弐第28話 ウフツ・王城

「さて……これで御依頼は完了ですね。戻りましょうか、皆様」


 笑顔の司祭様と神官達を囲み、いつの間にか完璧な隊列を組む護衛達おれたち

 当然、アイソルの兵士達は大慌てだ。


「お、お待ちくださいっ! せめて、国王に……いえ、挨拶を……!」

 自分達の王を、司祭より『格下』と言ってまで引き留めたいとは、この国もなんか企んでいるってことだよなぁ。

 だが、このお誘いにも司祭様は難色を示す。


「わたくし達が手を差しのべるべき方々はもうおりませんし、これ以上の滞在はむしろご迷惑になりますわ」

「とんでもございませんっ! どうか、是非とも王城へお越しください!」


 不機嫌そうな顔を隠そうともせず、司祭様は溜息をつく。

 いや、態と不機嫌に振る舞っている感じだが、なんとしても引き留めたい兵士達にはそんなことを察するほどの気は回らないようだ。

 ひたすらに懇願する姿に、司祭様達は……仕方ありませんね、と恩着せがましく了承した。


「では、ご案内を!」

?」

「……はい、どうぞ皆様で……」


 衛兵達が全員、面白いくらいに無表情だ。

 隠蔽を悟られないためだろうが、なかなかできることじゃない。

 一言も発していないし、決して司祭様達から離れないもんなぁ。

 セーラントの司祭様は強気で、衛兵達は剛胆だ。

 多分この中で、俺が一番挙動不審の小心者かもしれん。



 案内された王城は、ウフツの最も南で、樹海もりの近く。

 あの高く聳えていた建物が、王城だったようだ。

 ……王城は、すべて石造りなんだな。


 司祭様達を囲んだまま、俺達は王城へと入る。

 敵意を感じる視線がいくつか向けられているが、それは全くこの国の兵士達に従わないからだろう。

 憎しみなどの重たい感情は感じられない。

 こういう人の多い場所では『祝福支援』の方陣が開いていると、周りからの負の感情を感じやすくなる。

 ちょっと、鬱陶しい。


 そんなことを顔に出さずに頭の中だけで巡らせつつ、俺達はアイソル国王・サーチェ二世の前へとやってきた。

 随分と若い国王だが、皇国人並みに若く見えるということかな……

 それとも、この国は若いうちに継承するのだろうか?


 流石にここでは礼を取るのだろう……と、横目で見たが……三人の司祭はともかく、六人の神官も五人の衛兵達も司祭様達から一歩下がっただけで特に跪くことなどもしない。

 態度でけーな、皇国の衛兵隊は!

 これ、俺がアイソル側だったらはらわた煮えくりかえるだろうな。


 だが……アイソル側は、特に感情が揺らいでいる様子もない。

 もしかして、今までの使節団全員がこんな感じだったのか?

 印象最悪だな!

 よくこんな態度の国と、付き合おうと思ったな!


 あ、だから、皇国は不審に思ったのか。

 王の前で軽く膝を曲げての立礼しかしない者達の国を、どうして招き入れようとしているのか。

 突然、笑顔のアイソル王が司祭の元へと足早に寄ってきた。

 衛兵達はピクリとも動かない。


「ようこそおいでくださった! 皇国の司祭をお迎えできて、これほどの喜びはない!」

「わたくし共の魔法が多くの方々の助けになれて、よかったと思っておりますわ」


 その後、サーチェ二世と筆頭司祭様が当たり障りのない会話をしていたが、晩餐に招待されると司祭様は頑として拒否した。

 王の招きを断った司祭様に向けて、側近らしき者達から反感が感じられる。


「既に、わたくし達のなすべきことは終わっております。この上この国の民から集められた税を使ってまで、留まる理由がございません」

「しかし、その……まだ、女達が流れ着くかもしれませんし、亡命者も……」

「なぜ、来るか来ないか解らない者を、わたくし達がここで待つ必要があるのです?」

「不幸な彼女達を救いたいとは、お思いにならないのですかっ?」


 司祭様は心底侮蔑の表情を浮かべ、王を睨め付ける。


「何を勘違いなさっているのですか? わたくし達は『皇国の司祭』であって、救世主などではありません。ましてや、ここに辿り着く者達は救いを求めているのですよ」

「我々では何もできないから、あなた達に頼ったのです!」

「ならば、そういう方々がいたら、今度はあなた方の手で皇国にお連れなさい。その時には、お力になりましょう」

「多くの人々を救うのが、司祭の務めではないのか!」


 こういう勘違いをしている奴等は、とても多い。

 そもそも司祭も神官も、皇国の貴族達の全ては『神に仕え』『皇国の民を護る』ために存在している。

 その使命も魔法も、何もかも神々と皇国のためだけのものだ。


 救える力のある者が、全てを救うべきか?

 違う。

 救える力があったとしたら、救いたい者を救うのが人だ。


 それを責めることも罵ることも、救う力のない者が口にする権利はない。

 ことを選び、他人に縋るのは偽善よりも質が悪い。

 神々に求めるような『救済』を、人に求めるべきではない。


「わたくし達の全ては『皇国のためだけ』に存在します。救いならば、神々に縋りなさい。尤も……教会があの有様では、この国に神が加護を賜るとは到底思えませんけれども」


 神像を穢れたまま放置し、祈りと加護の場に下らない金品を持ち込み虚栄を満たすように飾り付けた聖堂。

 どれほど、皇国の彼等が不快感を持っただろう。

 神々を敬愛し、加護を賜る司祭を迎えるというのに、そんなことにも気付かず平然とあの場所に案内した。

 それだけで、この国が本当は神を蔑ろにしていると確信したのだ。

 この司祭様達の訪問が、アイソル国と今後交流を続けるかどうかの最終審査だったのだろう。


「では、わたくし達は失礼致します」

 司祭様達が王に背を向けた時に、四方から剣が向けられた。

 これは司祭様達だけでなく、俺達も想定内だ。


「……申し訳ない。荒事にはしたくなかったのですが」

「嘘吐きですね。はじめから、こうするつもりだったくせに」

「あなたは……皇国の民であれば、皇国の血を継いでいれば、お救いくださるのでしょう? ならば、わらわにはその資格がある」

「……資格?」


「ああ、そうとも! わらわの父上は、皇国の貴族なのだから!」


 この発言に驚いたのは……俺だけだった。

 くっそ、こんなことまで想定内かよ。

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