弐第21話 迷い道からオーナスへ

「おまえがこんな行き止まりに連れてくるなんて、珍しいなぁ」

 ……ヒヒン


 カバロの声がいつになく小さめで、ばつが悪そうだ。

 好きに歩かせていたらどんどんと森の中へと入り込み、気付いたら目の前には滝壺へと落ちる大きな滝があるだけの川縁に出た。

 抜けられるような道もなく、滝の下の方は飛沫が凄くて全く見えない。


『遠視』を使っても水飛沫のせいか高くてそもそも見えないのか、全然足場になりそうな場所がなさそうだから、下へと方陣門を開くこともできない。

 俺ひとりならこの崖を伝って降りられそうな気もするが、カバロをここに置いて降りるのも……

 対岸は岩がゴロゴロした山のようで、カバロが歩けそうな感じではない。

 川の上流も同じような有様なので、完全にもと来た道を引き返すしかない状況だった。


「まぁまぁ、そう落ち込んだ声を出すなよ。ちょっとこの辺で何か食べてから、引き返して別の道を探そうか」


 ふふぉんっ


 軽い鼻息を漏らして、顔を擦り付けてくる時はなんかやらかして甘えてくる時だ。

 以前、カシナで宿屋の厩舎を蹴破っちまった時にも、これで誤魔化されてやった記憶がある。


 この辺りは食べられる草が少なそうなので、【収納魔法】で持っていた飼い葉を出してやる。

 俺はキエートでもらったパンに、イノブタ焼きを挟んでかぶりつく。

 こんな場所、誰も来ないんだろうなぁ。

 そう思いつつ辺りを見回す。


 皇国は本当に、川の水が綺麗だよな。

 辺りの水を『水質鑑定』で眺めても『清水』としか出ないし、俺やカバロが飲んでも全く問題ない。

 他国じゃ考えられない……

 水には元々浄化作用があるって昔教会で聞いたことがあるが、他国のはその作用が追いついていないってことなんだろうか。

 その水を使って作物を育ててるのに、水が清らかでなかったら作物も……?

 だから、他国のものってのは育ちが悪かったり、収穫量が少ないのかもなぁ。


 ぼんやりとそんなことを考えつつ、足元に転がっている石をいくつか拾った。

 こういう人の来ないところの石ってのも、珍しいものがあるかもしれない……俺、結構真面目に石拾いしてるな。

 そうだ、昨日届いた菓子があったな。


 何が来たんだろう、と取り出したら凄く冷たくて吃驚した。

 ……『氷菓』だ。

 うわぁーーめちゃくちゃ甘くてうまぁい……!

 口の中でしゅうっと溶けて、甘さだけが残る。

 鼻へ抜ける香りまで甘い。

 これ絶対、夏場に食べたくなる。

 口の中が冷てぇ〜、気持ちいい〜、あ、もうなくなった……

 その後、俺が川の中まで入って石を拾い集めたことは言うまでもない。

 所々……水が温かい、変な川だな。


 森を引き返しつつ、さっきは気付かずに通り過ぎた山道を見つけた。

 ゆっくりと下っているようで、もしかしたら滝の下の方へ出られるかもしれない。

 この辺は高い山はないが、起伏の多い地形のようで上り下りを繰り返しながら下へと続いていた。


 なんとか広めの街道に出た頃には、もうすっかり夕刻近くで空が半分暗くもう半分が赤く染まっている。

 ここならカバロの『いい厩舎探知』ができるんじゃないかと思ったが、どうも自信がないのか気に入りそうな厩舎がないのか足が出ないみたいだ。

「どっちも行きたくないなら、一度テアウートに戻るか?」

 今ならまだエベックで越領ができるだろう。


 ぶっっふふぉんっ!


 あ、拒否しやがった。

 そして、意を決したかのように更に下る道を走り出した。

 真っ暗になるまで走ったが、残念ながら村にも町にも辿り着かず久々の野宿となった。

 ……カバロの奴、明らかに落ち込んでいる。


 はい、はい、そんなにすり寄ってこなくても、怒ってなんかいねぇよ。

 明日は村にでも着けるといいなと、擦ってやったら少し気分が持ち直したみたいだ。

 久々にストレステではよく使っていた馬着を羽織らせて、休むことにした。

 魔虫なんかはいないが、他の虫さされも予防した方がいいだろうし。



 朝になったが、あまり明るくないということはこれから雨になるのかもしれない。

 早めに歩き出したが、途中でぽつぽつと降り出して足を速める。

 走り出して少しすると、峠を登っていく男ふたりとすれ違った。


 きっとこの先に、町がありそうだ。

 そして速度を上げたお陰か、それからすぐに町が見えてきた。

 なんとか雨が本格化する前に町中へ入ることができ、宿も取れて一息ついた。


 オーナスというその町は、金細工加工が有名な町だそうだ。

 リバーラは、金の産出量が皇国一だという。

 金山の仕事は他国だったらかなりキツイ仕事だと思うのだが、魔法が使えるこの国ではさほどつらい作業でもないようだ。

 ただ、魔力量が少ないと稼ぎが悪いようで、格差もあるらしい。


 この宿の厩舎は気に入ったらしく、カバロは随分とご機嫌になった。

 宿の女将がこの町に馬で来る人は珍しいというので、サーテア峠を越えてきたと言ったら吃驚された。


「おやまぁ! あの『迷い峠』を越えて来られたのかい!」

「迷い峠?」

「ああ、あそこは道がうねっているから方向が解らなくなるのか、道を外れちまう旅の人が多くてね。キエート村に行くにはみんな、エベックまで馬車方陣を使ってあっち側から行くのさ」


 なるほど。

 カバロが迷っていたのは、元々が迷いやすい場所だったってことなのか。

 旅をしていると、時々そういうどちらを向いているのかが解らなくなる場所ってのがある。

 空が見えず魔力が均一で、人や動物などが殆どいない場所でそういうことが起こりがちだ。

 人や馬というのは、無意識に魔力の多い方へと意識や感覚が向くものなのかもしれない。


 宿の入口で部屋の鍵をもらうのを待っていたら、バタバタと衛兵達が走っていくのが窓越しに見えた。

 何かあったのだろうか?

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