弐第48話 エイエスト-2
「あの……ありがとうございました。俺達、なんも知らなくて……」
赤い瞳のふたり……いや、ひとりはそんなに赤という訳ではなくて茶色っぽいな。
ひとりは少し落胆したような、もうひとりは安心したような表情だ。
茶色の瞳の人は、あのバントスっておっさんを胡散臭いとでも思っていたのだろうか。
タセイームさんは邪魔をしてごめんね、と言いつつ彼等に教会に行くように勧める。
ふたりは……かなり躊躇している。
当然かもしれない。
皇国に来る前は『教会なんてただ人を支配するだけの場所だ』『貴族のためだけのものだ』と思っている奴に何人も会った。
俺は司書室目当てで通ってはいたが、信用しているという訳ではなかったし冒険者達は嫌っている奴が殆どだった。
「<この国の教会は、マイウリアともガエスタとも違う。賤棄すら、人に戻せる司祭がいる。他国人よりは信用できる>」
俺がマイウリア語で話しかけると、ばっ、と顔を上げる。
「<……あんた、その言葉……!>」
「<ふたりだけで、この国に来たのか?>」
「<俺達、元々はアーサスの商人に雇われて働いていたんだ。で、その商人に連れられてまだ陸路で入国できる頃、皇国に来た。王都の近くで働いていたんだけど、そいつがこの国での商売に失敗して、逃げ出しちまった>」
そしてアーサスに戻った方がいいかもしれないとウラクまで来たが、既に国境が閉鎖されていることを知らず、身動きが取れなくなったそうだ。
日雇いなどで働いていたらしいが、蓄えも底をついてきて『兵団』に入れば仕事に不自由しないと聞いたのだという。
「<兵団に入るなら、紹介してくれる人がいるからって……>」
「<ああ、兵団に入れれば皇国籍が取れるって言われた>」
マイウリアがなくなったのは、去年の秋だ。
皇国内にいるマイウリア人には知らされてあったはずだが、もしかしてその雇い主って奴が伝えていなかったのか?
でも、もし伝えられていたのだとしても、彼等がその手続きに行かなかったのかもしれない。
だとしたらきっと、教会で言いくるめられて、隷属させられることが怖かったんだと思う。
「……ガイエスくん、彼等はなんと言っているのかなぁ? 教会……行くって?」
「他国では、教会ってのは一番信用できない場所なんだ。皇国と違って、隷属契約をさせられる場所としか思っていない奴も多いから」
「えええーーっ? そうなのかぁ……でもなぁ、タルフの人なら、教会で保護してもらえると思うんだよ」
え? タルフ?
「タセイームさん、あんた、タルフ語が判るのか?」
「意味は殆ど判らないけどね。でも、ついこの間、タルフに行ってきた時に聞いた言葉と同じだと思ったんだけど……」
そうか。
皇国では、マイウリア人が多くいたとしても、マイウリア語が全く通じないと知っているから必ず皇国語を使う。
それに、皇国の商人がマイウリアに行ったとしても、皇国語で取引していたはずだ。
タルフでも、皇国語でしか取引していなかったように。
だが、魔導船の中でタルフ語を話していた奴がいたように、マイウリア語よりタルフ語の方が商人達は接することが多いのかもしれない。
だとしたら、俺が今話していた『マイウリア語』も、皇国人には『タルフ語』で認識されているってことなのか。
「<……ちょっと、俺と話さないか? 部屋を取っているから、そこで>」
「<話すって、何を>」
気持ちは判るから、無理強いはしない。
俺はかなりツいていただけで、このふたりに当て嵌まるとは限らない。
もしかしたら魔法師じゃなければ、皇国だって他の国々と変わらない態度かもしれない。
でも、俺の知っていることは……伝えておいた方がいいんじゃないだろうか。
あ、部屋に上がる前に、蛙の人に礼を言っておこう。
あの変なおっさんに絡まれてたところを、助けてもらったからな。
鬱陶しかったんで、本当に助かった。
「そんなことは構わないよ。僕は君に、随分助けてもらったからね。彼等と話すなら、教会に行ってくれるように話してくれるかい?」
「ああ」
役所に行くよりは、先に教会に行った方がいいだろう。
「あ、そうだ、君達」
振り向いたふたりに、タセイームはあの『蛙』を握らせた。
「これ、お守りだから持っててね。幸運を祈っている。ここで会えたのも神々のお導きだと思うしね!」
赤い蛙……って、ちょっと毒でもありそうに見える。
渡されたふたりも、きょとんとしている。
オルツ港では、俺もきっとあんな表情だったんだろう。
部屋に入って、俺はまずこの国の教会のことを話した。
恐れる必要も怯える必要もないということ、むしろ、ふたりを助けてくれる可能性があり、その方が皇国籍が取りやすくなる確率が高いだろうということ。
皇国の教会では、賤棄の契約は一切行われていないということ。
「<じゃあ、やっぱり賤棄っていないのか>」
「<皇国では隷位奴隷も見たことなかったし、話も聞いたことなかったんだけど……信じられなかった>」
「<アーサスにもいたのか?>」
「<ああ。表向きは禁止してても、金持ちでは飼っている奴は何人かいた>」
商人達ってことか?
それとも、そういうことを平気でする貴族がいたんだろうか?
「<アーサスは貴族っていう階級はなくて、教会の奴等が政治も何もかも主導権を握っているんだ。あの国は、まともに魔法を使えるのが神官以上だけだからな>」
「<じゃあ、賤棄や隷位奴隷を持っているのって……>」
「<……殆どが教会の奴等だよ>」
そうか、それで余計に教会ってものに嫌悪感があるってことか。
教会に賄賂を渡して、賤棄を所有している金持ちもいるらしい……
皇国が知ったら、怒りまくるだろうな。
いや、何も言わずに即、断交かな。
こうしてみると賤棄関連に関しては、まだストレステの方がマシだったのかもしれない。
あ、だから皇国は細々とはいえ、交易をしているのか。
「<俺達『教会で奉仕』しなくちゃ、皇国籍は取れないって聞いたから……絶対に『隷属契約』だと思ったんだ……>」
「<……皇国では、隷位の者に国籍は取れない。そう言ったのは、アーサスの雇い主か?>」
彼等は頷いて、まだ持っていたアーサス商人との『雇用契約書』を見せてくれた。
よかった……破棄できない契約では、ないみたいだ。
契約期間が『三十一歳から十年間』のようだ。
成人後、一番最初に仕事先との契約ができる最長が五年間だと言うから、彼等は二度目の契約で、十年間契約ができたのだろう。
……あれ?
こいつら、俺より随分年上だな?
「<あんた達……皇国に来て何年だ?>」
「<八年だな。契約はあと一年残っているんだが……これ、持っていても意味はないよな>」
あの黄色頭、俺をこいつ等と同じくらいだと思ったってことだよな。
本当に、人を見る目が全くなかったみたいだ。
まぁ……今までのことを考えれば、十年くらいは許容範囲か。
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