弐第42話 王都中央区-6

 宿の前まで『門』で戻って、カバロを厩舎に預けた。

 厩舎番が『お帰りなさぁい!』なんて、大歓迎だ。

 ……本当に、何をしたらああも気に入られるんだか……


 そろそろ西の空が赤味を帯びてきそうな頃、俺はコデーオ商会へと馬寄のある入口から足を踏み入れた。

『門』で移動するのに、人通りがあまりなくて都合がよかったからだ。


 お待ちしておりましたよぉーと、店員……いや、結構上の人なのかな?

 艶のある生地の制服を来た店長風の男が、できあがった馬具を差し出す。

 そして、ご一緒にお使いください……などと、布製の小袋を渡された。


 これも『タルフの赤』だ。

 もしかしたら、この『赤』のことが知れ渡る前に少しでも処分したくて、買い物客に配っているのだろうか。

 店内を見回すと、さっき以上にやたらと赤い物が目立つ。


「すまないな、もうすぐ閉店なのだろう?」

「当店は、あと一刻間ほどは開いておりますよ。お気になさらず」

 冬場なのに、天光の入りまで店を開けているのか……商売熱心だな。


 品物を受け取って大通りへの正面出口から出ようとしたら、店員に止められた。

「お客様、馬でお越しではないのですか?」

「暗くなりそうだから、宿に置いてきた」

「左様でしたか。それではお送り致しますよ、宿まで……」

「近くだから必要ない」


 会長の知り合いだと思われているからか、やたらと丁寧だな。

 ではまたのお越しを……と、頭を下げる店員に軽く返事をして店を出る。

 さて、このまま憲兵事務所へでも行こうか。


 歩き出した俺の後ろを、距離をあけて付いてくる奴がいる。

 俺の宿でも確かめたいのか?

