弐第60話 ストレステ東側の島-1

 皇国やストレステの東側は、海が広がるばかりで大きな大陸は見えない。

 だが、島は点在していて大半は無人島と言われている。

 皇国でも全ての島を確かめたわけではないっていうのは、魔魚が多く出没する海域を通らなくてはならないからだろう。

 今後、高速魔導船が使われれば、今俺がいるこの島の辺りまでなら来るようになるかもしれない。


 ストレステ東側と言っても、少し南寄りなのでガストーゼ山脈の国境門から東って感じの位置かもしれない。

 ここから皇国が見えるわけではないから、確かめようもないが。

 東の小大陸近くの無人島ばかり見てきたからか、この島のように樹木が少ないところは変な感じだ。

 疎らな背の低い木々の間に土と草が所々あり、黒っぽい岩がごつごつとしている。

 ……この岩、取っておこうかな。


 山と言えるようなものは見当たらず、緩やかな起伏の地面に突き出たように……いや、突き刺さっているかのように岩が顔を覗かせている。

 暫く歩くと、ようやく森らしきものが見えてきた。

 その森に近付くと、つん、と嫌な臭いがする。

 何かが腐ったような、不快な臭いだ。


 我慢ができなくなって、光の剣の『殲滅光』を起動させる。

 ……うん、臭いが和らいで殆どなくなった。

 これ、本当に辺りを浄化しているんだな。

 獣の臭いを感じ取れなくなるっていう危険もありそうだが、どのみちあの腐敗臭ではその他の生物の臭いなど解らん。


 森といっても木が密集しているわけではない。随分と間が開いていて明るい森だ。

 ……だが、新しい木が育っているという感じでもない。所々、毒鑑定に引っかかる場所がある。魔虫の毒だ。

 この森の木々は、すっかり魔虫の住処になっているのだろう。

 木の枝に鳥の姿が見える。懸命に木のうろを穿り返すように嘴を突っ込んでいる。

 この森は魔虫と魔鳥の巣……か。


 その時、魔鳥が一斉に飛び立った。

 ざざざっ、と木々の枝が揺れ動き、魔鳥の群れが上空へと舞い上がる。

 群れたまま島の上を旋回し、更に森の奥へと消えていく。

 口と鼻を布で覆っているけど、辺りには毒が漂っているだろう。

 魔鳥が留まっていた木の付近に、岩が盛り上がっている場所があった。


 ……どうやら、下へ伸びる洞穴のようだな


 入口は、俺が立って入れるくらいの大きさだ。

 迷宮かもしれない。

 どくん、と心臓が脈打ち、自分が興奮しているのが解る。

 でも以前と違うのは……同時に恐怖も感じている。


 ゆっくり、足を踏み入れる。

『殲滅光』の青い光が迷宮の壁にあたり、壁が少しキラキラと反射しているようだ。

 入口付近に『門』の札も貼り付けておく。

 どこまで続くか解らない暗闇に、鼓動が早くなる。


 何が有るのだろうか、どこかへ続いているのだろうか、何が……いるのだろうか。



 いくつかの分岐があり、小部屋が続いている。どうやら『階層型』の迷宮だ。

 入ってすぐには何もいなかったが、降りていくにしたがって多足の魔虫が増えていく。壁をうぞうぞと歩き、所々に溜まっている姿はかなり気持ち悪い。


 シータベル大陸やその近くでは、魔虫と言えば羽根が生えていて毒の体毛を持つものだけだった。

 たまに蟻のような魔虫がいることもあったが、種類は少なくてストレステで一、二種類いるのを見ただけだった。

 だが、東の小大陸や無人島には信じられないくらい『虫』が多い。


 むしろ『獣』が少なく、大きくても魔狼の仲間と思われる魔赤鬣ませきようというたてがみだけが赤い中型の獣が精々だ。

 魔虎まこ魔獰犀まどうせいなど見たこともないと、カシナの冒険者組合でも言われたのを思い出した。

 今のところ、一番大きなものは海にいる魔海驢まかいろだろう。


 たぶんその魔虫共にも個々に名前がありそうだが……大半は気持ち悪くて、確かめていない。

 カシナで聞いたものも、町などの近くにいる魔線虫ませんちゅう魔凍蟻まとうぎなどのごく僅かな種類だけだ。

 ここにいるような多足の魔虫は……初めて見る。炎熱で焼いてみたが、蟻と一緒でなかなか焼けないようだ。


 洞内はあまり湿度がなく、温度も高くないので南の迷宮とは随分と様子が違う。

 横に広がると言うより、深く潜る感じなのはストレステの迷宮を思い出す。

 ごつごつした岩場のような足下はかなり歩きづらいが、どんどんと中が広くなっている。



 何階層か降りて、魔力が感じられた部屋のひとつを覗いた時に思わず、ぎょっとした。

 多足の魔虫が集っているのが、何匹もの魔赤鬣ませきようだった。

 まだこの先にかなり続いていそうだというのに、魔赤鬣ませきようがここで殺されているという事は……この先には、こいつよりデカイのがいるって事か?


 こんな乾いた所に魔海驢まかいろはいないだろう。

 だとしたら、全く見たことのない大型の魔獣……?

 息を吞んだ俺の右側に、気配を感じた。


 なにか、いる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る