弐第77話 ロートアの病院
病院の宿坊に戻ると、アメーテア医師が三日ほど留守にするという。
「その間はゆっくりして、あまり魔法は使わないようにしててください。ガイエスさんの【
夕食を部屋に運んでくれた看護士さんにそういわれ、頷きつつも少し残念だった。
なんだかすっかり身体が軽いので、今診てもらったら『もう治った』って言ってもらえるんじゃないかと思っていたからだ。
まぁ、そう都合よくは、いかないだろうが。
この具合のよさはきっと、タクトが手入れをしてくれた加護法具のおかげだろうからな。
でも、俺があいつに送ってやれるのは、暫くはこの近辺の石ばっかりかもしれない。
それから三日間、散歩くらいしか外出もせず過ごした。
一日に数刻間の『治癒の方陣』を使う程度だったが、全く不具合らしい不具合がなかった。
外を歩いても多分問題なかったのだと思うんだが、たいして遠くへは行かなかった。
あまり町を歩くとどんどんあちこち行きたくなるし、馬を見かけるとテアウートに行きたくなるから出たくなかったんだよ。
体調がよすぎると、不具合のことなんか忘れてしまうのが良くないのかもしれない。
四日目の朝に、アメーテア医師が戻ってきた。
……朝食後、菓子を頬張っている時に扉が開いて目が合ってしまった。
「ま、食欲があるのはいいこった」
そう言うアメーテア医師は、ちょっと溜息混じりだ。
絶対に、呆れているに違いない。
病院の斜め向かいにある菓子屋で売ってる奴、旨いんだから仕方ない。
乾燥させた果実が、こんなに旨いとは思ってなかった。
どれ、と俺の左足に触れ、アメーテア医師が何度か鑑定を行っているようだ。
……掌があたって、くすぐったい。
ん?
今まで、触られた時に『何かを感じたこと』は、なかったような気がする。
触れられた、という感覚も『見ていたから解った』だけで……
タクトにあの紐を取ってもらった時は……そういえばちょっと変な感じだったけど。
「……あんた、この四日の間に何かあったのかい……?」
アメーテア医師が信じられないものを見た、というような表情で振り返る。
……四日間?
「わたしが出掛けた日から四日、だよ」
「あー……町で、偶然……友人に会った」
「会っただけかい?」
「話をして、珈琲飲んで……えーと、法具の手入れをしてもらって……」
そこ迄話した時に、アメーテア医師が俺の左腕を見て更に驚愕という顔になって……思わず言葉が止まった。
左手をぐいっと引っ張られ『
「信じられないくらい、加護が強くなっているね……」
強く?
加護法具って、掃除とか手入れすると強くなるものなのか?
「しかも、あんたの左足……ほぼ治っているよ」
「いや、時間がかかるみたいなこと、言ってなかったか?」
「かかると思ったんだけどねぇ。おそらく、その法具の加護が強くなったからかもしれない。そのせいで魔力の流れが安定して『治癒の方陣』が効きやすくなったのかも……」
どんなに優秀で強い方陣だとしても、魔力の流れが安定していなかったり狂っている箇所には効きが悪くなるのだそうだ。
だから、魔力の流れが整わないと、身体の治療ができないのだろう。
「方陣魔法師であるあんたの方陣は、かなり優秀なものだ。今の皇国で一番と言っていい【治癒魔法】の方陣かもしれないほどにね」
どうやらアメーテア医師はセラフィラント公のところから戻った後、他の町や村の治癒方陣でよく効くものがあると聞き、取りに行ったり確認したりしていたそうだ。
……俺のために。
「ぜーんぶ無駄足だったよ……悉く、あんたの描いたものだったからねぇ」
違う町に行くことが殆どないから面白かったがね、と笑い飛ばす。
オルツやセレステだけでなく、王都やキエート村、ロンドストの北側の村々まで確認してくれたらしい……
魔法師組合から買ってもらった訳じゃなくて、その場で書いたものには俺の名前が裏に書かれていないから、方陣そのものを比べないと解らないんで態々見に行ってくれたのかもしれない。
方陣門をどれだけ使ったんだろう……医師ってのは、ここまでしてくれるものなのか。
俺は手入れの時にタクトから聞いた、海水に加護法具をつけてしまったから状態が悪くなったらしいということを伝えた。
すると、アメーテア医師は大きく頷いて、なるほどね、と腕を組む。
「銀も礬柘榴石も、緑属性魔法で大地の加護を得たものだ。海に浸かったことで弱くなっていたのを、もう一度整えてくれたから加護が本来のものに甦ったのかね。たいした宝具師だねぇ、あんたの友達ってのは」
やっぱり、加護法具を手入れできるなんてのは、宝具師なんだな。
定期的にあいつに手入れを頼んでも平気かな?
