弐第87話 ドォーレンからミトゥーリス

 俺が助けた女性は、この村の村長の妻だった。

 お礼にと食事をご馳走になり、今晩は村長宅に泊めてもらえることになった。

 ……寝床は、助かる。


 いくら襲われないようにできるとはいえ、森の中での野宿はゆっくり休めないからな。

 今回は皇国の宿に、眠るためだけに戻る訳にもいかなかったし。


「あの黄色い染め物はオルフェルエルからの輸入品で、高級素材だという触れ込みだった」

 村長が妻の生誕日にと、態々首都まで行って買ってきた贈り物だったそうだ。

 オルフェルエル諸島……か。


 行ったことがないからなんとも言えないが、少なくともあの染料はオルフェルエル諸島で作られている物ではないだろう。

 タルフの赤と黄色は、南方特有の植物から作られるって聞いた気がする。

 どちらかといえば北に位置するオルフェルエル諸島で、その植物があるとは考えにくい。


「……西側の商人達が言うことは、あてにならねぇ」

「そうだね、父さん。ドムエスタのものをオルフェルエル諸島製って言って売っているのかもしれないからな」


 ドムエスタのものだと、売れないのか?

 不思議に思っていた俺の表情で察したのか、村長の息子が説明してくれる。


「皇国はドムエスタとの同盟がないから、取引もないんだったよな。あの国は毒物や火薬を作っているから、どの商品も評判があまり良くないんだよ」

「毒……を態々作っているのか?」

「ああ。内乱や戦いがあるところには売れるからね。シィリータヴェリル大陸ではもう争いごとは殆どないけど、南にある島嶼群なんかではあちこちで戦争している」

「アイソル……とかか?」

「いいや、もう少し西の方じゃな。時折、船に乗って難民がオルフェルエル諸島に着くそうだ」


『大陸』と呼べるものは現在はこのシィリータヴェリル大陸くらいしかないが、東の小大陸くらいで『島』とされるものはアイソルの西側にも沢山あるって話だけは聞いたことがある。

 ……本当にあるんだなぁ。

 皇国の魔導船じゃないと、行けそうもないけどな。


 アイソルから『遠視』で視られれば、何とかなりそうだが……戦争が多いんじゃ、あまり行きたいとは思わないな。

 魔獣相手ならいいが、人と殺し合うなんて考えたくもない。


 そういえば……タルフであの毒商人達が『八年前に黄鉛石をマイウリア人に売った』って言ってたな。

 黄鉛石は、黄色の染料になる毒物だと言ってた。

 皇国船籍でない船で来た……とも。

 それがマイウリア人を装ったドムエスタ人だった可能性もあるか……?


 もしかしたら、その黄色の染料もタルフ赤に使われる魔毒も、はじめから浄化精製などする気はなくてドムエスタが『解りにくい毒製品』として戦争中の国に頼まれて作ったものってことか?

 それをよく知りもしないタルフはドムエスタの思惑も知らず、他国でも使えているから大丈夫だろうと考え、皇国にも売りつけて儲けようとした商人がいたのかもしれない。

 毒が残ってても皇国なら浄化できるから、問題は起こらないと高を括った可能性もある。


 ドムエスタってのは……どういう国なんだろう。

 他国同士を争わせて儲けを得るだけの、短絡な国なんだろうか。



 翌朝、久々にゆっくり眠れてすっかり身体も回復した。

 ここから南西へと、徒歩だと半月ほど進んでいけば首都に着けるらしい。


 まずはピルェトという町を目指す。

 真面目に歩く気はない。

『遠視の方陣』はタクトに書き替えてもらったおかげで、魔力使用量が格段に少なく済むようになったし、元々より遠方への移動が可能になった。

 山の麓から山頂まででも、魔石が二個で済むんだから。


 だから『遠視』でできる限り遠くを視認し、そこに『門』で移動する。

 確認してから動けるので、誰もいないと解れば『門の方陣』を使っても問題ない。

 ピルェトまで四日かかると言われた距離も、四半刻で済んだ。

 本当に、『遠視』での移動は、目が乾くのさえなくなれば最高なんだがな。


 ここでも町の近くで門番から死角になる場所に、方陣札を埋めておく。

 次に目指すのはミトゥーリスという町。

 そこは、冒険者という職が初めて生まれた町だ。

 そういう町の冒険者組合には行ってみたいところだが、今回は我慢。


 同じ方法で移動をして行くが、途中で目が疲れたのと魔力を補うために食事をする。

 ……ドォーレンの村長宅の食事は、申し訳ないが旨いとは言いがたかった。

 食事は首都以外は保存食の方が良さそうだと思うので、町中では食べないでおこうと思った。

 人前で、タクトの菓子を食べる訳にもいかないしなー。


 そして食事の後、一刻も経たずにミトゥーリスの外壁近くまで来た。

 行く先々で門の方陣札を仕掛けるのは、俺の検証した後にウァラクの『隠密』と呼ばれる精鋭部隊が、アーメルサス内に残っている皇国人を探し出すので彼等の移動用として使用する予定だからだ。

 金属製の方陣札なので、複数回使える。

 魔力切れの時の俺の退避用としても、小まめに仕掛けておく方がいいと思うんだ。


 ミトゥーリスは『大きめの町』という感じだった。

 外壁も高く、ドォーレンとはかなり規模が違うと一目でわかる。

 家々も石造りで、石畳が敷き詰められた道だが、道幅はあまり広くはない。


 馬車などは通らないのだろうか?

 新しいとは思えない石なのに、轍が残っている道は、全然ない。

 あまり人も多くなさそうに感じるんだが、畑とか牧場とか、別の場所に働きに行っているのか?


 さて……通り抜けるまでに、皇国人……いるかな?

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