03.おじさんなんかじゃないですっ
「え……? お見合い?」
ある日の事。
ファナミィが家へと帰ると、遊びに来ていた姉婿にそんな話を持ち掛けられた。
「そうなんだ。俺の上司がファナミィを気に入って、機会を作ってくれって煩いんだよ」
「はぁ……」
ファナミィは悪いと思いながらも、思いっきり嫌な顔をした。
失恋したてで見合いなんかしても、相手にやつあたりくらいしか出来そうにない。
「ファナミィ、ちょっと会うだけだから、お願い。ルークも上から言われると中々断れないみたいなのよ」
姉のラナリアが夫であるルークを擁護するように言う。ファナミィにとっては脅しのようなものであったが。
しかし上から言われては断れないという気持ちも良く分かったファナミィは、仕方なくその話を承諾するしかなかった。
そうして決まった見合いの前日。
ファナミィはいつものようにキアリカの元で鍛錬をしていると、シェスカルが入って来た。
「ああ、気にしないで鍛錬を続けてくれ。おい、キアリカちょっと話がある」
「何でしょうか」
隊長であるキアリカが呼ばれ、丁度彼女に相手をして貰っていたファナミィは、ちらりと目だけで二人を追った。
「北の街道で魔物が出てる。そう強い奴じゃないが、仲間を呼ぶタイプだから三班くらいで行っとけ」
「分かりました。では今から出動します」
「いや、もう時間が時間だしな。夜間の戦闘はこちらが不利になる。今日は編成と各役割だけきっちり決めて、明日に備えろ」
「了解しました」
キアリカのきっちりした声が響く。話は終わったのか、シェスカルが後ろで話を聞いていたファナミィにニッと笑みを向けた。
「ファナミィ、明日は魔物討伐だ。しっかりやれよ!」
「あ……はい、えっと……」
何と答えようかと迷っていると、キアリカが口を挟んでくる。
「彼女は明日、休みを取ってるわよ」
「ん? そうなのか。どうした?」
「お見合いらしいです」
さらりとキアリカがシェスカルに教えてしまい、ファナミィは顔を青ざめさせる。シェスカルとはこの先関係が進むわけではないという事が分かっているのに、それでも知られたくなかった。
「……そっか、見合いか。ファナミィももうそんな年頃なんだな」
「女をいつまでも子供扱いしていたら、痛い目に遭いますよ。シェスカル様」
「子供扱いなんてした覚えはねぇよ。それよりお前も見合いのひとつくらいしたらどうなんだ、キアリカ。ファナミィに先越されちまうぜ」
「私の事は放っておいてくださいっ」
キアリカはイライラとした様子でシェスカルを睨んだ。晩婚化が進んできたこのランディスの街においても、大抵の女性は三十歳までに結婚していく人が多い。二十七歳であるキアリカがそろそろピリピリしていてもおかしくないと言えよう。
ファナミィにしても、いつかは結婚したいと思っている。しかしだからと言って、誰でも良いわけではないのだ。
ファナミィはちらりとシェスカルに視線を送るも、すぐに目を逸らした。見れば見る程好きになってしまいそうで……辛かった。
翌日。
ファナミィの気持ちとは裏腹な快晴で、太陽がキラキラと降り注いでいる。
気乗りはしないが、義兄の顔を潰すわけにもいかない。ファナミィは姉夫婦に付き添われて、お見合いの場所へと連れて行かれた。
相手の男性は三十歳らしい。義兄のルーク曰く、真面目で優しい人だという事だ。成程会ってみると、いかにもそんな雰囲気の人だった。細面で、パリッとしたスーツがよく似合っている。
自己紹介が済んで少し話をしたところで、付き添いの姉夫婦達は席を外した。二人っきりにされてしまい、どうしようかと俯いていると、あちらから話し掛けてくれる。
「来てくれてありがとう、ファナミィ。こんなおじさんだから、相手にされないかと思っていたよ」
「いえ、そんな、おじさんだなんて」
「そうかい? 十八歳の女の子から見れば、三十歳なんておじさんだろう?」
「そんな! おじさんなんかじゃないですっ」
ファナミィは相手の言葉を強く否定した。シェスカルはそれ以上年上の三十四歳だが、おじさんだなんて思った事がない。
