弐第85話 ラステーレ-4

「その事は我々もつい先日、知らされたばかりだった」

 サラレア卿が、苦々しい表情で続ける。

「嘆願者の殆どはいろいろな商会と契約しており、皇国の商会と取引しに来ている者達の『従者』とされていた。アーメルサス人であっても、現在すぐには帰国はできんが、そもそも帰国したくないという。だが、彼等は魔力量が大変少なく、この国で暮らしていけるものだろうかと保留になっていたのだ」


 嘆願してきた彼等は、契約期間中だというのに雇われていた商会から放逐されてしまったという。

 そうなったら自力で自国に帰らねばならない……が、今は皇国からの出国はすべて、セラフィラントからでなくては何処にも出られない。

 どうやら、商会自体に何かが有ったようだったが、彼等には知る術はなく途方に暮れて商人組合などに泣きついたらしい。


 皇国での暮らしには、他国とは比べものにならないほどの魔力が必要だ。

 魔道具が当たり前であり、仕事でも魔法を使うことばかり。

 でもそれだけじゃなくってね、と同席していたヴェシアスも溜息を漏らす。


「彼等の雇い主はある商会と関係していた者達ばかりで、不審に思って調べてみたら……とんでもない大事おおごとになってしまったんだ」


 彼等の殆どが『従務契約』なるもので隷位となるが決して仕事を奪わない……というような契約を結ばされていたという。

『隷属契約』のように個人的に縛り付けるものではなく、業務契約としてのもので期間が定められているが衣食住の全てを保証され賃金も支払われるようだ。


 初めて聞いたな、そんな契約。

 ああ、隷属された『賤棄』だと、皇国には入国できないが『隷位』までであれば『保証人』がいたら帰化はできずとも入国はできるな。

 そして契約が有効な間のみその階位というのであれば、契約を満了したら『無位民』に戻るという事か。

 もしかして、皇国に連れてきて逃げ出されても、帰化できないように隷位にして同行させたのか?


『雇用契約』とは違って、契約期間中だけ『隷位』と同等扱いとなって仕事内容を選んだり途中で辞める事は許されていないらしい。

 契約期間中に逃げ出したりしたら、生涯『隷位』のままになってしまうので満了まで言いなりになって働くしかないというのだからふざけてる。

 皇国では、このような契約形態をとることは当然禁止されている。


「皇国の商会が、たとえ他国民とはいえ隷位の者を地下に押し込めて使役していたなど、許されることではない!」

 サラレア卿は怒り心頭といった様子だ。

 隷位者を違法に雇っていることがばれないように、表に出さず地下で働かせていたという事のようだ。


「商会側からの一方的な契約破棄なので、身分階位に関しては『無位民』に戻せる。魔力量が少ない者達には、他領で取り入れている勉強会などで対応していく方法も検討中だ」

 彼等を雇っていたアーメルサスの者達が他国出身者を『隷位』に落として働かせたり、自国民でも神から得た一次職のみで劣等とした者に雇用を条件に隷位となる事を強制しているという事は唾棄すべき事ではあるが皇国がとやかく言えることではない。

 しかし問題なのは、そのような隷位者達を違法就労させていた商会が皇国にあるという事だ。


「彼等の話では初めから……アーメルサスにいた頃から、皇国で働く為の条件として提示されたことのようだった。それで調べさせたら、皇国の商会側から『そうと匂わせる』要求があったと判明した」


 うわーその商会、終わったなー。

「このような許されざる悪事を摘発できたのは、君のおかげでもある。心から感謝しておるぞ、ガイエス」

 俺?

「君が王都で、トテフィス商会が使っていた毒染料を暴いてくれたからね。それで芋づる式にいろいろと、ね」

 ……


 あっ! トテフィス……コデルロ商会か!

