弐第7話 タルフ
……何も無かった。
一刻もせずに歩き回れる程度の小さい島だから当然かもしれないが。
転がっていた岩はいくつかとっておいたが、違いがどうも解らないのでまたタクトには『つまらん』とか言われるかもしれない。
海岸になっている島の東側には、あの迷宮核の部屋にいた魔獣が犇めきあっている。
昼間でも表に出ている魔獣ってのは珍しいが、上から眺めているとこいつ等は全くと言っていいほどタルフ側に近寄ろうとしない。
この島が繁殖場なのだろうか。
元々は海の中に住んでいるのかも。
こいつ等の餌が、どうやらあの苔みたいな魔虫の仲間っぽいものだ。
岩に着いたそれらを舐め取るように食べている。
まだまだ、全く知らない魔獣ってあちこちにいるんだろうなぁ。
魔獣達を横目に見ながら、ここでも岩石採取。
結構真面目に仕事してるよな、俺。
そして夕刻に近付く頃、魔獣達は海の中へと入っていき、海岸線には何もいなくなった。
俺も一度船に戻ろうか。
明日は……タルフの町に行ってみたいが……大丈夫かな?
密入国だもんなぁ……
駄目だろうなー。
夕食を食べに食堂に行くと、食堂内で『タルフの土産物』を売っている商人が何人かいた。
面白そうだったので覗いてみたら、赤い石がはめ込まれた装飾品が多く、その他は香水や染め物。
赤が好きな国なんだろうか?
売っている商人達の服などにも、赤い模様が入っていたり赤い装飾品を身に着けている。
服は皇国とは違い、薄手の生地でどちらかというとマイウリアのものに近い。
「赤い物が多いんだな」
売っていた商人に声をかけた。
すると、ちょっと驚いたのかびくっとしたようだったが、すぐに商品の説明を始めた。
「タルフは、赤が『貴色』なんデスよ。赤は、天光に愛された色として最も尊ばれるんデスよ」
「黄色もあるのか」
「そーデスね。デも、黄色は、浄化水、ちょっと色が変わってしまうノデスよ。皇国の人、浄化水よく使うデしょう?」
「ああ、そうだな。へぇ……この布は手巾か?」
「手巾はこっち、ね。これは肩布よ」
商人は、自分の左肩を指差して教えてくれた。
タルフの服には左肩に肩章のように留め具が着いていて、それに手巾より少し大きめの赤い布を飾るのだそうだ。
染めただけのものだったり、刺繍が入っているものもあるらしい。
そう言われて見れば、食堂に着ている商人達は皆、左肩に赤い布をつけている。
俺はその肩布と手巾を一枚ずつ、そして赤い貴石の入った腕輪をひとつ買った。
気をよくしたのか、その商人は肩布を飾れる服を安くするよ、と勧めてきたので一枚買う。
そして彼は皇国語を使ってはいるが、発音が俺にもの凄く似ている気がする。
やっぱり通じるんじゃないかな、マイウリア語。
ちょっと……マイウリア語で話してみたらどんな顔をするだろう。
「<この赤い貴石は、なんていう石なんだ?>」
「……! <あんた、タルフの言葉も解るのか?>」
思った通りマイウリアと同じなのか、とても近い言葉のようだ。
意味もあまり変わらないのかもしれない。
久しぶりで……ちょっと懐かしい感じがする。
「<……随分話していなかったから、合っているか解らない>」
「<合っているよ! いやぁ、嬉しいなぁ! 皇国の人とタルフ語で話せるのは初めてだよ! あ、この石は柘榴石と言ってね、とても加護の強い石なんだぜ>」
「<柘榴石か。俺の加護神が聖神三位だから、この石は身に着けておいた方がいいかな?>」
「<素晴らしい! 聖神三位は、我が国で最も信仰されている神だ! 是非、身に着けてくれ! きっといいことがあるぜ!>」
マイウリアでも聖神三位は、愛されている加護神だった。
あの国はもう無くなってしまったが、言葉はここで残っているのか。
少し、嬉しい。
もうこの言葉で会話できる人がいるなんて、思っていなかった。
危険かもしれないけど……やっぱりちょっとだけ、タルフの町を覗いてみたい。
買ったものを身に着ければ、町でいきなり他国人とはばれないんじゃないかな?
翌朝、俺は外套の下に昨日買った服を着込んで船を下り、迷宮出口だった丘の上に『門』で移動した。
外套を頭まですっぽり被ったまま、誰にも見つからないように町の近くまで降りていく。
『錯視の方陣』は……『人』には効果がないからなぁ。
町は……少しばかり、マイウリアの一番南にあった町、ハムトに似ている。
あの町も国境門があった町だった。
マハルの隣町だったのだが、革命が起きる少し前にその国境は出国が厳しくなったから、俺は成人してからすぐに北のガエスタへ抜けたんだ。
町ゆく人達は、昨日の商人達と同じような服を着ている。
髪色や肌の色も、俺と大差ない。
聞こえてくる話し声も……全部、マイウリア語に聞こえる。
マイウリアの中でも、ちょっと西の方の喋り方っぽい。
外套を脱いで【収納魔法】に入れ、何食わぬ顔で歩き出す。
内心はドキドキしっぱなしで、今話しかけられたりしたらすぐにでもその場から逃げ出してしまいそうなくらいだ。
町中で書かれている文字を見ると、マイウリアと同じ文字だった。
皇国のものより簡略化していて、丸っこい……懐かしい。
つい、看板を見つめて立ち止まってしまったその時、突然声をかけられた。
「<君、この辺りで見かけないが……どこから来た?>」
背筋に冷たいものが走る。
おれは、ゆっくりとその声に振り返った。
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