったが……方陣があった。

 足元と言うことは、移動のためのものだ。

 この先がまだあると言うことだよな。


 水を飲み、焼き菓子を三枚ほど口に放り込んで、ゆっくりと呼吸を整える。

 はやる気持ちを抑えつつ【裂石魔法】を使って掘り進める。

 ぽこん、と穴が開き、空気が動く。

 通れるくらいまで穴を広げつつ、先に『採光の方陣』で明るくしておく。


 あれ……あ……ここ『町の外』だ。

 うわ、やばいかも。

 ここは塞いでおかないと、魔虫が入り込みそうだ。

 目の前の回廊は上り坂になっていて、枝が分かれるような分岐がある。

 壁はまだ『人の造った回廊』だったけど、表に続いているのならば『迷宮』と変わらないだろう。


『堆石の方陣』と【土動魔法】を使い、俺が開けた穴を崩した石で埋め戻した。

 そして、旧ジョイダールでいつまで効くかは微妙だが『錯視の方陣』を描いておいた。

 足元には、町に入った時と同じような方陣が刻まれた石板が置かれていた。

 俺が埋め戻した場所の両脇に柱のようなものもあり、ここもあの町への入口のひとつだったのだろう。


 幾つかの分岐を全て歩きながら、何処に繋がっているのか確かめていくことにした。

 途中で崩れていて抜けられない道が多く、なんとか地上に上がれたのは二本の分岐だけだった。

 一番長い距離を歩いた回廊が外に繋がっていた時は、ここが行き止まりだったらもう帰ろうかなと思うくらい長かった。

 途中で食べた鶏肉入りのリエッツァが、卵黄垂れと乾酪の奴じゃなかったら帰っていたと思う。


 長い階段を上りきって出た場所は、山の中腹のようだ。

 目の前の天光が、随分傾いていた。

 今、俺が向いているのは西側なのだろうが、行く手に山は……見えない。

 それどころか、遠くの谷間に『壁』のようなものが見える。


 慌てて地図を開く。

 赤い、谷間の壁……あれは、トレスカ……?


 俺はこの山を下りられるような場所を探した。

 ちょっと下りただけで歩くことが困難なほどの崖が南北に走っていて、下り続けることはできなくなった。

 崖崩れがあったのか、切り取られるように山がなくなっている。

 今俺がいるのはベルトス山地の西側……『遠視』で南を視ると大きな沼地があり、北を視ると視える山々はテトロ山地だろう。


 間違いない。

 この西側は『ヘストレスティア』だ。


 歩いては下りられないと解ったので『門』でトレスカの壁まで歩けそうな平地に移動。

 天光はすっかり陰ってきてどんどん暗がりが広がり、東側を振り向くと稜線がうっすらと見えるが殆どが暗闇だ。

 ざわり、と闇が動いた気がした。

 夜は魔獣が蠢く時間だ。


 俺は壁に近付き、少し遠いが監視の衛兵の動きが視えるくらいの距離まで来ていた。

 もの凄く慌てふためいて……こちらの方に矢を向けている。


 しまった、俺が魔獣をおびき寄せてしまったのか?

 振り向いたそこに……魔獣の気配があった。


*******

次話の更新は5/20(月)8:00の予定です

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