弐第27話 ウフツの教会

 ウフツはアイソル国の首都の島だ。

 港には活気があった。

 多くの小型船で、物資と人が行き来している。

 エンナータ群島にある七つの人が住む島々をまとめてアイソル国というらしいから、小型船が馬車のようなものなのだろう。


 港で出迎えてくれたアイソルの兵士達は、全員が女性だった。

 兵士と言っても鎧などを纏っているわけではなく、皇国の衛兵隊のようにカチッとした制服だ。

 ただ、随分と色鮮やかで華やかな感じである。


 隠蔽の魔法がかかっているということだが、どういう風に見えているのだろう。

 気になるが、姿が見えるような硝子などはなさそうだ。

 不安に思いつつ顔をあげた時に、他の衛兵達の隠蔽した姿を見て……見なくてもいいかな、と目を伏せた。

 でも、入国審査の時に身分証を鑑定されるんだから、判っちまうんじゃないのか?


 緊張しつつ審査官と思われる女性に、他のみんなと同じように身分証を提示する。

 どの国でも鑑定板に載せて名前などを確認するのに、ここでは目視だけだ。

 特別措置なのだろうか?

 なんにしても、魔力での鑑定がされないのであれば、ばれはしないだろう。

 そして、にこり、と笑った審査官から身分証を返された時に名前を呼ばれた。


「ようこそ、カイエ様」


 ……は?

 身分証の記載が読めないのか?

 それとも、態と別の名前を呼んで、反応を見ているのか?

 いや、俺と同じで発音できない音があるのかも……

 判断がつかず動かずにいたら、すっ、と通り過ぎて隣の衛兵に同じようにようこそ、と名前を言っている。

 全員、間違った名前だ。


 自分の身分証をしまいながら表記を見て、瞬きをした。

『カイエ』と表記されている。

 なるほど……通称を付与するのも隠蔽に含まれているのか。

 そういえば『姿などを変える』って言ってたっけ。

 はっきり『名前も変わる』って言ってくれよ。


 それにしても、大したものだな、皇国の隠蔽は。

 身分証の表示名を変えるのは他国でよく【隷属魔法】防止用に使われる方法で、マイウリアでも貴族や金持ちがよくやっていた。

 だが、冒険者のように通称を表示することができる登録は、役所や教会などで使われている『登録板』による魔法だけだ。

 この魔法はかなり特殊なもので、決まった場所でしか発動できないとか登録板の材質が限定されているとかいろいろと制約があるという。

 それが、魔石ひとつに付与した魔法で可能なのだ。


 皇国では【隷属魔法】を禁止しているからか、魔力量が多くてかからないと知っているからか、そんなことをしている者はいない。

 しかし、この国では衛兵隊員や司祭、神官全員の名前が知られない方がいい……という判断なのだろう。

 念の入ったことだが、当たり前なのかもしれない。

 司祭様達は、皇国の財産『聖魔法師』なのだから。

 では、その彼等をどうしてここまでして、この国に送り込んだのだろう?



 入国審査を終了し、ウフツの町へ入った。

 とても彩り溢れる町だ。

 壁も家もあらゆるものが、彩色されている。


 家は殆どが木造で背が低く、少し頼りなげに見えるくらいだが隣同士がぴったりとくっついている。

 この辺りでは、大きな嵐がよく通過すると聞いたことがある。

 その対策なのだろうか。


 付近に大きな山などは見えず、町中もさほど起伏がないみたいだ。

 だがセイリーレのように真っ直ぐに道が作られている訳ではなく、かくかくと曲がっている。


 そしてなんだか不思議なのは、町中に全くと言っていいほど樹木がないことだ。

 石造りの町ならまだ解るが、家々は木や土でできているというのに。

 道路も剥き出しの土で、石畳ではない。


 それなのに家と道しかないのは、変な感じだ。

 石ころが転がり掃除された感じもない道の脇に、雑草すら……生えていない。


 この町のはるか先に背の高い建物があり、その後ろに緑色の塊が見える。

 あれがこの国の『樹海もり』だろう。

 神典では、神々が『樹海もりを囲んで国を作れ』と言っている。

 だから全ての国には、樹海もりがある。


 いや、あった。

 人の手でそれを失ってしまった国々が、滅んでしまったり、今まさに滅びに向かっていっている。

 ここにはまだ樹海もりがあるから、皇国は手を貸すことにした……と言っていた。


 ひとりの兵士が進み出て、司祭様に恭しく頭を垂れる。

「ようこそおいでくださいました。ここからは我々が司祭様の護衛につきます」

「いいえ、護衛はこのままで」

 筆頭司祭様は、笑顔を崩さずに申し出を断った。


「ここは我が国の町でございますので、アイソルの兵士にお任せください」

「お断りいたします。わたくし達がここに来て儀式を行う条件に『皇国の護衛全員と絶対に離れることなく過ごすこと』というものがございました。違えることは了承できません」