 ちょっと鬱陶しい……

 脇道への角を曲がって、すぐに方陣門で魔法師組合の前へ移動した。

 憲兵事務所は、このふたつ隣だ。



 事務所に入り、確認したいことがあるというとすぐに幾人かの憲兵が出て来た。

 昨日、俺の身分証……というか、身分証入れを見せた憲兵もいる。

 これは話が早いかもしれない。


「実は、ある商会で買ったものが触書が回っているはずの『毒染料』じゃないかと思って、確認したいんだが」

「……何故、染料の毒のことを君が?」

「セーラントのオルツで、司祭様から聞いた。タルフの『赤』と『黄』に魔毒が使われていると」


 真っ赤なあの小物入れを取り出した。

 取り敢えず先にこちらを見せて、確認してもらうことにする。

 これがなかったらあの真っ赤な手綱でも見せようと思ってたが、これなら没収になったって構わないから貰えたのは好都合だった。


「君の身分証を見せてもらってもいいかな?」

 そう言われ首の鎖を手繰るが、手袋をしていたままだったのでうまく掴めない。

 毒染料に触りたくなくて『浄化の方陣』を描いた手袋していたんだよな。


 手袋を外して、身分証を取り出す。

 鑑定板の上に置いて、確認してもらうと……憲兵達の背筋がピン、と伸びた。

 絶対にあの『称号』のせいだろうなぁ。


「ありがとうございます。それで、こちらの袋が毒染料とどうしてお解りになったのかお聞かせください」

「『毒物鑑定の方陣』で見てもらえるか? すぐに判ると思う」


 彼等に方陣札を渡し、視てもらうと互いに視線を合わせて軽く頷く。

 俺は手に入れた経緯を説明した。

 コデーオに初めて会った時に渡された、名前と住所の書かれた紙を見せながら……買った馬具まで赤いとは、言わずに。


「……不自然に赤い物が多く売られていた……と?」

「ああ、店中……ってほどではなかったが、一角が真っ赤で目がチカチカするくらいだった」

「確かに毒染料についての触書は回っております。すぐにでも、コデーオへ参りましょう」

「頼むよ。ああ、一応ちゃんと浄化すると、どうなるかだけは見ておいてくれ」


 浄化してあるって言い張られると面倒だからな。

 おそらく『鑑定の方陣』だけだと、難癖を付けられそうだ。

 俺は『浄化の方陣』を使って、その赤い小袋を浄化して見せた。

 やたら発色がよかった赤色が、薄赤になり、布自体が銀糸を纏った輝きに変わる。

 憲兵達から、感嘆の声が漏れる。


「天光で褪色しないタルフの赤は、現時点では全て毒だとセラフィラントの司祭様が教えてくれた。この『浄化の方陣』を使って色が変わる物を売っていたら、それは全部毒物だ。なるべく触らない方がいい」

「解りました。感謝致しますぞ、ガイエス殿!」


「コデーオ会長が、この赤を成功させたのはコデーオ商会だけで、特定の取引先にだけしか卸していないって言ってたから、その取引先っていうのも調べてくれ」

「何から何まで、お手数おかけ致しました。正直、あの染料の見分けが既存のものと区別しづらくて難航しておったのです。毒物の見本として我々の手元にあったのが染料そのものだけで、染め上げた時に材質によって変化してしまうのか鑑定が不確かで困っておりました」

「手助けできたのなら、よかった」


 俺も手巾と、毒じゃない肩布の色の違いは見ただけでは解らなかったもんな。

 時間が経たないと、やっぱり色味だけでも解りづらいのかもしれない。

 それに、確か蛙の人も糸は金赤で落ち着いたって言ってたから、材質でもかなり変わるのかだろうな。


「ガイエス殿の方陣札を、お売りいただけるだろうか?」

「ああ、ここで描いて渡す。魔法師組合にも置いてもらうから、次からはそいつを買ってくれ」

「重ね重ね……なんと感謝していいか。ありがとうございます」


 俺は彼等の目の前で、何枚かの方陣札を描いた。

 おー、この千年筆って、すげー描きやすいなぁ!


 ……調子に乗って随分書いてしまった……ま、いいか。

 青い色墨はあまり使ったことがなかったが、綺麗だな、これ。


 憲兵達に見送られ、俺はそのまま魔法師組合へ。

 そろそろ閉める時間だろうから嫌がられるかと思ったら、昨日の受付のおじさんがにこやかに迎えてくれた。

 ちょっと気持ち悪いくらいに、笑顔なんだが?


「いやぁ、ガイエスさんの方陣で浄化した布、わたし、昨日買いましてねぇ」

「あの露店で?」

「ええ! 目の前で方陣札を使って浄化してくれましたから、ガイエスさんの方陣だって解ったんですよ。あの辺りの店は結構いい物が安く買えるんで、最近人気だったんですが、いやぁ、あの布は素晴らしいですよ! あ、妻が裁縫が好きでしてね。買っていってやったら、そりゃあ喜びましてぇ」


 そうか、夫婦円満でよろしいことだ。

 それで機嫌がいいのか。


「一緒にもらった蛙の護り石も、娘が気に入って」

 ……蛙の人、商売上手いな。

「『浄化布』で作ってくれた手巾が、もの凄く手触りが良いんですよぉ」

 それはよかったが……俺の用事も済ませていいかな?

 腹が減ってきて、早めに食堂に行きたいんだが……


 その後、四半刻くらい話に付き合わされたが、合間に方陣札を描けたからよしとしよう……

 ご機嫌なおじさんにその札を預けて、また明日持ってくるから、と魔法師組合を出た。

 腹減ったー。


 外に出ると、昨日はいっぱいだった『伝統的な料理』を出す店で席が空いているみたいだった。

 食べたことないから、一度はその『伝統』って奴を食べてみようか。


 出て来た料理は……確かに、まずくはない。

 まずくはないのだが……取り立てて旨くも、ない。

 うん、いつもの、が、いいな。

 こそっと胡椒をかけて、なんとか食べきった。


 でも、パンはちょっとだけ柔らかかった。

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