弐第73話 ロートア魔法師組合

「タクト」「ガイエス」


 次もほぼ同時に声が出る。

 まさかこんなところで会うとは思っていなかったので、お互い微動だにしない。


「あれれ? お知り合いですか?」

 出て来た組合員がタクトに声をかけ、タクトがぱっと笑顔になってしゃべり出す。


「友人です」


 ……びっくり、した。

 随分久し振りに聞いた言葉だ。

 ましてや、自分をそう呼ぶ奴がいるとは……思っていなかった。


 セレステのバイスやキエム達も……そうなのかもしれないけど、彼等は俺より随分と年上だ。

 タクトは同年代……というか、絶対に下だろう。

 一等位試験を受けているんだから、成人の儀は終わっているとしても。

 そんな近い年齢の『友人』は、故郷ですらいた記憶がない。

 俺の性格とかってより、元々同世代の子供が近所にいなかったからだと……思いたい。


 俺がそんなことを思っていたら突然、タクトが俺の右腕を掴んだ。


「こいつも、一緒に!」

 は? 一緒って、どこへ?

 いやいや、俺まだ魔石買ってないし。


「渡したいものがあるから、ちょっと付き合ってくれ」

「……おう」


 なんだ? 渡したいものって?



 別室に連れて行かれるとすぐに組合長がやってきた。

 流石は、一等位魔法師だ。


 タクトはまた、俺のことを友人だから付き合ってもらった、と組合長に説明する。

 組合長は、ちらり、と俺を見て笑顔を見せる。

 軽視したりするような嫌な笑顔ではないけど……なんか、誤解されているような気もする。

 俺はこいつみたいに一等位でもないし、聖魔法師でもないからな!

 ……いや、護衛……とか、思われているのかな?


 タクトは、作成者登録が在籍地でなくてもできるかどうかを確認している。

 こいつ、また新しい方陣を作ったのか。

 驚きもあるが、なんだろう、変なモヤモヤもある。


 新しい方陣を『迷宮品安全確認の方陣』と説明している。

 迷宮品に翳すと、含まれている危険な物質や魔力を無害なものに変えられる魔法が付与される……らしい。

 魔法を付与するための『付与魔法の方陣』ってことか?


「……なるほど、これは確かにセーラントに最も必要なもののようですな」

「迷宮品が集まる場所では、必ず使っていただけると不用意な事故などが減ると思いますので」

「ええ、では早速、このことは領主様に……」

「あ、セーラント公は、既にご存じです。俺が登録したってことだけをご連絡くだされば大丈夫です」


 タクトがセーラント公の名前を出した途端、組合長の動きが止まった。

 そりゃそうだよな。

 でも、組合長は改めてタクトの顔を見て納得したように、左様ですかと微笑んで頷き、では手続きを進めます、と席を立った。


 こいつの話し振りからすると、セーラント公の依頼でこの方陣を作ったみたいにも聞こえた。

 そうか……『仕事で遠出する』って言ってたのは、これのことだったのか。

 セーラントには多くの迷宮品があるから、セーラント公もその対策をしたかったのかもしれない。

 いきなり魔力を吸い上げられるってタクトから聞かされた時は、袋の蓋を全部確認し直したからな……


 でもそれだけだと、別にセーラントにまで来る必要はないか?

 いや、迷宮品がセイリーレにはなさそうだ。

 直轄地に危険物を持ち込めないから、呼んだのかもしれない。



 組合事務所を出て歩き出してから、魔石を買い忘れたことを思い出した。

 まぁ……後でいいか。

 なんか、ずっとモヤモヤが晴れない。

 理由がわからなくて、少し苛立ちも感じる。


「なんか、あったのか?」

 タクトにそう言われ、いつの間にか俯いて歩いていたことに少し驚いた。

 話して愚痴ってしまいたいと思う反面、こいつにだけは知られたくないとも思う。


「ちょっと……な」


 言葉にできたのは、それだけだった。

 少し首を傾げて、それ以上は何も聞いてこない。


 ああ、そうか。

 俺は今、自分が足踏みしていて全く進めないから、それに引け目のようなものを感じているんだ。

 タクトと自分とを比べてとかそういうことじゃなくって、ただ『動けない自分』が情けないんだ。


 こいつに頼まれたことを何もできていないのに、こいつの前にいることが悔しいんだ。


「ガイエス、ちょっと動かないでくれ」

 急にそう言われて、立ち止まった。

 屈んで俺の後ろを……足元で何かをしているようだった。

 身体を捻っても見えない。


 左足がほわっと、温かくなった気がした。

 ……少し、痺れてる?

 いや、そうでもないか。

 まさか歩いていただけで支障が出はじめたのか、と少し焦ったが……怠くないから平気か?


