弐第50話 エイエストから北側の森へ

 魔法師組合で少し金を引き出そうと、受付に依頼したらこれだけでいいんですか?と尋ねられた。

 ……方陣札が結構売れているみたいで、売上金が毎日増えているからすぐに口座がいっぱいになるかもと言われた。


「口座の預かり金額って増やせないのか?」

「一等位魔法師でしたら、かなりの金額までお預かりできますけど、一等位試験って帰化なさった方は……受けられないんですよ」

 そうだったのか。

 俺くらいじゃ受からないだろうから、受ける気はないが。

「それに、もし受けることができるとなっても、一等位魔法師は国外に出るのに制限が付くんです。冒険者ですと、かなりご不自由かと」


 それは、絶対にダメだな!

 折角オルツから自由に方陣門で移動できるってのに、制限なんかされたくない。

 帰化民は受けられなくて助かったなっ!


 仕方ないので方陣門で移動と越領をして……王都の魔法師組合で引き出し、中央役所口座に預けにいった。

 こっちは制限はないのかと確認したら、一度の引き出し金額に制限はあるが、預け入れに制限はないという。

 そりゃ、助かる。

 ……金があり過ぎて困る日が来るなんて、思ってもいなかった。

 何があるか解らねぇな、人生って。



 エイエストに戻り宿の部屋で一息ついた時に、この間何も送っていないのにタクトから届いていたものがあったのを思い出した。

『祝い飴』?

 えっと、セーラム卿の婚約者の懐妊祝い……?

 どうしてセイリーレのタクトが、セーラム卿の祝いをするんだ?


 あ、そうか、セイリーレの衛兵隊長官だからか。

 あそこ、直轄地で領主がいないんだもんな。

 一番上の貴族っていったら、セーラム卿になるからってことなのか。


 ……飴?

 花、だよな、これ。

 この金色の奴が飴なのかな?


 ……


 うまぁ……っ!

 なにこれ、蜂蜜とも違うし、でもめちゃくちゃ甘くてうまーーい。

 なんだか今までの菓子とちょっと違う感じだけど、この金色の飴もすげー好きだなー。

 とっといて、大事に食べようかな。

 飴って、ずっと口の中が甘くていいよなー。



 翌日、少し北にあるドムアンという町に向かった。

 コーエト大河に流れ込むセトイーゼ川の沿岸にある『橋』がかかっている町だ。

 このセトイーゼという川は、ベガイート山脈からウラク・マントーエルを横切る川だ。


 その川にかかる唯一の巨大な橋は、ハウエクセム家門の初代当主が血統魔法で造ったのだという。

 この橋は今でも交通のために使われてはいるが、殆どの町から方陣門や馬車方陣があるので歩いて渡るものは少ない。

 渡ったピエト街区には徒歩では辿り着ける町がなく、小さい村があるだけらしい。


 エイエストから馬車方陣で行こうと思っていたのだが、カバロが走りたがったのでドムアンまで……かなりの距離を走ることになった。

 この辺りはまだ、ロンドストに似てあまり起伏がない。

 セトイーゼ川を越えるまでは、馬で走りやすい地形が多いようだ。


 ウラクは、ロンドストよりは『道』がある。

 この辺りは人通りもあるみたいだから、小さい村とかもあるのかと思ったのだが……全然ない。

 歩いていたら、絶対に夕暮れまでにドムアンには辿り着けないだろう。

 暫く行くと森の入口のような場所に差し掛かったので、一度休憩しつつ食事をする事にした。


 道から少し外れた場所でカバロに水をやり、休憩しているとすれ違う奴等がチラチラとこちらを見ながら忍び笑いを漏らす。

 なんなんだ?

 中には呆れたような顔をする奴まで。

 感じ悪いな……なんかあるのか?


 森に入り、道なりに進んでいく。

 視界が開けた、と思ったらすぐ正面が崖になっていた。

 左右を確認したら、左に少し降りたところに下へと続く細い階段がある。


 崖の下を覗いてみると、その階段を下りきった谷の底に村らしきものがあった。

 そしてその村から向かい側への階段が延び、今俺がいる正面当たりに続く道へと登れるようだった。


 なるほど……馬じゃ無理な行程なのに、何も知らないで騎乗してきた奴がいるってんで嘲笑していたという訳か。

 確かに、この細い階段は馬では通れない幅だし、こんな急坂絶対に無理だな。


「にぃさん、なんも知らんで来よったね?」

 声をかけてきたのは、灰色の髪で年配の男だ。

 爺さん……というほどではないが。


「ここから先には、馬じゃ無理だ。引き返すにも、今からだと夜になっても町には戻れんよ。どうだい? 馬、買ってやるぞ?」

 にやにやと親切そうに話しかけてくるが、安く買いたたいて他の奴に売る気なのだろう。

 ここへ登ってくる、エイエストに行く奴に売りつけるのだろうな。


「売る気はない」

「でも、ここからどうやっても向こうへ渡るにゃ、一度下に降りにゃならんぞ。馬では無理だ」

「……降りないよ」


 俺の言葉に、おっさんは笑いを漏らす。

 引き返す、と思ったのだろうか。

 村の辺りはかなり谷の幅が広くなっているが、今居る所はたいして距離はない。

 俺は眼鏡をかけ、『遠視の方陣』で向こう側を『視る』とカバロの背から降りた。


「やれやれ、強情張っても駄目だと解ったやろ? えーと、この馬だったら……」

「売らないと言っている」

「へ?」

 ぶぉっふぉんっ


 なんだか得意気な鼻息を漏らすカバロの馬具に魔石を取り付け終わると、即座に『門』を開く。

 おっさんの目が、やたらでかくなった。

 ……ストレステでよく見た顔だ。


 そのまま、カバロを引いてあちら側へと繋がった『門』を通り抜け、閉じる。

 おっさんが何か言っているようだが、既に対岸の俺達には殆ど聞こえない。

 うーん、やっぱり『遠見』だけで移動すると、この程度の距離でカバロの魔石が六個も必要なのか。

 あまり遠くまでは、止めておいた方が安全だな。

 そうか、最初に俺だけで移動して、完全に覚えてからカバロを動かせばいいのか。


 谷底の村ってのも興味はあったけど、今日のところはやめておこう。

 絶対にあの村の宿には、厩舎がなさそうだからなぁ。

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