「そっか。そう思ってくれるんなら良かったよ」
そう言ってニッコリ笑う相手の名は、アレックスというらしい。なんとも人の良さそうな男性である。
「君は僕に会うのは初めてかもしれないけど、僕は君を二年前から知ってたんだ。こんな事を言うと引かれちゃいそうだけど」
「……どこかでお会いしましたっけ」
ファナミィが首を傾げると、アレックスは照れ臭そうに笑った。
「君はいつも見回りをしてるだろう? 主に、憩いの広場周辺を」
「あ、はい」
「僕の家はそこの近くなんだよ。他の騎士は本当にただ見回ってるだけなのに、君は市民の声を聞くように心掛けてた。それがとても印象的でね」
そう言われて嫌な気持ちはしないが、実はそれはシェスカルの真似っこである。昔シェスカルは憩いの広場に行っては、ナンパしていると言いながらも市民の様子に変わった事がないかと聞き取りをしていた。そういう積み重ねがシェスカルの信用に繋がっているのだと気付き、ファナミィも真似ただけなのである。
「あの……別に、大した事ではないです。仕事ですし」
「それでも僕は良いなと思ったんだよ。お嫁さんにするなら君のような人が良いと思ったんだ」
「それで、義兄に頼んだんですか?」
「ああ。君がルークの義妹だと知った時は、狂喜乱舞したよ。すぐに彼に話を通して貰った」
照れながら頭を掻くアレックスは、三十歳なのにどこか可愛かった。そんな風に思ってくれている事が、単純に嬉しくもある。
「どうかな。すぐに答えは出せないと思うけど、真剣に考えてみて欲しい」
「あの……でも……」
吃(ども)るファナミィに、アレックスは「もしかして」とどこか泣き笑いのような表情を浮かべる。
「ファナミィは……好きな人でも居るのかな」
口元は微笑んでいても、寂しげなその表情を見ると胸が痛い。
「あ……はい……います」
「そうか。そうだよね。君くらいの年なら、誰かに恋してても不思議じゃない」
「ご、ごめんなさいっ」
「謝らなくても大丈夫だよ」
乾いた声でハハハと笑うアレックス。しかしそれはどう見てもカラ元気と言った感じで、ファナミィは居た堪れなくて身を竦ませた。
「ほ、本当に申し訳ありませんっ」
「うん、まぁ、ちょっと……いや結構ショックだけど、予想もしてた事だから。その彼とは上手く行きそうなのかい?」
「あ、いえ……その、失恋したばかりです……」
正直に本当の事を言うと、アレックスの目がパチクリと瞬く。そしてちょっと嬉しそうに……しかしファナミィに悪いと思ったのか、すぐに真面目な顔になって目を見るように覗かれた。
「大丈夫、ファナミィ」
「あんまり、大丈夫じゃありません……」
「……そうだよね、好きな人に振られたんじゃ」
始まる沈黙。
いきなりこんな事を言われても、どう慰めて良いのか分からないのだろう。
ファナミィも、どうしてこの事を言ってしまったのかと後悔した。人を好きになった事も、振られた事も、誰にも言わずに生きてきたというのに。
アレックスには何故かポロっと溢れるように伝えてしまった。
「すみません、私の振られた話なんて……」
「いや。君みたいに素敵な女性を振るなんて、もったいない事をする男だと思うよ」
そんな風に優しく言われると、何故だか涙が溢れてきた。
シェスカルの過去の女性達はきっと魅力的で、ファナミィは足元にも及ばないのだろうと思っていたのだ。
だけど、そんな自分を素敵だと言ってくれる男性がいる。ファナミィは何も劣っていないと言ってくれているようで、冷たく硬い氷が解けるように、涙が次から次へと流れ落ちて来た。
「……っふ、う……っ、ごめんなさい、お見合いの席で泣くなんて……っ」
「気にしなくていいよ。ゆっくり泣いて良いから」
「……うう〜〜〜〜っ」
ずっと涙を我慢していたせいか、中々止まらなかった。
アレックスは何を言うでもなく、そんなファナミィの姿をジッと見守っていてくれた。
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