 皇国側は、神官も衛兵も微動だにしない。

 司祭様方は、よろしいですね、と微笑み、道案内だけを彼等に依頼した。


「では……まずは王城にてお休みください」

「わたくし達は、くつろぎに来たのではございませんわ。今でも、苦しんでいらっしゃる方々がいるのでしょう? すぐにでも儀式を行います。教会へご案内ください」

「しかし、王より……」

「ご案内くださいませ」


 押しが強いな、司祭様。

 兵隊の責任者らしき女性が、伝令を走らせる。

 そして俺達八人の衛兵は隊列を崩さず、司祭様達と神官達を囲みながら教会へと向かった。



 教会は思っていた以上に大きく、立派な作りだった。

 ただ、かなり贅沢な感じだ。

 皇国の教会では見られない、金とか銀とかがべたべた貼り付けられた壁や柱。

 この建物は石造りだが、金属の方が多いんじゃないかって思うくらいだ。


 そして、神像は賢神二位……だが、全然手入れがされていないみたいだな。

 ……まさか、神が男だからって理由じゃないよな?

 あ、筆頭司祭様が顔をしかめた。


「……賤棄は、女性だけですか?」

「はい」

「男性もいたのでは?」

「それらは必要ございません」

「なぜ?」

「処分致しましたから」


 いかん、やっぱり俺、こいつ等好きになれそうもない。

 ああ、全員、機嫌悪そうだな。

 司祭様達も神官達も……衛兵達も表情に大きな変化はないけど、醸し出す雰囲気が刺々しくなっている。


「いま、呼びにいっております」

「隷主達も揃えてください」

「え? ここに、ですか?」

「当たり前です。儀式には、彼等も同じ場所にいることが必要だとお伝えいたしましたよ?」

「それが、あれらは……」

「連れていらっしゃい」


 慌てふためいて兵士達が教会から飛び出していく。

 そして賤棄の女性達が教会へと連れられてきて、その後に荷車からボロボロの男達が引き立てられてきた。

 拷問でもされていたのだろうか、血まみれの者もいる。

 見ていて気分のいいものじゃねぇな。


 連れられてきた女達がその男達の姿を見て……薄く笑っているのも……少し、不気味だった。


「で、では、あちらにも部屋をご用意しておりますので、司祭様はおひとりずつ……」

「いいえ、ここで」


 もう、司祭様達、こいつ等の言うこと全否定だな。

 どこまで我が侭を言ったら怒り出すかを、試しているみたいにさえ感じる。

「頼んでおりました衝立四枚をお持ちください」


 何ひとつ要求に従わない司祭様達に戸惑いつつも、兵士達は予め要請され準備していたらしい衝立を運び込む。

 司祭様達の身の丈より少し高い衝立が、等間隔で並べられた。

 ……小部屋が三つ、できた感じだ。


 その仕切られた小部屋にひとりずつ、三人の司祭様達が入り、司祭様の後ろに背を向けて立つ神官がふたりずつ。

 衝立の両端にも衛兵が立って、司祭様達の小部屋を囲む。


「では皆さん、ひとりずつわたくし達の前へ」


 女性達が入って行くとささっと衛兵達がふたり、入り口を塞ぐように外向きに立った。

 俺も真ん中の小部屋入り口に、司祭様に背を向けて立つ。

 衝立と神官、衛兵達の背中で区切られている『部屋』で、司祭様達は消音の魔道具を使う。

 皇国の魔道具は、こうした簡易仕切りであっても完璧に作用する。

 司祭様達は離れることなく、俺達に護衛されながら『絆壊はんかいの儀』を執り行う。


 外を向いている俺達にも、司祭様の声は聞こえない。

 呆然と見守るアイソルの兵達の目の前で、賤棄達は次々人として生まれ変わっていった。

 彼女達の喜びの表情と、さっき垣間見えた暗い微笑みが結びつかない。

 今ここにいる彼女達はもう、あの時の女達とは別人になったということなのだろう。


 新しい『自分』を手に入れた女性達は全員が男達に一瞥もくれず、司祭様達に礼を言って軽やかに教会を出ていった。

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