宝具師としての仕事って、してるように思えなかったが。
「身体自体はすっかり大丈夫だ。でも、その『
「わ、わかった」
「できるだけ魔法だけに頼らないで、体力をおつけ。回復が早くなるからね」
「……剣技の修練場って……あるのか?」
「ああ、あんたは魔剣士でもあったね! そうだねぇ……」
暫く考え込んでいたが、剣技だったらロートアの陸衛隊修練所がいいと言う。
……いやいや、陸衛隊って衛兵隊だろ?
しかも、ロートアの陸衛隊ってのは、領主の護衛部隊もいるからかなり強いって聞いたぞ?
「習いたいなら、紹介してあげるよ。どうせなら、一番きちんと教えてくれるところがいいだろう?」
「……俺は騎士って訳じゃないし、帰化民なのにいいのか?」
「あんたの貢献度は、セラフィラント公に認められているんだよ。変な気を遣う必要はないよ! 確かに衛兵隊に所属はできないけど、セラフィラントの民が強くなるってのはいいことだからねぇ」
元々、陸衛隊では臣民達に剣技や体術、魔法の訓練などをやっている町があるのだという。
衛兵の数が多いセラフィラントだからこそ、できることなのかもしれない。
そうだな、どうせ習うなら一番強い方がいい。
……鈍ってるだろうなぁ、俺……
「ああ、五日に一度はここに来るんだよ? いいね?」
まだ正常な位置で安定したという確証がないうちは、必ず来るようにと釘を刺された。
……治ったと言われても、まだ浮かれちゃ駄目ってことだな。
病院長室 〉〉〉〉
「院長、ガイエスさんは宿坊から出られるんですか?」
「明日には近くの宿に移ると言っていたよ。どうしてだい?」
「……美味しそうにお食事をなさる方だったので、調理のおばさんが寂しがるかと思って」
「ああー、そうだったねぇ。あの子、結構食いしん坊だった。だけど、ここからだと陸衛隊の修練場には通いづらいだろうからね。馬の様子も見に行くと言ってたし」
「残念ですぅ。病院に厩舎はないですものね……おばさんには、伝えておきますわ」
ぱたん……
(今は、宿坊患者がみんな年寄りだからねぇ……沢山食べるあの子は、結構人気者だったのかもねぇ)
(またセラフィラント公の所に行って、もう大丈夫だって伝えて来なくちゃあね)
(やれやれ……まさか、治ってしまうなんてねぇ。戻ったらすぐにでも足の手術が必要かと思ったのだが……『治癒の方陣』が無駄になるくらいまで回復しているとは思いもよらなかったよ)
(切り開いて原因が解れば、筋組織も治癒していくことはできるけど、時間もかかるしその間は歩けなくなる。あの子の性格じゃ、寝床に縛り付けられるなんてかえって具合が悪くなりそうだったし……)
(若い子のそういう姿を見るのは……ティム坊を思い出してつらいからねぇ)
(あの時は悔しかったね……魔毒だと解ったのに、ティム坊に使われた毒はあまりに特殊で……全く分解も浄化もできなかった。ガイエスから毒自体が消えていたからはっきりはしないけど、それに似たものが原因だったのかもしれない。だとすれば……なかなか研究が進んでいない魔魚の毒か……それを媒介にしたものだね。その辺もセラフィラント公には、調べてもらわないとねぇ)
(生きたままの魔魚から毒を抽出できたら、もっと研究が進むんだけどね)
(それにしたって、まさか『
(手入れをしたという宝具師の魔力残滓が確認できなかったのは残念だね……もう半日でも早く帰っていたら、解ったかもしれない)
(あの子の友人ってことは……まだ適性年齢前ってことかい? ガイエスもたいした魔法師だと思っていたけど、その友人って子もとんでもないね……)
コンコン……
「おや、どうしたんだい? パルティスト」
「ああぁ、ごめんよぅ、アメルティラ、忙しかったかなぁ?」
「大丈夫だよ、何かあったかい?」
「ほら、君がさっき持ってきてくれた『治癒の方陣』あっただろぅー? あれ、もうないかなぁと思ってねぇ」
「効き目がよかったんだね。ああ……まだ二枚程なら余分があるよ。足りるかい?」
「助かるよぉ。こんなによく効く方陣は初めてだねぇ。傷跡が全く残らないし、皮下の毒も消えるんだよー。魔法師組合で売ってくれてるといいんだけど、見当たらなかったんだぁ」
「これを描いていた魔法師が、暫く札を作れなかったからね……でも、多分近々売られると思うよ」
「そうなのかい? それならよかったよぅ!」
(明日、ガイエスに頼んでおこうかね……あの子の方陣は、今まで時間がかかってしまって治しきれなかった患者の助けになるだろう。まさかこんなに早く、魔法を使っても問題ない状態になるとは予想外だったけど、あの子の泣きそうな顔をこれ以上見なくて済むのは助かるねぇ)
(やれやれ、あたしも年をとっちまったね。子供の泣き顔がつらいなんて言ってたら、医師なんて務まらないね)
「さぁて、陸衛隊に紹介状を書いてあげようかね。体力は……この半月でかなり落ちているだろうから、最初はキツイかもしれないけど」
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