弐第49話 エイエスト-3

 取り敢えず、怖がる必要がないことだけは解ってもらえたようなので、一緒に教会に行くことにした。

 ……なんだか、必要以上に関わっている気がするが……なんとなくこのままにしておけなくなってしまった。

 俺が力になれることなんて、全くないとは思うのだが。


 宿からそう離れていない場所に、教会と魔法師組合が並んでいた。

 俺は教会の中までは入らず、彼等だけで手続きした方がいいんじゃないかと思ったのだがどうしても付いてきてくれと頼まれてしまった。

 まだ不安なのかねぇ……俺より年上なんだから、頑張ってくれよ。

 でもまぁ、俺が焚き付けた感じになっているから、仕方ないかもしれん。


 教会に入り、神官に司祭様を呼んでもらう。

 どうせ話すなら、一番上に話した方がいいだろう。

 ふたりはまさか司祭を呼び出すと思わなかったのか、大丈夫なのかとオロオロしだす。

 ……あんた達、ビクビクし過ぎだよ。



「初めまして、ですよね? マーセウテスと申します」

「俺はガイエス、という。このふたりの付き添いで来ただけなんだが……彼等の帰化のことで相談したくて」

 そう言って、俺は身分証をマーセウテス司祭に提示した。

 身分証を確認した司祭は、少しだけ瞬きをしたが特に何を言うでもなく軽く会釈をする。


「君も帰化民なのですね。お知り合いなのですか?」

「いや、さっきそこの食堂で会ったばかりだ」


 ではどうして、と首を傾げる司祭に、他国出身者達が教会というもの自体に怯えていて、皇国の教会のことを知らずに恐れているということなどを伝えたら、もの凄く衝撃を受けているようだった。


「そ、そうだったのですか……! 実はずっと不思議だったのです。どうして他国出身の方々は、わたくし達司祭や神官達の姿を見るだけでそそくさと逃げるようになさるのか」

「他国では一番信用できないのが、教会と貴族と衛兵だからな。この国では全く違うってことが、信じられない奴の方が多いと思う」


 自分達より身分階位が上だと解っているのに、不用意に話したりしたら『不敬罪』などと言われて捕らえられる国だってあったのだから余計だろう。

 そして他国の教会で当たり前のように隷属契約が行われていると言った俺の言葉に、マーセウテス司祭は更に落ち込んでしまったようだ。


「……失礼しました。まさかそんな信じられないようなことが、他国では行われていたとは……道理で加護などなくなるはずですね」

 気を取り直したのか大きく息を吐き、姿勢を正す司祭にふたりも自然と背筋が伸びる。

「では、お話を伺わせてください」


 ふたりはまだ心から信用はしていないのかもしれないが、自分達のことを少しずつ話し始めた。

 名前はガウムエスとエーテナム、何人かの仲間と一緒にミウーアからアイソル国へ行ったが男性蔑視が酷く、なんとか脱出してドムトエンに渡ったそうだ。

 だが、そこでも働くことができずに西側から船でアーサス教国に入国して働き始めたのだそうだ。

 昔はミウーアの港からアイソルへも船が出ていたのか……知らなかったな。


 彼等は身分証の他に、自分達がアーサスから皇国に入ったことを証明できるものがあの『雇用契約書』ともう一通の書類しかない……といって差し出す。

 その時、エーテナムの外套からころころっと、あの赤い蛙が卓の上に転がった。


「あっ、すみませんっ!」

「おや、赤い……蛙、ですか。へぇ、面白いものをお持ちですねぇ」

「『お守り』と言われたんで、衣囊に入れていたんですが……」

「なるほどー。はははは、可愛いですねぇ」


 可愛い……のか、蛙って。

 いや、小さいから、か。

 この司祭も蛙好きなんだろうか……

 皇国人って、変なものが好きな人が多いな。


 渡された二通の書類をじっくり読んで、マーセウテス司祭はうん、うん、と頷く。

 鑑定板に置かれていた彼等の身分証を返して、ふたりの顔を見ながら微笑む。


「充分ですよ。犯罪歴もありませんし、アーサスから皇国に入ってきた理由も明確だし、言葉や文字にもご不自由はなさそうですしね」

 やっと、ふたりがほっとした顔を見せた。


「魔力も千を越えていらっしゃいますから、問題なく帰化手続きができますよ」

「え、魔力量も関係するのか?」

「そうですよ、ガウムエスさん。皇国では魔力が千以下ですと、正直言って生活するのも大変ですし、仕事もできませんからねぇ。千以下の場合は必ず保証人が必要なのですよ」


 その後、書類を全て整えてくれて、役所に行けば手続きをしてもらえますよ、と思っていたよりあっさりと教会の承認がもらえた。

 この承認はなくても問題ないのだが、その場合は身元引受人が必要だそうだ。


 ただ、手続き完了には十日くらいかかるから、その間はこの町からは出られないと言われた。

 ふたりも拍子抜けだったのか、本当にこれだけなのかと何度も司祭に確認していたほどだ。


 ん?

 今の在籍がミウーアってことは、流民なのにすぐに帰化できるのか?

 あ、隷位じゃないからか?

 いや、皇国内での就業実績があるからかもしれないな。

 五年以上、この国で働いていた訳だし。


 後ろで見ていて、俺の知らないことが結構あった。

 ……俺の時は、本当に特別だったんだなぁ……

 ふたりはそのまま役所に行くと言っていたから、俺は魔法師組合へ寄ってみることにした。

 何度も礼を言われたが、本当にただ連れて行っただけなのでどう返していいか解らない。


 役所に入っていくふたりの足取りは、随分と軽やかに思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る