第3話

「あの職員、大神おおがみ村の事を知っているわね。やっぱり、あの村が狼男伝説の村に違いないわ」

 蓮宮が言うと、

「その可能性は大いにあるが、それが、今回の殺人事件とどう関わり合いがあるんだ?」

 五十嵐が誰ともなしに言った。


 彼らはホテルに宿を取り、その部屋で話をしている。どこで誰が聞いているか分からない。先ほど、市役所での蓮宮と男性職員の会話は、多くの人の耳に聞こえていた。それを五十嵐と須藤が観察していたのだ。やはり、その話しに耳を傾けていた人も何人かいて、そのうちの一人は、彼ら三人のあとをつけて、このホテルまで来ていた。

「一体、彼らは何者なんですかね? あの農村に暮らす人々、市役所の男性職員、それと僕らのあとをつけて来た男。何かおかしいですよ」

「ああ。奴らは何か隠している。俺たちに知られたくない秘密を持っているんだろう」


 翌日、三人は市立図書館へ向かった。郷土史に、あの村の情報があるかもしれないと思ったが、見つける事は出来なかった。昨日、ホテルまであとをつけて来た男は、今日も彼らを尾行していた。五十嵐は男の尾行に気付いていた。

「ここまで来たのに残念だな。一度、帰って出直そう」

 男に聞こえるようにそう言って、そのまま、三人は東京まで戻った。男はもう尾行はしていなかった。


 署に戻ると、鑑識の一堂いちどうからの報告を聞いた。

「所持品から、東海商事の営業課係長の冴島さえじまわたるではないかと思われます。家族に確認のため、遺体と対面してもらいましたが、損傷が激しく、断定はできないとのことでした。歯の治療も無く、歯型の照合も出来ませんでしたので、母親との親子関係を調べるため、DNA型鑑定を行っています」

 そのあと、一堂は少し言葉を切り、

「それと、遺体には獣の毛と思われるものの付着と、爪が残っていました。それも調べています」

 と付け加えた。

「それは、獣の仕業と言う事か?」

「まだ分かりません」

 皆が一様に黙ったが、蓮宮だけは、確信したような顔をしている。


「冴島渉の周辺の人物への聞き込みは?」

 五十嵐が、部下の榊原に聞くと、

「今、手分けしてやっています」

 と答えた。


 五十嵐たちも、冴島の部下の一人に話しを聞きに行った。

「あなたの名前をおっしゃってください」

 部下の若い男性は、下を向き、緊張しているようで硬くなっていた。

岩田いわた定吉さだきち

 ぼそりと答えた。古風な名前だ。受け取った名刺にも書かれている。免許証の確認も取れた。

「先日、亡くなった冴島渉さんについて、お聞きします。どんな方でしたか?」

 五十嵐の質問に、意図が読み取れず、岩田は困った顔をした。

「すみませんね。分かりづらい質問で。岩田さんにとって、冴島さんは上司でしたね。あなたに対して、優しい方でしたか? それとも厳しい方でしたか?」

 五十嵐が、聞き方を変えると、

「厳しい方でした。でも、上司というのはそういうものだと教えられました」

 相変わらず、下を向いたまま、ぼそりと言った。新入社員として初めて社会に出て、厳しい上司の指導に、傷つけられたことは、彼の態度から見て取れた。岩田が冴島に殺意を抱いても不思議はない。そう考えると、冴島に殺意を抱く者が、他にもいるに違いない。

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