弐第51話 ドムアン

 ドムアンの町には、崖を飛び越えてから一刻間も経たずに辿り着いた。

 馬車方陣のある町だから、ここならば厩舎のある宿があるはずだ。

 町には外壁はなく、ぐるりと町を囲むように低木が植えられている。

 そして、町の北西側に大きな橋が見えた。


 凄いな……四頭立ての馬車が、横に六台くらい並びそうな程の幅がある橋だ。

 でも、渡っている馬車はいない。

 もうすぐ夕刻だからだろうが。


 宿はすぐに見つかり、カバロも厩舎をお気に召したらしい。

 まだ暗くなるには少し時間があるので、町を歩いてみる。

 町中のあちこち、普通なら石を積み上げた壁で仕切っていそうな場所まで全部、緑の葉がびっしりと茂った植物で区切られている。

 川が近くて水が豊富だから、北の領地でも植物が多いってことなのか。


 教会があったので、久し振りに司書室に行ってみようと中に入った。

 司書室は結構広くて、何人か本を読んでいる。

 えーと、方陣関連の本……お、古代文字の本がまとめられているみたいだ。

 古代文字の本の方が、いい方陣が載っていることが多いんだよな。


 何冊か取り出して卓に上に積み上げ、次々とめくっていく。

 方陣はいくつも載っているのだが、俺の持っているものばかりでなかなか新しいものはない。

 五冊目を眺めていて、やっと見たことのない方陣を見つけた。


 古代文字の対応表を見て、呪文じゅぶんを読んでいく。

 ……えーと、冷たい?

 いや、寒い?

 空……じゃないな。

 風、だ……風の魔法か。

 よし、これだけでも解ったら使えるかな。


 掌を上に向けて方陣札を載せ、少しだけ発動してみる。

 ぶわっ、と風が天井に向かって吹き、慌てて札を折りたたんだ。

 吃驚した……室内でやっちゃ駄目だな。

 これっぱかりの魔力でこんなに強い……冷たい……?

 冷風?

 熱風の魔法があるって聞いたことがあるから、冷風の魔法があってもおかしくないか。

 風の温度が変わるなら、きっと中位魔法だな!


 余分で要らない文字を消して、呪文じゅぶんをなるべく簡潔に書いたら魔力節約できるよな。

 面白い物が手に入ったぞ。

 中位の方陣なんて少ないから、ツいてたな!


 ついでに熱風もないかと思って他の本も見たが、そうそう上手くはいかない。

 その他にあったのは、ごく普通の並位魔法である『火炎の方陣』だ。

 だけど、これきっと燻製肉を焼いて食べる時に便利だ。


『炎熱/緑』だと、スカスカのぽろぽろになっちまって食べられなくなるからなぁ。

 だけど『灯火の方陣』じゃ弱すぎたから、火炎は大歓迎だ。

 やっぱり、皇国の教会ってのはいい本が置いてあるよな。


 皇国の魔具屋って、火炎の方陣どころか『攻撃』に使えそうなものが一切ない。

 魔法師組合に行っても、冒険者組合でも売っていない徹底ぶりだ。

 獲得している者が多いから、方陣でそんなものを描こうと思わないのかもしれない。


 教会を出ると、西の空は夕焼けで橙色に染まっていた。

 食堂にでも入ろうと辺りを見回すと、シシ肉焼きと書かれた店があった。

 ふらりとその店に入って席に着く。

 シシ肉を塩と胡椒で焼いただけっていうのは久し振りだが、結構好きなんだよな。


 出てきたものは……あれ?

 なんだか赤いぞ?

 キアマトでの思い出が蘇る。

 恐る恐る一口、口に含むと……辛ーーーーーーっ!

 痛ぇーーーーっ!


 赤い所、全部めちゃくちゃ辛い!

 辛いのはこいつだろうと赤い粉末を刮げ落として、もう一口。

 食べられるけど、やっぱり辛い……旨いけど辛過ぎだ。


 一緒に出て来た芋でなんとか辛味を誤魔化しながら食べきったけど、肉の三倍くらい芋を食べた気がする。

 腹がパンパンで苦しい……しかも腹と口の中が熱い。

 もしかしてウラクの料理は、辛いものが多いのだろうか?

 だとしたら、かなり辛い旅になりそうだ……


 店を出た途端、口の中を水ですすいであの金色の飴を放り込んだのは言うまでもない。

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