「おい、なんだよ? どうして……」

 俺が不安になってきてそう言うと、あっけらかんとした笑顔で立ち上がった。

「あー、悪い悪い。ちょっとこんなものが付いてて……小さい蛇か、ミミズが足にくっついているのかと思ったからさー」


 一瞬、びくっとしてしまった。

 よくよく見ると、ただの紐の切れ端のようだ。

 蛇とか魔魚の触手とかを想起するような、長くてにょろにょろうねうねするもの……本当にダメだ。

 ……こいつ、ちょっとにやってしたぞ。


「それで、渡したいものって……」

 半分は不意のことに驚いてしまった照れ隠しでそう聞いた。

「あ、そうそう、さっきの方陣のこと。迷宮品にあの方陣で付与したら、あの魔力の強制搾取もなくなるからさ」

 ゆっくり話せるところないかなー、などと言いつつ俺を引っ張る。


 そして、何を思ったのか商人組合の商議場へ入っていく。

 おいおい、そこは魔法師の使える所じゃねぇだろうが。

 案の定、入口で監視員に止められた。

 勝手に入り込んで休む奴がいるから、こういう商議施設は出入りを管理されているんだよ。


「こちらのご利用は、商人組合ご登録の方々のみと……」

「あ、はいはい。これで……いいかな?」

 ちらりと見えた身分証は、やっぱり銀証だった。

「おや、これは失礼致しました。この町の方でなかったので、お顔を存じ上げませんで」

「いいえ、こちらこそ」


 あっさり、席に案内された。しかも……この席、結構格上の個別席だぞ?

 いくら銀証でも、余程商品を登録している商人じゃなけりゃ……

 あ、保存食とか閃光仗とかいろいろあったな、こいつの商品。


「おまえ、商人組合にも入っていたのか」

「千年筆作った時に、入った方がいいって言われてさ。まぁ、いろいろ他にも売ってるから」


 なるほど。

 これからは、千年筆を他の領地でも作って売るからか。

 聖魔法師なのに商人で、菓子を作ってて石を集めさせてる……って、なんなんだろう?

 ますます訳が解らない奴だ。


 飲み物の注文ができる席なのか?

 普通は自分で持ってくるものだと思っていたが……タクトはなんだか初めて聞く『珈琲』って奴をふたり分頼んでいた。

 出て来たのは不思議な色をした飲み物だった。

 牛乳と、タクアートの説明書きに書かれていた珈琲ってのを混ぜて甘めにしたものらしい。


 今、腹は減っていないからな……飲みきれるかどうか……

 ……旨っ!

 甘くてほろ苦くて、旨っ!


 タクトは、さっき魔法師組合に登録した方陣が書かれた金属板を俺に渡した。

 方陣鋼……と言っている。

 金属に、こんなに綺麗な文字で方陣を付与できるのか。


 それに、薄く硝子のようなもので覆っている。

 方陣が消えたり、破損しないようにってことか?

 こういうことができるのは【加工魔法】……だろうな。


 光の剣の時も少し思ったけど、魔法師だけじゃなくて錬成師の職も持っているのかもしれない。

 それなら、鉱石を欲しがるのも解る。

 説明を聞くと、この方陣を迷宮品に翳すと危険物を無効化できる魔法が付与されるらしい。


「魔法が付与できる、方陣なのか?」

「ああ。迷宮品にはかなり危ないものがあって、それを無効化するためのものだ」


 無効化……って、聖魔法だよな?

 そうか、こいつの浄化とその聖魔法を合わせて付与しているから、殲滅光なんてものができたんだな。

 聖魔法が付与できるなんて、随分段位が高い【付与魔法】なんだろう。


「まぁ……全種に有効とは言えないが」

 そりゃそうだろう。

 何もかもを無効化できる魔法ってのは、流石に聞いたことがない。

「取り出した途端に爆発するものだって有るだろうから」


 え?

 危ないものって……そういうことなのか?

 毒とかかと思ったんだが……あれ?

 あったよなぁ、掘り出した奴で……いきなり爆ぜた奴。

 爆発……ってそういうことだよな?

 恐る恐る、俺は確認するように聞いてみた。


「迷宮から掘り出した奴をうっかり落とした時に、水の中なのに……爆発したのがあった」

 タクトの表情に驚きが浮かび、早口になる。

「どんな形のものだ? 部品とか、覚えてるか?」

「部品……」


 確か、あの指に引っかかった小さい部品、持っていたはずだ。

 あ、あった。


「ああ、これがその一部だけど……」


 それを見せると、明らかにタクトの顔色が変わる。

 どんな形のものだったかと聞かれたので、だいたいの形とかを教えたらもっと青ざめた感じになった。

 だが、努めて冷静であるように話し出す。


「それ、爆薬が入っていた『榴弾りゅうだん』って奴だな。よかったなー、水中での爆発程度で済んで……下手へたしたら手が千切れたり、足が吹っ飛んだりしていたぞ?」

「え……?」


 そんなものだとは思わなかった。

 でも確かに、とんでもない威力だった。

 岩の階層が抜けたくらいだもんなぁ。


「榴弾は、人を殺すための武器だからな。そういうのを、無効化する魔法なんだよ。迷宮で掘り返す前にこの方陣鋼を翳して魔力を通せ。青く光ったら掘り出しても多分、大丈夫だから」


 そして、今持っている奴を無効化しちゃうから全部出せ、と言うので、慌てていくつもの袋に詰め込んで持っていたものを出していく。

 中身を見ずに袋ごと取り出したので、あの石板とかタルフの教会から持ち帰った本まで出してしまった。

 迷宮品だけでよかったのに。


「石板っ? あーっ! 何これっ! 本もあるっ!」


 声が、デカイ。

 周りが何も反応していないから……消音の魔道具が働いているのか。


「どこ行ってたんだよおまえーーーーっ!」


 どこって……言ったらまずいよなぁ……




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『カリグラファーの美文字異世界生活』第439話とリンクしております。

 別視点の物語も、是非w 

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