 そんな事までしていやがったのか……


 そういえば『地下に潜りたくはないだろう』とかなんとか、腹立たしいことを言われた気がする。地下で隷位の奴等を働かせていたから、迷宮に潜る冒険者もそういう扱いだったって事か。

 憲兵に任せないで、一発くらい殴っておけばよかった。


 あいつが言うように迷宮品の受け渡し契約なんてものをしていたら、俺もその『従務契約』なんてものを結ばされていたんだろうか。

 他国で帰化している奴を狙うってのは、魔力量が少ないってだけでなく『鈍鉄証にびてつしょう』の奴が多いからかもな。


 皇国では犯罪歴がなければ、賤棄からの復位でない限り『鉄証』になる。

 契約が終わって隷位でなくなった後に皇国に留まって帰化して、皇国の鉄証になれるなら十年くらいはって考える奴もいるだろう。

 ……そうそう上手くいくとは、思えないが。



 その他にも、アーメルサス特有の考え方とか習慣なんかを聞いた。

 皇国やマイウリア、ガエスタとも全然違う考え方で、意味が解らないことが多かったが要は庶民では『魔法より技能』が重視され『魔力量や血統より職業』で身分階位が決まるらしいということのようだ。

 こんなにも基準が違うというのは不思議だ。


「あの国で『冒険者』というものが生まれたのも、勝手な偏見で身分が低いといわれた職を得た者達が仕事をする上でのことだったようだからね」

「今でも、冒険者は『階位が低い者がなる』ということなのか?」

「全てではないと思うが、アーメルサスの冒険者は大半がそのようだ。一次職でしか判断しないようだから、下位とされる者は多いだろう」


 ヴェシアスは職業は変わっていくものなのに、一次職だけで判断するなどバカバカしいと頭を振る。

 皇国でも魔法師職になれば階位は上がるし、身分証の色も変わる。

 だが、絶対の基準は『血統維持』だ。


 残念ながら、他国ではその絶対的とされる血統を維持できている国がないのだから、別のものを基準にするしかないのだろう。

 それでも成人の儀で示される一次職だけで階位が決まり、その後にどれほど魔法を得ようと階位が変わらないというのもおかしなものだと思う。


「そしてガイエスくん、君に頼むのは先も話した通り『移動の方陣が使えるかどうかの試用』と『アーメルサス国内移動用に数カ所方陣札を設置』してもらうことだけだ。それさえできるのであれば、隠密行動の必要はない。だが、絶対に守って欲しいのは人前で方陣を使わない、何があっても君の書いた方陣をアーメルサスの者に渡さないということだ」


 それは当然だろうと、頷く。

 今回、俺は方陣魔剣師ではなくて冒険者でもない。

 俺は『隠密』の魔法も技能もないのだから、皇国人に秘密裏に接触するなんて事はできない。


 だけど、方陣そのものを見られさえしなければ、方陣なのか自分の魔法を使ったのかは解らないから手袋に【方陣魔法】で書いておくくらいなら大丈夫だと言われた。

 よかった……皇国以外だと、町を一歩出れば魔虫も魔獣もいるからな。

 光の剣はあるけど、魔虫の群れだったりしたら雷光が使えないと厄介だ。


「ああ、それと【収納魔法】があることも知られない方が良いよ」

「え?」

 意外なダメ出しをされたぞ。


「物品持ち込みや武器の携帯にも職業によって制限がある。冒険者でない君には、武器の携帯は短刀だけしか許可されないし【収納魔法】があるとなると町によっては入れないんだよ」

 なんつー面倒な国だ!

 どうやら、基本的に人を信用していないらしい。『下位職民や他国民は盗みをして当たり前』なのだそうだ……皇国の臣民があの国で何を盗むっていうのやら。


「あの国は『独自技術品』を持ち出されることをとにかく嫌うからね。皇国が魔法の流出を嫌うのと同じくらいね」


 独自技術……どう考えても、皇国の方が多い気がするがなぁ。

 まぁ、他国は皇国を正しくは知らないんだろう。

 マイウリアもガエスタも、取引のあるストレステでさえ、皇国の事なんて碌に知らないんだから。

 ……俺がどれほど、いろいろ驚かされたことか……



 そして、その翌日、準備を整えた俺はアーメルサスへと移動した。

 あの、不殺の迷宮から伸びていたコーエト大河を渡りきった森の中である。


「さて……鉱石を拾いながら、町を探さないとなぁ」


 俺は遠見でちょこちょこと移動しつつ、森の中を進んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る